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WARの解説② -大谷翔平について-


前回の記事の続きになります。


WARを構成するコンポーネントの説明やそれらの根拠を長々と羅列していく記事にするつもり…だったんですが、あまりにも長文になってしまいそうな為、ひとまず前回有耶無耶に終わらせた「WARが大谷翔平を可能な限り適切に評価している理由」を質問形式でひとつずつ挙げながら説明していく記事にしようと思います。

■「大谷翔平のWAR」の指摘点

Q.なぜ投手として出場しながら、守備位置補正はDHのものを適用するのか?


A.得点創出において「DH大谷」の扱いは「他のDH野手」と同様となる為。

前回説明したように、WARは「創出得失点を勝利数に換算した指標」です。「二刀流・大谷翔平」は間違いなく他の選手の追随を許さない程の希少性、能力を持ったプレイヤーですが、得点創出の観点においてその両立は影響を及ぼしません。仮に「投手として出場したプレイヤーが打席に立つ場合のみ、塁打数が倍になる」くらいの滅茶苦茶なルールが存在すればそこで初めて「得点創出における二刀流の価値」は生まれますが、現行のルールでの比較対象は「DH野手」です。つまり同様にDHとしてのマイナス補正を受けます。

少し話を逸らして「守備位置補正の数値は妥当なのか?」という指摘を挙げると、ここはまだ改善の余地はあると考えます(それでも微差ではあると感じますが)。別の記事で守備位置補正については詳しく解説しますが、現在の数値は「ポジション毎の打撃成績の比較」であったり「異なるポジションを守った同一プレイヤーの守備成績の比較」などから算出されています。打撃や守備、どの要素に比重を置くかは少しずつ変化している為、常に改善の余地があるものです。現状「DHは打撃の良い選手が入るポジション」となっている以上、他のポジションと貢献度を比較する為にDHにはマイナスの補正がかかってしまいます。

Q.DHではなく守備に付くことでWARを伸ばすことは可能か?


A.伸ばすことも出来るが、当然下がる可能性もある。

上の質問でも触れた「守備位置補正」の話と被りますが、この補正の数値は異なるポジションの守備成績や打撃成績の比較から算出されています。例えば大谷翔平がDHから別のポジションに移動した場合「守備の負担等様々な要素を考慮したら、大体これくらいの創出得点の変化が見込まれるだろう」というものを数値化したものが守備位置補正です。なので仮に「DH時と同程度の打撃成績を保ちつつ、平均レベルの守備成績を残す」といったことが起これば当然WARは伸びますが、守備負担による打撃成績の下降・実際に守備をプレーすることによるマイナスの可能性を考慮すると、守備位置の変更によるWARの上昇が見込めるとは言い切れません。

Q.ロースター枠をひとつ空ける貢献については考慮されないのか?


A.考慮されていないが、枠の価値はWAR上では誤差程度である。

https://www.baseballprospectus.com/news/article/68403/baseball-therapy-the-war-over-ohtanis-value/

セイバーメトリシャンのRussell A. Carleton氏は「Baseball Prospectus」に投稿した上記の記事内で「大谷の能力でのみ生み出すことの出来るロースター枠の価値をWARは正確に捉えられていない」と認めつつも、「余分に」生まれたロースター枠に入ってくる選手はあくまでも「控え選手」の最低レベル=0WAR程度でしかない、としています。レギュラー級の選手はその枠がなくとも元々ロースター入りしているはずであり、「守備のスペシャリスト」「若手のホープ」といった選手も結局はその「余分に生まれた枠」がないと本来マイナーに留まっていたレベルの選手である為、という考えです。

「選手のレベルはともかく、敗戦処理や若手の出場機会としての価値もあるだろう」といった指摘が出てくると思います。ただ、野球の目的は「相手より多くの得点を生み出し勝利すること」であり、敗戦処理やそれによって生まれる他の選手の休養といったものは上記の目的を達成する為のほんの一部の手段に過ぎません。また、仮に余分に生まれたロースター枠の影響が各選手に少しづつ好影響を及ぼしたところで、それらは「枠を生み出した大谷翔平」にではなく「結果を残した各選手」を評価するべき、という考えにもなります。ロースター枠を生み出すことでチーム編成に影響を及ぼす「二刀流」の価値を測るものではなく、WARはあくまで創出得点のみを適切に評価します。

