その背中をみていた #3

彼を家に招いたのは、子どもたちがいて逆に安心だから。子持ちであることは伝えていたけれど、外で会っているのをママ友などに見られでもして、余計な噂をされるのも避けたかったのもある。
私と彼に万が一などはないとは思うが、新しい職場で稼いでいかねばならない中、仕事以外の要素を入れたくなかった。
新しい場所で慣れながら、上の子と産まれたばかりの下の子、二人を育てねばならない。

いつも子どもたちと座るダイニングテーブルで簡単な食事を出した。
一瞬、どこに座ってもらおうか迷って、かつて夫が座っていた席に座るよう促した。我が家では、キッチンの雑然としたところも見えず、視界が開けて一番良い席なのだ。そんなところまで配慮して夫の席を決めていたことに、我ながら可笑しくなる。そんな配慮など、夫は求めてもいなかっただろうに。


初めて向かい合って座り、「簡単なもので。すみません」と言って和食を出した。旅帰りで、何か日本の味がいいかなと考えたからだ。
彼は「ガキが、ご飯を食べさせてもらえると思って、必死で自転車を漕いで来たの想像して下さい」と笑っていた。
お土産を受け取りながら「ガキとは思ってないですが」とこちらも笑って答える。
そう、私たちの歳の差は15歳で、彼はまだ28歳なのだ。


28歳。希望のある年齢だ。
私はその頃何をしていたっけ?と振り返る。
外資系のコンサルティング会社で昼夜を問わず働いて、やりがいもあったし手応えもあった。当時付き合っていた夫とは、一緒に音楽を聴きに行ったり、休日は二人で異国の料理を作って食べた。失敗しても「世界のどこかでこんな料理食べてる人はいるよ」と笑い合った。
いくらでも自分の力で世界を変えていけると思っていた、若かった頃の私。それに比べて今は、、、と自虐的な笑いがこみ上げてくる。
でもその頃があるからこそ、夫がいなくなっても生活していけるのだ。

ぼんやり思い出していると、目の前の彼は言った。
「一緒に旅に出ませんか」と。

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