あいつの出世(前編)

無敵だと思っていた男子高校生が大学受験の失敗により、劣等感を抱き、その劣等感が溶けてなくなるまでの話。
前後編です。
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 高校時代、俺は無敵だった。

 進学校に入り、弓道部に入った。部活では処世術を存分に発揮し先輩に可愛がられていたし、大会での成績もそこそこ。友だちだって多いし、成績だって良かった。――理数科目以外は。
 俺は高一の時、八組だった。一番端っこのクラス。これは別に成績が悪いからではない。俺の高校では、音楽、美術、書道のうちどれかを選択することになっていて、一番希望者の少ない書道は自動的に端っこのクラスなのだ。
 八組で一番初めに仲良くなったのは金沢という奴だ。金沢は、なんというか、大人しくて、いつも下を向いている。陽気な俺は、こういう人物を見ると放っておけない。根が優しいのだ。ま、だからこそ色々な人に好かれるんだけれど。
「金沢、一緒に弁当食べようぜ」
 俺がそう誘うと、金沢がホッとした顔をする。それから、ふ化した雛が親鳥にくっついて回るかのように、金沢はいつも俺の後をついて回った。
 金沢……。俺がいないと、何もできないんだな。
 
 初めての中間テストの結果が返ってきた。国語、現代社会、まぁ悪くない。英語に至っては学年で二位の好成績だ。数学、理科……下から数えた方が早い。
 ちょうど順位が廊下に貼りだされるので、見に行ってみた。俺は総合で四十五位だ。まぁ、こんなもんだろう。ついでに金沢の名前も探してみた。俺よりは下だろうけど。
「……!」
「金沢……」
「お前、二十位!?」
 呆然とする俺の横で金沢は、小さく頷いた。
 
 金沢に負けたことがショックで、俺は猛勉強した。……文系だけを。俺は元来、やりたくないことを我慢してやる人間ではないのだ。中学校までは数学や理科も楽勝だったが、高校に入ると一気に難しくなり、急速に意欲を失った。関数の軸が動くとか、もう正直、ワケガワカラナイ。
 猛勉強のおかげで文系の成績は面白いように伸びた。担任と保護者と俺の三者面談でも担任はこう言って俺を褒めてくれる。
「このままの成績ならば、良い大学を狙えますよ」
「私立文系ならば」
その瞬間、母は青ざめた。
「私立文系って……。国立は。国立はどうでしょうか?」
「国立はちょっと――。理数がこの成績なんで」
「そうですか。でも――。我が家には私大に行かせるお金が――」
 俺はそれ以上何も言えなかった。
 
 結局、成績は上がらず、大学受験には失敗。俺は、奨学金を受けることを条件に自宅から通える私大、正直言うと誰でも入れる私大に進学した。
 理数の勉強をサボったツケが回ってきたのだ。
 
 金沢はというと、あのまま好成績をキープし、地元の国立大学に入学した。俺がいないと何もできないと見下していたのに――。今頃、金沢はさぞいい気持ちで俺を見下しているんだろう。
 部活の仲間も次々と有名大学に合格し、俺はもう部活の集まりに参加することができなくなっていた。後輩から
「どこ(の大学)に行くんですか?」
 と無邪気に問われるのが辛いんだ。
 
 もし、我が家に余裕があったら、俺は東京の有名私大に入れたんだろうか。
 もし、先生の一言でやる気を引っ張り出して理数の勉強も頑張っていれば、国立大学に受かったんだろうか。
 たられば言っても仕方ないけれど、言わずにはいられなかった。
 
(後編へ続く)

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