Q.敬遠はWARに含まれないのだろうか?(※8/18追記)


A.含まれている。

ここ数か月で多く見かけるようになった指摘です。前提として、WARはチーム状況や他の選手の能力といった環境依存の要素を極力排除し、中立的に選手を評価しようとします。

細かい解説は別の記事に載せるとして、打撃の創出得点=wRAAという指標を算出する際、まずwOBAといった打撃指標から一打席毎の平均創出得点を算出し、それに打席数を掛けることでトータルの創出得点をはじき出します。ここでは簡単な説明としますが、wOBA(加重出塁率とも言われる)という指標は単打、本塁打、四球といった各イベントの「平均の創出得点」を数値化したもので、前述した「中立的に評価すること」を目的としたWARでは重要な指標です。逆に言うと「敬遠」や「犠打」といった、チーム戦略や得点状況に依存するイベントは含まれていません。

じゃあどこに含まれているのか?という話で、勘の良い方は気付いたかもしれませんが「一打席」としてwRAAにカウントされます。考え方としては若干強引な感も否めませんが「敬遠の打席は両チームの戦略や状況に大きく左右されるものだから内容を無視し、普段と同程度の期待値で一打席分を追加する」というものです。要するに敬遠で生まれるwRAA上の価値は、それまでその打者が残してきた結果に依存する=打者によって敬遠の価値は異なる、と言えます。

個人的な話をするとこの計算方法には違和感があり、「0-0からの敬遠も3-0(カウント的には通常の四球に近いもの)からの敬遠も同等の価値としてしまう点」「ルール上通常の四球と同じ敬遠も、創出得点上は異なる価値を持ってしまう点(四球は四球で決められた創出得点がある為)」「実際に発生していない創出得点を期待値としてカウントする点」あたりを指摘したくなるのですが、WARの目的としてはこの考え方が妥協点な気もします。

Q.WARは二刀流の想定が出来ていないのでは?(※8/25追記)


A.想定外の選手ではあるが、WARへの影響はない。

フォロワーである火星の青い空様からのご質問です。

私としてはここまでの内容が全て上の質問の答えになっていると考えていますが、WARを含めセイバーメトリクスの考えに馴染みのない方からするとこういった根本的なとこから疑問が湧いてくる事もあるので私の考えを述べます(補足すると火星の青い空様はセイバーメトリクスに精通されている方でもあり、私も度々勉強させてもらっています)。

…と思ったんですが、質問者である火星の青い空様がご自身のツリーで回答されており、私の考えと全く同様の為そちらを答えとされて頂きます。野球以外の例も引き合いに出しながら分かりやすく説明されていますのでそちらをご参照頂ければと思います。

私から少しだけ補足すると「指標を考案した人」は二刀流の存在を想定出来ていなかった可能性がありますが「指標」自体が想定出来ていないという事は決してなく(指標に意思はないので話が複雑になりますが、ニュアンスで汲み取ってください)、「打率」や「本塁打」「防御率」は二刀流の成績をそのまま反映出来るのになぜ「WAR」になると「想定の範囲外」になってしまうのか?という話になります。WARはあくまで創出得失点のみで選手の貢献を算出しています。


■おわりに


以上、「大谷翔平のWAR」を語る上で指摘されがちな点をいくつか挙げてみました。「それでも過小評価されている」と感じる方は「自分は他の選手を適切に評価出来ているか?」と問いてみると良いかもしれません。「Two Way Player」の比較対象は現状確かに存在しませんが、少なくとも「創出得点」の面においては、少しづつ紐解いていくことでその価値が見えてくるはずです。


次回こそ基礎知識の説明に入ります。人に説明する為に色々細かいところを詰めてる内に時間が経ってしまいました。

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