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(全3話)『推しのタオル』 第2話

〇望月の自宅・居間(夜)

  一人でスマートフォン画面を見るあかり。
  画面には「ⅮⅤチェックリスト」の文字。

あかり「まさか、まさか」

桃香(声)「あかり、ⅮⅤを受けてるんじゃないの?」
絵里(声)「ⅮⅤとか受けてませんか?」

  トイレに起きた祐一が入ってくる。

祐一「まだ起きてるのかよ」

  あかり、咄嗟にスマートフォンの画面を暗くする。

あかり「あ、ごめんなさい。眠れなくて」

祐一「誰に電気代払ってもらってんだか」

あかり「ごめんなさい……。もう寝ます」

  あかり、電気を消して寝室へ向かう。

〇ゴミ収集所・外(朝)

  あかり、清掃しつつ時々、絵里の自宅をチラリと見る。

  絵里、颯太と一緒にゴミ収集所へ向かってくる。
  颯太は学校へ、絵里は仕事へ行くところ。

絵里「いってらっしゃい」
颯太「はーい」

  絵里と颯太、反対方向へ歩き出す。

あかり「おは、ようございます」
絵里「おはようございます」

あかり「あの……」

絵里「?」

あかり「(声を潜めて)やっぱり、その、ⅮⅤかもしれないです。この間言われたこと、考えてみて……」

下を向くあかり。

絵里「――」

  絵里、バッグからスマートフォンを取り出し、電話をかける。

絵里「おはようございます。松田ですが――」

  あかり、どうして絵里が電話し始めたのか分からず、不安そうに絵里を見る。

絵里「――はい。ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」

  電話を切る絵里。

絵里「有給取っちゃった。頭痛ってことで」

あかり「え?」

絵里「ゆっくり話しましょう。ちょっと遠いカラオケとかどうかな? 個室だから安心だし」
あかり「え。でも……」

  絵里、スマートフォンで7LⅮKの画像を見せる。

あかり「あ!」
絵里「大ファンなの。同じファンがこんなに困っているのに、仕事してる場合じゃないでしょ?」

あかり「え、なんで知って……。あ、もしかしてタオル?」

絵里、笑顔で頷く。

〇カラオケ・内

  飲み物を持って入室する絵里とあかり。

絵里「わー! 久しぶりに来た」
あかり「私もです」

  絵里とあかり、座る。

絵里「かんぱい」

あかり「あ、かんぱい」

  絵里、コーラを勢いよく飲む。

絵里「で?」

あかり「あ、あの……。その、何ていうか」

絵里「大丈夫。ゆっくり話して」

あかり「はい。あの実は――」

  手つかずのまま、汗をかいたあかりのコップ。

絵里「――それは辛かったね」

  あかりの目にうっすらと涙が浮かぶ。

あかり「(涙声で)でも、優しい時もあるんです。だから、私が悪いのかなって。祐一さんを怒らせる私が」

絵里「それは違うよ。あかりさんは悪くない。あかりさんは、これからどうしたい?」

あかり「どう……」

  あかりは自分の願望を言葉にすることができない。

  あかりが何か話すのを気長に待つ絵里。

あかり「私は……困らせたくない」

絵里「誰を?」

あかり「……母を」

あかり「(早口で)お母さんは、祐一のこと、エリートで、気遣いのできて優しい旦那様だと思っている。だから……その……」

絵里「お母さんの人生じゃないんだし」

  俯いたままのあかり。

絵里「息抜きしよっか」

  絵里、自分のバッグからⅮⅤⅮを出し、あかりに見せる。

あかり「……7LⅮK」

絵里「ちょっとだけ推しからパワー貰っちゃおう」

  あかりの口角が少しだけ上がる。

  大きな画面には笑顔でパフォーマンスを披露する7LⅮKの姿。

絵里「ホントすごいよね。ダンスといい、歌といい」

  あかりの頬を涙が伝う。

絵里「泣くほどカッコいいよね。7LⅮKも――」

  絵里の瞳にも涙がたまる。

絵里「(涙声で)――苦しさと向き合うあかりさんも」

  絵里とあかり、言葉を交わさずⅮⅤⅮを見続ける。

〇カラオケ・外

  絵里とあかりは会計を済ませ、店から出る。

あかり「今日はありがとうございました」
絵里「何もしてないから」

あかり「……。勇気を貰いました。7LⅮKからも、絵里さんからも」

あかり「自分がどうしたいか決まったら、また連絡してもいいですか?」

絵里「もちろん。いつでも連絡して。電話でもいいし、家も近いから直接来たっていいよ」
あかり「それは心強いです」

  絵里、あかりを笑わせようと力こぶを作る。

絵里「(わざと明るく)ドンと来い!」

あかり、声を出して笑う。

絵里「あ、それと」
あかり「?」

絵里「あかりさんはあかりさん、お母さんはお母さんだからね」
あかり「はい」

〇望月の自宅・居間(夜)

