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『ムーンライズ・キングダム』ーはちみつのような逃避行

 ウェスアンダーソンの犬ヶ島について書いたばかりですが、ここで同監督の「ムーンライズ・キングダム」についても書いておきたいなと思います。

 (実はここ1週間ほど、海外ドラマの『ゲームオブスローンズ』をずっと観ていたので、映画に全く触れておらず、あれなに紹介しようかなと思った挙句、好きな映画についてとりあえず書いちまおうと思った次第です。まあそのうち、その虜になっているドラマについても描きたいんですが、なんにせよシーズン7まであってどう考えても感想がとっちらかるので、悩みどころではあります。)

 話を戻して、まず第一に断っておきたいのが、『ムーンライズ・キングダム』は、どちらかというと一回眠たくなるような、”かもめ食堂的”映画です。
 私は特になにも起こらない(いや起こってるんだけど、それを劇的に描くわけではない)映画は割と好みで、劇的に描かないぶん、細かい描写や俳優の表情がしっかり語っているのを読み取るのが、楽しいし、気持ちの良い余白みたいなものを感じる。
 けど一方で、そういう”かもめ的”映画が苦手な人もいるから、もしかしてそういうのが苦手なようであれば、片手間で観るのをおすすめしたい。(観てほしさはある。)お皿洗ながらとか。座りながら、アイロンしながらとか。サヤエンドウのさやを、むきながらとか。

 ムーンライズ・キングダムのあらすじは、ある島に住む女の子と、ボーイスカウトでキャンプをしている男の子が、二人で家とキャンプを脱走し、逃避行を試みるーーみたいな映画です。それを少女の両親と、島の保安官とボーイスカウトが追うーーみたいな。みたいなが多いですね。けど、そんなかんじです。

 この映画のなにがいいかというと、とにかく全てのシーンがめちゃくちゃかわいいこと。子どもがたくさん出てくる映画なんですけど、まず彼らの衣装がはちゃめちゃにかわいい。そして、どこか大人っぽい。変な表現かもしれないけれど、ちょっと大人びた雰囲気のなかに、けどちょっとかわいらしい、けど決して馬鹿にはできない、真面目さと幼さが垣間見れるような。
 そりゃまあ主人公二人は大真面目に家出をしているわけなんだけど(男の子がキャンプ道具を張り切って持ってきているのに対して、女の子は猫を連れてきたり、レコードプレイヤーを持ってきていたりで、その対比もかわいらしい)、それを衣装から語るっていうのは、本当にすごい。もしかしたら、ウェスアンダーソンの映画は総じてそういう衣装なのかもしれないけど。
 一方大人たちの衣装も、本当にかわいい。ブルース・ウィリスビル・マーレイというお約束のように名優たちが出てくるのも見所なんですが、彼らが着ている衣装は、逆になんだかちょっと幼い。幼いというか、かわいらしいのかな。主人公二人が逃避行をする理由もちゃんとあって(そりゃそうだ)、大人たちについての描写もあるんですが、服装と映像の可愛さで、子どもが大人になって、おままごとをしているように見えてくる。


 この逆転した(もしくは逆転したように見える)構図は、衣装だけに限らず、ウェス・アンダーソンの作品全体として、見られることなのかもしれません。無垢な存在、あるいは子どもが、実は冷静に世界を見つめていて、何かを変えようと彼らなりの最大のアクション(けれど大人から見るとかわいらしい)を起こす。そのアクションの起因になるようなことをしている大人たちは、実はすごく滑稽で、バカバカしいことに一生懸命になっている。ような。
 逃避行を続ける二人の間には、その逃避行に浸りながら、目標へ進むハネムーンのようなまろやかな甘さがあるんだけど、一方でそれを追う大人たちは本当に死に物狂い。だけど映画は全体的にスローペース(というか、一貫して均一なペース)だから、なんともゆったりとしていてどこかおかしいのも、この作品がもつおもしろさだと思います。
 
 衣装だけじゃなく、シンメトリーな構図や本当に感動しかしない画面の行き届いた美しさはこの作品でも健在。今回は全体的に黄色がかった映像で、色が持つ暖かみもあってか、余計ぽやぽやした印象を持つのかも。ただ、そうやってぽやぽやと観ていたら、ちょっとドキッとするような場面もあったりして、子どもと大人のあいだにあるグラデーションについて考えることもあるかもしれません。
 ムーンライズ・キングダム、というタイトルはいったいなんなのか、逃避行を試みた二人はどうなるのか、じっくり見つめながら、ちょっと眠くなりつつ、夏の日差しが黄色く光る冷房の効いた部屋で、午後3時くらいに、ゆっくり観てみてほしい映画です。

(Netflixで観れますよ〜)

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