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桃鉄で癇癪、罪深き桃鉄


夫が新しい桃鉄を買ってきた。

それは息子が1ヶ月も前から「やりたいやりたい!」と懇願していたあの桃鉄だった。発売日当日に、「そりゃあ買うでしょ」と当然のように買ってきてくれた夫、天才。

夫からソフトを受け取ると、すぐさま無駄のない動きを見せる息子。脇目も振らずにハサミを手にし、手慣れた様子でパッケージに貼り付いているフィルムをペロリと剥がした。夫から手渡され、中身を確認するまでのタイム、私調べでジャスト10秒。その無駄のない動きに、桃鉄への情熱を感じずにはいられない。これぞまさしく桃鉄愛。

『桃鉄ワールド』のソフトとご対面して息子から満面の笑みが溢れたのは、現物を手にして実感が湧いたからに違いない。「遂に俺はこの手に桃鉄をゲットしたんだぜ」っていう実感。至上の喜び。

うんうんわかる、わかるよ、わかるよ。だってわたしの口からも意図せずにして、ひゃっほいひゃっほい!!言いながら歓喜の雄叫びが上がっていたんだから。

嬉しくて楽しくて心踊る桃鉄よ、最高だ。

そう、だから家の中が殺伐としてきて「そうだったわ、桃鉄はそういうゲームだったわ」と我に返ったとき、喜びで顔をくしゃくしゃにして無邪気に喜んでいた数日前には戻れないことを悟ったんだ。

(今週はご飯作るのやめちゃおうかな)

奇跡的に1位を維持していたはずなのに、あれよあれよと家族のなかでビリになり、1位を独走する夫とは1000億円以上の差がついてしまったのは、えっと、何でだろう。この世の終わりかと思うほどの悲しみと後悔がわたしを襲ってくる。だから、今週はご飯作りやめちゃおうか?という企みにも似た気持ちが底のほうからふつふつと湧き上がってきたのは、まあそういうことだ。それほどに悔しい。これは今世紀最大の一大事、わたしビリじゃん。

2位の息子にも変化が現れた。ゲーム内のイベントで莫大な金が夫に転がり込んできてからは、もう逆転は無理なんじゃないかと頭をよぎっていたんだろう。ご立腹の様子。

「これ捨てちゃおうか」

それは家族みんなで楽しもうねと、夫が桃鉄の発売日当日に仕事帰りに店に寄り、自分のお小遣いで買ってきてくれたもの。その桃鉄のソフトを、息子は夫に向って捨てちまおうかと言っていた。

人間をここまで追い込む桃鉄よ、恐るべし。


息子と桃鉄の出会いは小2のときだった。

初めて見るゲームに最初はどうすればいいんだと戸惑いを見せた息子だったけど、すぐに画面に釘付けになった。元々ゲームであれば何であろうと興味を示すくらいにはゲーム大好きっ子で、必然的というか、当然だったというか、あっという間に夢中になった。

そして、のめり込むほどに勝ちたいという気持ちが大きくなるわけで、ゲーム展開が思い通りにいかなければ癇癪も起こるわけだ。

「もう二度とこんなゲームやらないからな!!」

息子の十八番が口をつく。

桃鉄といえば、欲しい物件を買おうと頑張って貯めた持ち金にルンルンしていたらスリの銀次にゴッソリ持っていかれたり、目的地に入ろうと近づいたのにあとからきた他のプレイヤーにヒョイとゴールされてしまったりする。購入した高額物件が無慈悲に崩されボッコボコにやられることもある。いろんなことが起こる。

言葉の拙い息子が一人遊びに偏らないように、家族で共通のゲームを介して会話ができたらいな。背後には親のそんな思いがあったのだけど、息子は会話ではなく癇癪をドカンドカンと打ち上げた。

癇癪は3回までだよ、あと1回だよ、もう今日は桃鉄おしまいね。

そうやって、癇癪を起こすとゲームが続けられなくなるという洗礼を充分に浴びた息子がその後どうなったかというと、少しずつ怒りを抑えられるようになっていった。

これは本人にとってとても辛かったはずだった。だから気持ちを抑えることができたとき、わたしも夫も怒らなくて偉かったと何度も何度も何度も褒めちぎったし、そうやって積み重ねるしかなかった。

ゲームを続けたい一心で爆発したい思いを我慢していたのは、親バカだろうけれどうちの息子はとにかく凄く偉かった。大人だって「くっそくっそ!」って言いたくなる。そういうゲームだ桃鉄は。理不尽なこともよく起こるゲームだもの。

「ぼくの負けだ」

途中でポツリと弱音を吐くことはあったけれど、もう桃鉄で癇癪を起こすことはなくなった。

だから久しぶりに聞いた息子の「これ捨てちゃおうか」はちょっと懐かしくて、ちょっと焦った。

「お父さんが買ってきてくれたのに、なんで捨てるのよ。そういうの、よくないよ」とわたし。

「お母さんだってうわーとかぎゃああとか言うのやめてよね、聞きたくないんだ」と、息子のターン。図星だ。ごめんなさい。

「でもさ、お父さんズルくない?ねえズルいよね、あんなにお金もらってさ」
「うんうん、ズルいよズルい」

なんにも悪くない夫は悪者に仕立てられて、プリプリした気持ちの矛先を向けられることになった。かわいそうに。

一通りわたしと息子が言いたい放題するのを黙って聞いていた夫だったけど、それは突然やってきた。

「おいおい、ズルくないだろ。今日はもう解散!」

みんな少し落ち着けよと言いながら、桃鉄はそこでセーブされた。

迂闊だった。

ほんとはもっとやりたかったのに。


桃鉄で癇癪を起こさないなんて至難の業、人間の度量を超えている。だけどやっぱり桃鉄は恐ろしく魅力的だから、文句を言いながらもまたあの軽快な音楽を聞いて今日こそは余裕っしょ、と勤しんでしまうんだろうな。もっと冷静にゲームを楽しむ大人でいたいけど、これはなかなかハードルが高いな。

それにしてもこれだけ人の心を虜にするゲームは他にあっただろうか、いいや、ないない。他には類をみないよ。心を鷲掴みにされて、もうゾッコンだ。

この罪深き桃鉄め、大好き。


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