  時計の針は9時。

  食卓には綺麗に並んだ2人分の夕飯。あかりは食べずに祐一を待っている。

時計の針が進み、11時をさす。

  祐一の大きな足音。

祐一「帰ったぞぉ。ご主人様のお帰りじゃあ」

  祐一、酔っている。

あかり「おかえりなさい。飲んできたの?」

祐一「(陽気に)飲んで~きたきた~」

あかり「連絡くらい――」

  あかりがそう言った瞬間、ドシンドシンと大きな足音をたてる祐一。

祐一「毎日、毎日、誰が稼いでるんだ。え? 自分で稼いだ金で飲んで何が悪い。言ってみろ」

あかり「そうじゃなくて」

祐一「お前のために仕事してんだ。毎日、お前のために我慢して頭下げてんだ」

  祐一、暴れ出す。

  反論も止める気力もないあかり。

〇同・居間(早朝)

  あかり、祐一が暴れて床に散らかした物や食事を片付けている。
  皿の破片で指を切る。
  あかりの指から出血。それを見てむせび泣く。

〇絵里の自宅・居間~台所(朝)

  絵里と颯太、朝食を口に運んでいる。

颯太「あ」

絵里「どした?」

颯太「(真剣な顔つきで)このジャム……」
絵里「え? 何? 痛んでる?」
颯太「美味しい」

  颯太、いたずらっぽい笑顔。

絵里「もう! 脅かさないでよ」

  絵里も笑顔。

  絵里、冷蔵庫を開ける。冷蔵庫内にはしじみのパック。

絵里「あ」

颯太「?」

絵里「忘れてた! しじみ、今日中に食べないと。砂抜きしとこ」
颯太(声)「砂抜きって?」

  絵里、ボウルに水と塩を入れながら、

絵里「砂を抜くのよ。そうしないと食べる時、ジャリジャリするでしょ」
颯太(声)「ふうん」

  絵里、ボウルにしじみを入れる。

〇杉の子保育園・年長の教室(朝)

  続々と登園する親子。

親「おはようございます」

絵里「おはようございます」

子「おはよー」

  楽しそうに歩いてくる千佳と航大。

千佳「今日の夜ご飯は何がいいかな?」

航大「うーん……。カレー!」

千佳「カレーは今日の給食だよ~」

航大「そうなの? やったー!」

  絵里、楽しそうな千佳と航大の様子を見て微笑む。

絵里「航大くん、おはよう」
航大「あ! えりせんせい! あのね、今日の給食、カレーなんだよ」

千佳「コラ。先にご挨拶は?」
航大「あ、そうだった。おはよう」

絵里「おはよう、航大くん」

  教室に入る航大。

絵里「航大くん、元気ですね」
千佳「おかげ様で。離婚したばかりの時は、突然父親がいなくなってショックを受けてたんですけど」

絵里「お母さん、その後はいかがですか?」
千佳「私ですか? すっごく幸せです。夫の足音に怯えず航大と楽しく暮らせるって最高!」

  千佳、腕時計を見る。

千佳「あ、じゃあ、そろそろ仕事に――」
絵里「いってらっしゃい」

  千佳、笑顔で頭を下げる。

〇望月の自宅・居間

  キャリーケースに荷物を詰めるあかり。一番上に7LⅮKのタオル。

〇絵里の自宅・居間~台所(夕)

  居間で宿題をする颯太。

  台所で夕飯の準備をする絵里。しじみを洗っている。

  ピンポン。インターフォンの音。

絵里「颯太、ごめん。出てきて」
颯太「えー、今宿題してるんだけどぉ」
絵里「お願い」
颯太「もー」

  颯太、しぶしぶ玄関へ行く。

颯太(声)「女の人だよー」

絵里「え?」

颯太(声)「女の人、お母さんの友だちだってー」
絵里「?」

〇同・玄関(夕)

絵里「(小声で)誰?」

  颯太、「さあ?」という仕草。

絵里「(小声で)名前くらい聞きなさいよ」

  絵里、ドアを開ける。

  立っているのはキャリーケースを手にしたあかり。

絵里「あかりさん」

あかり「分かりました。自分がどうしたいのか」

  絵里、手招きをしてあかりを中へ入れる。
  急いで鍵とチェーンをかける絵里。

                      (続く)

第3話↓


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