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美弱あつめ007 「ずっと伸ばせなかった髪」

び ・ じゃく【美弱】
1 その人やものがもつ美しい弱さ。
2 弱さを受け入れ、慈しむことで、より自分らしく生きている状態。

たくさんの「〜してはいけない」「〜であるべき」を、自らに課して生きてきた。「髪を伸ばしてはいけない」「母の好みの髪型にするべき」もそうだった。

私が幼稚園を卒園する頃まで、母は肩につくくらいのミディアムヘアだった。古くて重たいアルバムを開くと、パーマをかけて毛先がくるんと巻いた母と、母の足にしがみつくおかっぱ頭の私の写真が残っている。入園式だったのか、母はコサージュのついたジャケットと、光沢のあるきれいなスカートを着て、ローズ色の口紅をきっちり塗って微笑んでいる。その姿が私の記憶にある母と全く違うから、私は写真を見るたびに「いつものお母さんじゃないみたい」と驚いたものだった。

その後、母は髪をばっさり切ってベリーショートになり、かれこれ三十五年ほど、同じ髪型を続けている。母は毛先が少し耳や眉毛にかかると、すぐに美容院に行く。私が「さっぱりしたねぇ」と声をかけると「これが一番楽なのよ」とよく言っていた。いつだったか「最初、お父さんはこの髪型をすごく嫌がってたけどね。気にせず切っていたら何も言ってこなくなった」と笑っていたこともある。

母が何をきっかけに髪を短くし始めたのかは分からない。三人の子どもの世話で忙しくて、長い髪を乾かしたりセットしたりする暇もなかったのかもしれない。頭が小さくてベリーショートがよく似合うから、一度切ってみたらすっかり気に入ったのかもしれない。

私は決して母に「髪を短くしなきゃいけない」と言われたわけではないけれど、小学四年生くらいからずっとボブかショートにしていた。私が髪を切ると、母に「やっぱり七ちゃんも短いのが似合うねぇ」「短いほうが楽でしょう」と言われるのが、嬉しくて、ほっと安心した。母が気に入る髪型にすることで、母に愛され、母と繋がっていることを実感したかったのかもしれない。もし私が髪を伸ばしたら、母に嫌われてしまうという恐怖も勝手に抱いていたと思う。「お母さんと同じように、私も短い髪が一番似合うんだ」「長い髪は似合わないんだ」と思い込み、髪を伸ばしたくなったことは一度もなかった。

自分にかけた「髪を伸ばしてはいけない」という呪いが解けたのは、ちょうど一年前の夏だった。「やりたいことをやったら幸せになれない」というラスボス級の呪いを勇気を出して解き、「これからはやりたいことをまっすぐにやる」と心に決めた。すると、可愛くなろうとすることを自分に許可できるようになり、同時に「髪を伸ばしてみたい」という気持ちもふわっと生まれたのだ。

髪を伸ばすと決めたら、ずっと通っていた美容院も思い切って卒業し、ピンとくる美容院を探し直した。せっかくだから心機一転したかった。

「この歳まで一度も髪を伸ばしたことがないんですけど、今さらながら伸ばしてみたくなって……私もロングヘア似合いますかね?」
「すごい素敵ですね!ロングめっちゃ似合うと思いますよ!伸ばしてる間も可愛いスタイルにしましょうね」

挫けずに髪を伸ばせたのは、新しい美容院の担当さんのおかげもあるなと思う。サイドにレイヤーを入れたりして、今っぽいスタイルに整えてもらいながら、一年かけて少しずつ少しずつ伸ばしてきた。毎日鏡を見るたびに「伸びてきたなぁ」と実感できるのがとても嬉しい。ようやく首の真ん中くらいまで伸びたときは「私、とっても可愛いんだね!!」と心から思えた。

夫も「長い髪、本当に似合うねぇ」としょっちゅう言ってくれるようになった。そういえば、数年前に「七恵は髪伸ばさないの?」と夫に言われて「なんでそんなこと言うの!髪型くらい好きにさせてよ!」とムキになったことがある。本当は髪を伸ばして可愛くなりたかったのに、素直になるのが怖かったんだなぁと今は思う。

髪が伸びると、今まで避けてきた女性らしいファッションをするのもとても楽しくなった。肩にかかるくらいの長さで、毛先がくるんと外ハネになったヘアスタイルで、ラベンダー色のシアートップスや、お花がついたサマーニットや、肩が少し出たワンピースを着ると「私、どこかのお姫様みたいだねぇ」とニコニコしてしまう。「四十歳にもなって、お姫様だなんてみっともない」と、笑う人もいるかしら。でも、自分を心から愛したいから、私は私を一生お姫様だと思い続けたい。この夏は、黒の総レースのタイトなワンピースを着るんだ。私にとって大チャレンジの服!でも、黒のミディアムヘアに、とっても似合うと思うのです。背筋をピンと伸ばして「今が人生で一番美しいねぇ」と自分を愛でながら、街をお出かけしたい。

***

少し前のことだけれど、久々に実家に帰省した。髪が伸びてから母に会うのは、正直なところ気が重かった。なんて言われるのだろうと怖かったのだ。案の定、髪型の話題になった。

「あら、髪がだいぶ伸びてるわね」
「うん、伸ばしてみたくなって」
「まあ、たまには良いかもね。でも、また短くするんでしょう?」

「短くするんでしょう?」の問いには何も答えられず、私は黙り込んでしまった。でも「うん」と答えなかっただけ、前に進んだのかな。母もそれ以上聞き出そうとせず、すぐに別の話題に移った。

一年かけて大切に伸ばした髪は、私らしく幸せに生きてゆこうと決めたしるしだと思う。母が毎月欠かさずカットするベリーショートの髪も、きっとそうなのだろう。
私も母も、それぞれの美しい光をまっすぐ放つお姫様であり続けますように。

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