見出し画像

「もう正義のヒロインなんて願い下げ!」第7話

〇王立図書館

   リリー、調べ物をしている。

リリー「確か、フェデリック・ド・フーシェと言ったわね。フーシェ……フーシェ地方の貴族に違いない。フーシェ……」
ソフィアナ「リリー?」

   リリー、顔を上げて、

リリー「ソフィアナ!偶然ね」
ソフィアナ「あなたが図書館にいるなんて珍しいわね。何か調べ物?」
リリー「うん。ちょっとね。……そうだ!フーシェ地方のこと、何か知ってる?」
ソフィアナ「フーシェ地方?そうね……」

   ソフィアナ、考え込む。

ソフィアナ「……!確かあそこは数十年前に異民族が侵入してきて、今も住民の大多数は異民族かそのハーフだと聞いたことがある」

リリー、身を乗り出して、

リリー「異民族!?それはどんな民族なの」
ソフィアナ「別に、私たちと何も変わりはしないけれど。あ、そうだ大きな違いは瞳ね」

リリー「瞳?」

ソフィアナ「そう、瞳。確かフーシェ地方の異民族は瞳が紫色なの。でも、薬草を使った目薬で瞳の色は抑えられるのよ。ずいぶん前に瞳の色を抑える薬草の調合依頼があったわ」
リリー「いいことを教えてくれてありがとう、ソフィアナ」
ソフィアナ「いいこと?変なの。そんなに異民族のことが知りたかったの?まあ、いいけれど。私はそろそろ行くわね」

   ソフィアナ、去る。

〇お城・ミザリーの部屋(翌朝)

   ミザリーとリリーがいる。

ミザリー「それで?何か分かったの?」
リリー「エレナと一緒にいた貴族のフェデリック、あいつは異民族かもしれないわ」

ミザリー「異民族?」

リリー「ええ。フーシェ地方の住民は大半が異民族かそのハーフなんですって。数十年前の侵入によってね」
ミザリー「それで?」
リリー「異民族だったら瞳が紫色のはずなんだけど、フェデリックの瞳は紫じゃない。きっと目薬をして色を隠しているに違いないわ。エレナが知ったらどうなるかしら?きっと、協力関係なんて解消するんじゃないの……」
ミザリー「ふーん」
リリー「『ふーん』って……。あの2人を引き裂きたいんじゃないの?」

   ミザリー、答えない。

ミザリー「引き裂くなり何なり、好きにやってちょうだい。エレナから味方がいなくなれば私は満足だから」

   リリー、探るように、

リリー「ミザリーとエレナって何かあったの?」
ミザリー「ちょっと魔法が使えるお嬢様が正義のヒロイン気取りで団長になって、皆から好かれてるのが気にいらないの。それだけよ」

リリー「(小声で)それ『だけ』って……。ただ妬んでるだけじゃ」

   ミザリー、振り向いて、

ミザリー「何か言った?」
リリー「何も。じゃあ、私は行くね」

   リリー、そそくさと部屋を出る。

〇フェデリックの邸宅・中庭

   エレナ・フェデリック、お茶を飲んでいる。

フェデリック「そういえば言ってなかったんだけど」
エレナ「何?」

フェデリック「表彰されると、人事権が与えられるんだ。ブロンズならば初級人事権。シルバーならば中級人事権。そして、ゴールドならば上級人事権。それぞれの階級の人事権を1件発動できる。例えば、ブロンズの勲章を受けたとしたら、自分の友だち1人を初級事務官に任命したり、逆に気に入らない初級役職者1人を解任したりできる」

エレナ「ふーん」
フェデリック「興味なさそうだね」
エレナ「うん、人事権なんてどうでもいいわ。使うことは無さそう」

   フェデリック、微笑んで、

フェデリック「そういう欲の無いとこ、素敵だよ」

〇フェデリックの邸宅

   フェデリックが今まさに馬車に乗ろうとしている。

フェデリック「じゃあ行ってくる。夕方までには戻るから」
エレナ「ええ。気をつけてね。ここのところ、魔獣が多いから」

   フェデリックを乗せた馬車が走り去る。

〇市場

 活気のある市場。
 商人の声が飛び交う。

商人①「安いよ、安いよ」
商人②「お、ハンサムな旦那、どうぞ見て行ってくれよ」

   フェデリック、楽しそうに歩き回る。

フェデリック「花の香料はあるかい?」
商人②「いっぱいあるよ。薔薇に、イランイランに百合、それからレモングラスも」

   フェデリック、匂いを嗅ぎながら選んでいる。

フェデリック「イランイラン、いい香りだ。こいつをもらおう」
商人②「へへっ、まいどあり」

   買い物するフェデリックの姿を見つめる女の姿。
   フェデリック、イランイランの香料を手に歩き出す。
   リリー、フェデリックの前に現れる。

リリー「こんにちは」

   フェデリック、驚いた様子で、

フェデリック「おや、リリーさん。偶然ですね」
リリー「あの、」

   リリー、フェデリックが手に持っている香料を見て、

リリー「それって……目薬ですね?」
フェデリック「???」
リリー「とぼけても無駄ですよ。フェデリック・ド・フーシェさん。あなたの瞳の秘密を知っています」

   フェデリック、表情が強張る。

リリー「あなた、異民族なんでしょ?」

   フェデリック、何も答えない。

リリー「エレナはあなたが異民族だってこと知ってるのかしら?この国のフーシェ地方を乗っ取った異民族だと」
フェデリック「異民族?僕が?僕の名前はフェデリック・ド・フーシェ。名前に『ド』がつく貴族だよ。一体どうやって異民族が貴族になれるというんだ?」

