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令和6年文楽二月公演「艶容女舞衣」日本青年館


国立劇場閉場後の初の本公演、日本青年館にて。

二部の「艶容女舞衣」。処女妻お園のクドキが有名な演目で、お園のクドキの場面自体は何回か見てきたものの、演目そのものをしっかり見たのは今回初めてでした。


実は以前に、桐竹勘十郎師の企画の「道行の美学」という公演を見に行き、ボロボロ泣きまくった経験があります。

妻と愛人の葛藤を描いたお話なので、普遍的な要素あり、一方で、さまざまな解釈の余地があり拡張する懐の深さがあるお話だなぁと思いました。

2022年「道行の美学」三勝道行の段の後のカーテンコール


この「道行の美学」は、「いつもお園ばっかり目立ってるけど、三勝も引き立ててあげたい」という趣旨もあり、とても良かったので、今回の本公演で演目そのものを見るのを楽しみにしていました。

だいぶ前置きが長くなりましたが…

なんと、妻と愛人の葛藤を見に行ったつもりが、半七お園夫婦の父親同士の語らいの場面ですっかり涙腺崩壊してしまい、どちらかというと「子を想うゆえに自分たちが決断した縁組が、結果的に不幸を巻き起こしたことに対して責任を取ろうとする父親の葛藤」に涙する展開に。

最初のパート「中」は三輪太夫さん。古風な語りで世界観に引き込まれ、中盤の「切」は、錣太夫さんの涙声の浄瑠璃。錣太夫さんが年配男性の情愛を語ると圧巻の説得力があります。

そして人形陣。お園の父「宗岸」は玉也さん、半七の父「半兵衛」は勘壽さん。ベテラン勢の老け役は珠玉でした。とくに半兵衛が肩で演技をして涙をこぼすところは目が離せず、涙がポロポロと…

宗岸と半兵衛はお互いの背負うものゆえに反目せざるをえないのですが、対話が進むにつれ、「子供のために父親が責任をとる」という想いが相通じるものがあり、和解に至ります。

子供を不幸にしてしまった罪悪感を背負う父親同士しか通じ合えない想い。ある意味、戦友みたいなものですよね…

そんな流れのためか、お園のクドキは、女性としての心情に共感するよりも、親の決めた呪縛の中で翻弄される女性の象徴を見ているような気分になりました。籠の中の小鳥がもがいてるような。

女芸人に現を抜かす独身の半七を更生させるために嫁入りしたお園ですが、妻という立場と自分の魅力ではどうにもならず、女性としての無力感と親の想いを果たせない情けなさ。痛切。辛すぎる。

自分ではどうにもならない状況ゆえ、せめて自分の心の有り様だけはコントロールしたい、そんな心情に至るまでの堂々巡り。「自分が死ねば良かったのに」とまで思ってしまう。何周も何周も堂々巡りを繰り返さないと辿り着けない境地へ向かう姿、演題の「艶容女舞衣」の「舞」の一つの形かもしれません。

勘十郎さんのお園は全ての所作が美しく決まっていて、後ろ姿をみせる決めポーズは、籠の中で小鳥が飛び立とうとするようないじらしさを感じました。籠の中でもがく小鳥が見せる、一瞬のポーズの美しさは左遣いさんの上手さによるものですね。(どなたが遣っていたのか分からないのがもどかしい)

そして、愛人三勝。豊松清十郎さんの復帰後初公演ということで、とても楽しみにしていました。

清十郎さんのブログで、三勝の所作の解釈について、呂太夫師の話を聞いたエピソードが興味深く。


脇役ながら存在感のある「儲け役」とのことですが、短時間で鮮烈な印象を残す役所ですね。

「女舞芝居の芸人」という設定。女舞芝居なるものは全く想像もつきませんが、所作の派手さ、鮮やかさは芸能の世界に生きる女性という説得力が…お園との対比がくっきり浮き上がります。

終盤に向けてお話がどんどん展開していきます。

半七と三勝は殺人を犯した成り行きで心中することに。二人がなした娘は、出戻りの処女妻であるお園が育てる展開に。

そして半七からの手紙を読み上げる家族と妻お園のやりとりを物陰から聞く半七と三勝。

半七はお園に対して「来世は真の夫婦に」という言葉を残します。その言葉に狂喜乱舞するお園の声を物陰で聞く愛人三勝。

そして、乳を欲しがる娘お通に対して、三勝は最後にお乳をあげたいと身悶えしますが、それもかなわず。

お乳のでるはずもないお園が育てる一方、物陰で「乳が張る…」と半狂乱になる三勝。

女性の尊厳を一つ残らず踏み躙るような展開と感情の激流に、いやもう「えぐいえぐい…助けて…」と苦悶しながら見守っておりました…

身を切られるような痛みに身悶え嘆く姿を「艶容」とか「舞」と称して演目名にする。

もはやグロテスクなレベルのえぐさです…

とはいえ。

江戸時代の女性は(現代でいうところの)尊厳が踏み躙られるのが日常茶飯事だったのでしょう。

そんな江戸時代の女性は、登場人物の状況に自己を投影できる要素を見つけて涙したのだろうな、と。このような芝居を見て涙し、カタルシスを感じ、現実世界に戻っていく。まさに芝居の原点。

想像を遥かに超えて、ずっしりとした重みのある後味に押し潰されそうになりました。感情の激流に涙しカタルシスを感じる現代の私も、芝居の原点を味わうことができました。

やはり名作として残ってる演目には、とてつもない強度がありますね。

古典の凄みを感じた演目でした。

最後に。

能登半島地震の寄付をしたので写真撮影をしていただきました。

心中に向かう扮装の色男の半七さんとツーショット。そして勘十郎さんとお通ちゃんとスリーショット。一生の記念になるお写真が撮影できました。

勘十郎さん、勘市さん、玉峻さんありがとうございました!

半七さんに寄り添ってもらい満面の笑み
見つめられてリアクションに困ってしまいました
勘十郎さんと。一生の記念になりました。


「道行の美学」の感想は以下に。


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