人間って、案外カンタンには死なないんだな~集中治療室古株編~

手術後の氷は神!!

カーテン隙間から覗く日差しも強くなって、集中治療室も騒がしくなってきた。やっと朝だ。

「水はまだ飲めないけど、氷なら舐めて良いよって先生から指示が出ているけれど、舐めてみる?」

喉がカラカラに渇いていた私は、大きく頷いて紙コップの中の氷を、看護師さんが口に一欠片入れてくれた。この時の氷は、大好物のお寿司よりも、イチゴのショートケーキよりも、チョコパイよりも美味しかった。まさにシンプルイズベストだった。

朝になって窓のカーテンが開けられると、「久しぶりね。ここでは会いたくなかったけど」と懐かしい声がした。このしゃべり方と声のトーンはもしかして…と思っていると、私が予想していた通りの人だった。

昔、私が内科で入院するときに、必ず担当看護師さんになってくれていた人だった。彼女の周りには、常に優しさとおおらかさのオーラが漂っていて、看護師になるために産まれてきた人と言っても、過言ではないと思う。

昔話に花が咲き、2年前に亡くなった2歳年下の妹のことまで覚えていてくれた。妹は私と同じ病気だったが、2年前に33歳という若さで亡くなった。敗血症になって最終的には肺塞栓で亡くなっていたのだった。

集中治療室を利用できるのは、当日のみじゃなかった

朝を迎えて、手術を終えた他の患者さんは、元いた病棟に帰って行く。「今日の9時には病棟から、お迎えが来るからね」という会話を、あちらこちらでしている。

私もてっきりそうなのだと思っていたが、私の担当の看護師さんからは、そんな話も出ていない。9時近くには「〇〇さんのお迎えでーす」と声が聞こえるが、多分私には来ないんだろうと思って諦めかけていた。

外科の回診が始まって、諦めかけていたことは、完全に諦めになった。

手術着の上に白い白衣を羽織った、外科の先生が総出でやって来ると、とても威圧感があって、まるでドラマの「白い巨塔」の財前教授の総回診のようだった。

その外科回診で、私は初めて外科の主治医の先生の顔と名前が分かった。私の術後の傷を確認するために、何人もの先生が色んな方面から、興味津々に覗いている。まるで、まな板の上の鯉だ。

その時、私はお腹の腹帯を外して、総てを見てしまった。出来れば受け入れたくなかった。お腹に巻いていた腹帯の下は、真ん中に大きなガーゼが貼ってあって、その下は傷口を縫ったであろう黒い糸が、何カ所か見え隠れしている。

右のお腹には、人生で初めて見た人工肛門が、なんとも言えないグロテスクな感じで、お腹から飛び出ている。小腸をそのまま肛門にしているのだから、血走ったような色の小腸が、これから私の肛門になってくれるらしい。

しかし、関係のない左側にも、同じような物体がある。『肛門が2個?まさかね…」なんて思っていると、私は小腸と大腸のつなぎ目の回盲部|《かいもうぶ》以外にも、肛門近くのS字結腸も裂けてしまっていたらしい。

その他にも、尿道のカテーテルと首の静脈のカテーテル、お腹の中には計4本のドレーンチューブが入っていて、先の袋の中に手術で出ている血液や、廃液が溜まっている。

傷口やドレーンの周囲を消毒し直して、新しいガーゼに変えてもらって、朝の外科回診は終わったが、その日は金曜日だったため、他の患者さんは病棟に戻っていていなくなっていた。

「明日から週末に入るし、あと1週間はこの部屋にいましょう」と言われて、愕然とした。金曜日にも手術があるらしいが、週末のことを考えて、手術する患者さんは少ないらしい。

案の定、新しい患者さんの手術が終わっても、集中治療室の中はガラガラで、貸し切りに近かった。


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