ある花の記録

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最近の記事

その背中を見ていた #5

「旅。」 「旅に行っている間のやりとりがとても心地よかった。前からよく知っている間柄なように感じて。へんな話ですが、それでとても興味を持ったんです」と。 いきなりのことに驚いてしまう自分を感じながら、一方でここではないどこか、私はずっとそれを求めていたのではないかとも思った。 現実の生活に縛られて、自分の力ではどこにも行けない自分に諦めもあった。ここから動かなくては、なんとかしなくては、頭ではわかっていても、自分から立ち上がる力もなかった。 どこかに行けると思うと、どこかに

    • TENET

      善悪ってなんだ。 何が善で何が悪なんだ。 そんなものは一瞬で入れ替わるし、見る人や時代によって変わる。 だからこそTENETを持っていないと、揺るいでしまう。誰もが自分のTENETを信じて動いているのだ。 愛を知らずに育ってしまったセクターにとって、きっとああいう方法でしか愛せなかったんだろうことが悲しい。 彼が死ぬときに選んだあの思い出(と言っていいのか)が切ない。 偽りだとは知らなかった、でももしかして欲しかったものが手に入るのでは、と思ったあの思い出の時。 彼にとって

      • A子さんの恋人

        ついに最終巻を読んだ。 私たちの名前は記号だ。女性は結婚などで苗字が変わることもあり、段々何が本名なのかわからなくなる。アイデンティティは名前によって確立されるものではなく、個人の能力ですらなく、一体何によって私が私たり得ているのか、いつも不確かになる。 A子さんが英子になった時、それは彼女が自分で自分を選んだ時だ。 誰かからのラベルではなく、自分でこうありたいと思った時、初めて世界に色がつくことに、いったいいつ頃気が付いたんだろう。

        • その背中をみていた #4

          夫との生活は苛烈を極めた。 上の子の学区があり、二人目の病院があり、産休中でお金も心許ない。生活に根付いた日々を変えるのは大きなパワーがいる。 そのままなんとか生活を続けようと思ったが、夫は些細なことで暴れたり怒鳴ったりした。子どもも、夫のあまりの変化に戸惑いを見せるようになった。 その頃になると親にも隠しておけなくなり、様子を見に来た半信半疑の義母が、目の前で怒鳴り散らして私に怪我をさせた夫を見て、警察に通報したここともあった。 義母は大声で泣いていた。自慢の息子だったのだ

        その背中を見ていた #5

          その背中をみていた #3

          彼を家に招いたのは、子どもたちがいて逆に安心だから。子持ちであることは伝えていたけれど、外で会っているのをママ友などに見られでもして、余計な噂をされるのも避けたかったのもある。 私と彼に万が一などはないとは思うが、新しい職場で稼いでいかねばならない中、仕事以外の要素を入れたくなかった。 新しい場所で慣れながら、上の子と産まれたばかりの下の子、二人を育てねばならない。 いつも子どもたちと座るダイニングテーブルで簡単な食事を出した。 一瞬、どこに座ってもらおうか迷って、かつて夫

          その背中をみていた #3

          その背中をみていた #2

          夫は数年前、ふらりと出て行ったまま、消えてしまった。 21で知り合い、29で結婚した。子どもも産まれて8年過ぎた時のことだった。 8年間私だけ幸せで、私だけが気がつかなかった。夫が少しずつ壊れていたことに。 日常が彼を壊していくなんて考えたこともなかった。私たちの生活の裏で、父親として、夫としての重積は膨れ上がって、予定していなかった二人目の妊娠がわかったある日、弾けた。 あんなに穏やかで冗談が上手だった夫が、暴れて、部屋にこもり、ベッドの下によれよれの洗濯物や飲み終わっ

          その背中をみていた #2

          その背中をみていた #1

          好きな人が、転職するという。 初めて会ったのは、新しいその場所で研修を終えた翌日のことで「初めまして」と挨拶をした時にハッとしたように立ち上がって、挨拶を返してくれた。感じのいい人だなと思った。仕事の絡みで連絡先を交換すると、なんだかとても照れていた。 それからすぐに、好きな人は旅に出た。私と出会う前から決まっていたという。アジアの国を長い間あちこち一人で巡るとのことで、毎年いろんな国を訪れているとのことだった。たまたま私が住んだことのある国だったので、知っているお店や観

          その背中をみていた #1

          椿宿の辺りに

          自己責任というけれど 産まれてこのかた 自分で選べることなんて そう多くはないな と思う。産まれるというそのものも 自分で選んだわけではないし どんな親で どう育てられるか 途中でどんな人に会って 何を覚えていて何を忘れてしまうのか。溢れてくる想いはいったいなにが原因か。すべて 自分で選んだわけじゃない。 この本は 脈々と続く流れを 知らずに産まれた子どもたちと 知っていて願いを託した親たちとの 物語だ。親になると いえないことは多い。何も言わないまま 祈るような気持ちで 

          椿宿の辺りに