見出し画像

内省的な旅日記2 秋田

七草と旅の記憶

日本半分縦断、青春18切符の旅
青森と音楽2

お米の味-秋田市


秋田県を旅のルートに選んだのは、きりたんぽが食べたかったからだった。

秋田駅につくと巨大な秋田犬のぬいぐるみが私達を出迎えてくれた。
大きな提灯が駅の天井に吊られていて、暖かい光を落とす飾りからは「秋田へようこそ」と垂れ幕が下がっている。
改札横にたくさん積まれた駅弁が目を引いた。はしゃぐ気持ちでコンコース沿いの売店に入ると、郷土の食品が所狭しと並んでいた。

日本海の荒波と雪景色を見つめ続けて3時間。寒空の電車旅を経てたどり着いた駅は、まるで吹雪の中に立つ暖かな家のようだった。



後から知ったのだが、私達は全長147.2kmのJR五能線に全線乗ったことになるようだ。
冷たい雨が降る中で、白波と灰色の海原を眺めながら南下する。

小さな駅はどれも風情ある面持ちで、またゆっくり訪れたいという気持ちにさせられた。

白神岳登山口、という魅力溢れる駅もあった。前日の飛行機から眼下に広がる白神山地を見て、そのでこぼことした山並みに感動したのを思い出す。子供の頃図鑑で知った日本一のブナの原生林。何故その色に見えるのか原理の未だ解明れていないという青い池もあるのだそうだ。いつか必ず行きたいと私はそっと心に秘める。雄大な山地と日本海の荒波に挟まれた線路を電車は走る。

東能代駅で奥羽本線に乗り換えて、雪化粧した田園風景の中を、更に南へ下っていく。



秋田駅前のデパートの一角で、見たことのない食品に目を丸くしながら、私達は昼食替わりの軽食を選んでいた。

ごまもち、粉なます。

黒胡麻のよく練り込められた扁平な餅をひとくち齧る。やわらかく優しい甘さのごまもちは、噛みしめるほどに胡麻の香りとコクが引き出されて、私は夢中で頬張った。
粉なますは味が全く予想できなかったが、白いスプーンですくって食べると酸っぱい味に度肝を抜かれた。

日本酒の試飲もした。3種の地酒はどれも深みがあり、辛口のものも含めて全体的にお米の優しい甘さを感じて美味しかった。

いぶりがっこ、はたはたの佃煮、ブナの天然酵母を使ったビールを携えて、私達は駅から少し離れた飲み屋街のそばのホテルを目指した。

途中にあった美しい工芸品の並ぶお店で、友人が銀線細工を探すのを見つめながら、私は雨の上がった通りをのぞいた。夕暮れが迫る空は優しくほのかに色づいていた。

夜は居酒屋さんできりたんぽ鍋を食べた。
食べ慣れないセリの独特の風味、丸いキンカンの鶏の濃い卵の味、きりたんぽのもっちりしつつお米の粒を感じられる食感が、全て初めて食べる味なのに合わさると不思議とほっとする味になる。私は湯気の中で夢中で箸を動かした。
店員さんも終始温かく、カモシカに遭遇した話などをしてくれた。おっとりとした柔らかな笑顔に私はなんだか泣きそうになった。
知らない人が怖くてセルフレジばかりを探して使っている日頃の自分が束の間遠ざかり、そうなる前のもっと力の抜けた自分がどこかから現れて、ごちそうさまでしたと自然に口から溢れて目尻が緩んでいた。

朝になると荷物をまとめて外に出た。
あっという間の滞在時間で、とても周り尽くせたとは言えないこの町は、初めて来たはずなのになんだか懐かしい、寒い地域のはずなのに温かい、とても不思議な場所だった。

まだまだ食べたいものがたくさんあったな、と思いながら、私は駅員さんに青春18切符を見せて改札をくぐった。ザックの中にあるお土産のしょっつるスプレーで何を作ろう。日常に少しだけ思いを馳せ、動き出した電車に揺られて目を閉じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?