   リリー、余裕の表情で、

リリー「王立図書館で色々と調べたの。数十年前、フーシェ地方に異民族が侵入した際、当時の国王はそれ以上の侵入を止めるため、族長と交渉をした。そこで国王は、フーシェ地方を差し出す代わりに、他の地方へは侵入しないと約束させた。その時の族長は、あなたの祖父のようね」

   リリー、族長の写真が載った本を広げる。

リリー「この族長、あなたにソックリ」

   フェデリック、たじろぐ。

リリー「……ったく。フーシェ地方をもらって、ちゃっかり貴族にもなるなんて反吐が出るわ。このことをエレナにばらされたくないなら、エレナとの協力関係を解消しなさい。この国を誰よりも愛するからこそ聖騎士団の団長になったエレナが、この国を壊そうと侵入した異民族の子孫と一緒にいるだなんて……。エレナが知ったら、倒れちゃうかもね」

フェデリック「リリー、お前は一体何がしたいんだ!?聖騎士団のくせに舞踏会では真っ先に逃げ出した。ミザリーの味方かと思えば、エレナに近づいて許しを求めて……。一体目的は何なんだ!?」
リリー「私の目的?だから言ってるじゃない、『買い物』って」

フェデリック「はあ!?」

リリー「聖騎士団のお給金で買い物ができれば、それでいいの!エレナの味方をしたら、謹慎でお給金が入らないんだもの。ミザリーの言うことを聞いてればいい。私はね、誰の味方でもないの。自分だけの味方よ」

   フェデリック、呆れ果て、ため息をつく。

フェデリック「はあー。それじゃ、風見鶏じゃないか。風向き次第で態度を変えて……。最低だな」
リリー「何とでも言いなさいよ!とにかく、」

エレナ「そこまでよ、リリー!」

   リリー、驚く。
   フェデリック、振り返る。

エレナ「随分と勝手なこと言ってるじゃない」

   エレナ、フェデリックの前に出る。

リリー「エレナ、どうしてここに?」
エレナ「魔獣が出やしないかと心配で後をつけてきたの。そしたら、あなたとフェデリックが話していて驚いたわ。異民族がどうとか言ってたわね?この人が異民族だろうと、どうでもいいことだわ!」
リリー「どうでもいい?そいつは、この国を壊そうとする異民族なのよ」

   フェデリック、傷ついた表情。

エレナ「そんなの数十年前の話でしょ。今は違う。フーシェ地方では、元々住んでいた人々も異民族も皆、力を合わせて暮らしている。それに、フェデリックは国を壊そうとなんかしていない。フェデリックはフェデリック——おじい様とは違うのよ」

フェデリック「エレナ……」

エレナ「決めたわ。今度の勲章。最低でもブロンズは貰える。そしたら、初級役職者の人事権を発動できる。フェデリック、聖騎士団は初級?」
フェデリック「聖騎士団の団員は初級役職者だね。団長だけは中級だけど」

   エレナ、リリーに向かって、

エレナ「人事権を発動して、あなたを解任させる。お給金のためだけに国民を守るフリをする聖騎士団なんて、この国には要らないのよ!」

   リリー、力が抜けてへたへたと座り込む。

リリー「そんな……」
エレナ「覚悟しなさい、リリー。私の大切な人を追い込んだこと、後悔させてやるわ」

リリー「エレナ、少し話を」
エレナ「もうこれ以上、あなたと話すことなんてない」

   エレナ、フェデリックの腕を掴んで、

エレナ「さ、行きましょ」

   エレナとフェデリック、馬車に乗り込む。
   馬車、走り出す。
   長い沈黙。

フェデリック「……がとう」
エレナ「え?」
フェデリック「ありがとう、エレナ」
エレナ「いいのよ。リリーの、ああいう差別的な考え、許せなかったから。私ももう少しでリリーに騙されるところだったわ」
フェデリック「そっちもだけど。僕のこと『大切な人』って」

   エレナ、慌てて、

エレナ「ああ、そうね。あの時は咄嗟に。ごめんなさい。フェデリックにはもう大切な人がいるのにね」

   フェデリック、無言。
   エレナも何も話さない。
   沈黙したままの2人を馬車が運んでゆく。

(続く)


第8話↓



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?