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異世界へと旅立つかつての勇者

 今日は一日中パソコンの前で作業をしていた。
 夕方になったのでいつものスーパーに買い物に行ったら、スーパーの前でお祭りをやっていた。

 サンバ。

 最近日本じみた気象じゃないなとは思っていたけれども、どうやら所によっては、文化も日本離れしてきているようだ。そんな一足飛びの挑戦心は、嫌いじゃない。


 普段ほとんど見かけないのに、こういう場に来ると驚くほど若い人がたくさんいる。

 元々学校の先生をしていたから大量の若人には慣れているつもりだけれども、それでも何も無いと思われた所に雨後の筍のようにわらわら湧いている様には、驚嘆を隠せない。

 しかし夜になって湧く筍というものには、何か不健康な気配を感じる。どうせなら朝に生えてほしいものである。


勇者はどこへ行く

 久しぶりに若い人を見て、ふと、「最近の子供たちはどんな漫画やアニメを摂取しているのだろう」と思った。

 漫画やアニメというのは低俗だと誹りを受けることも多々あるが、それらを摂取する人の精神性、嗜好、文化性を反映する鏡としては中々優秀なものだと思う。


 家に帰ってから少し調べてみると、どうやら今は「異世界モノ」というジャンルが流行っていることがわかった。

 ある日、何かしらの事情により現実世界を離れてしまった主人公が異世界に降り立ち、特殊能力や驚異の身体能力でその世界を席巻していく、というのがこのジャンルに通底した特徴らしい。

 この、八面六臂の活躍をする舞台が現実ではない、という点がどうにも面白く感じる。


 私は今26歳だが、今まで読んだ漫画や観たアニメの傾向は次のようなものだった気がする。

1.現実にファンタジー要素が持ち込まれ、現実を舞台として様々な能力を持つキャラクターが活躍する。

2.舞台は現実だがファンタジー要素は持ち込まれず、個性あふれるキャラクターを主軸に日常の各シーンを丁寧に切り取っていく。


 恣意的に解釈するならば、1は「ヒーローへの憧れ」、2は「ヒーローへの憧れからの卒業」と取れるかと思う。自分には現実を変える力があると信じる、それが是とされる時代があり、時間が流れ、以前のような憧れを持つのは幼稚だと見做され、日常を楽しむ傾向へと変化したのではないか。


 けれどもここにきて、「ヒーロー」要素が「異世界」という限定的な空間装置の上で注目を集めている。


 これは考えてみると、正当な進化ではなかろうか。


 つまり、「ヒーローに憧れ、現実でヒーローのように活躍したい」というところに始まり、「ヒーローなんて非現実な存在は恥ずかしい。日常を楽しもう」という諦めに転化し、そして「存在そのものがあり得ない異世界でならばヒーローは活躍してよいのだ」と、ヒーロー観念が新たな着地点を見つけたといえないだろうか。

 

 ある意味弁証法的に進化した結果としての「異世界」であるから、このテーマに対して「非現実的だ」なんていう誹りは意味を成さない。なぜならば「異世界」であることは「非現実」であることと同義であり、指摘を受ける前にその指摘を自らの内に飲み込んでしまっているからだ。


 異世界とは突飛なテーマだと思ったが、これはこれで、たどり着くべくしてたどり着いた、勇者の新たな活躍の場なのだろうと思えてくる。


勇者は誰か

 しかし考えてみると、今の若い人たちは、年齢的に先に述べたようなヒーロー性の変遷を体験していないはずだ。

 とすれば、彼らが異世界モノを楽しむ理由はそのコンテンツ性(それ自身の純粋な面白さ)に由来するものであり、そのテーマ性(異世界という部隊帯設定)にあるものではないと思われてくる。

 では、なぜ今流行するのが「異世界」ものでなければならなかったのか。


 この異世界モノを楽しむ年齢層というものを調べてみると、ちょっと驚くようなことが分かった。

 どうやらこのブームを牽引しているのは、30歳を中心とした年齢層の人々であるようなのだ。


 しかし、そうであるならば納得がいく。

 子供たちにとってはただの面白いコンテンツでしかない「異世界」は、しかしヒーロー迫害の時代を経てきた大人たちにとっては「ヒーローの復権を叶えられる舞台装置」に成りえる。彼らこそ、弁証法的文化の発展を担うに相応しい葛藤を経てきた主人公なのだ。


 かつて勇者だった人たちは、年齢を重ねて、再び勇者になろうとしているに違いない。

 彼らに対して「いい年をして」だとか、「そんなあり得ない設定で」とかの批判は効力を持たない。

 なぜならば、「そんなことは百も承知」と言い返せるからだ。


 一度剣を置いた勇者が中年となり再び剣を握ったのだから、その武装、こと論理武装においては強固なものがあるのだと、推して知るべしである。

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