”心躍る”気持ち

何かに心が躍るという感情は、とても儚くて強いものだなと思った。
みなさんは、最近、何に心が躍りましたか?

私はここ1カ月を振り返ると
11月15日に行ったBUMPのライブに行ったとき
先週の金曜日、年度末にお迎えする猫が決まったとき
獣の奏者を読みなおしたとき
に心が躍ったな、と思う。

BUMPのライブでは小学生の頃の気持ちを思い出して胸があつくなったし、他にもいろんな思いがあふれてきた。

あふれてきた他の思いたちも、記憶が薄れてしまう前に書き残しておきたいな。
(思い出した小学生の頃の気持ちは↓のnoteに書きなぐりました)

年度末の引っ越しに伴い念願だった猫を飼うことになり、先週金曜日にご縁があり、お迎えする猫ちゃんが決まった。
猫と暮らすのは実家で飼っていた時以来なので、やがて十年になる。わくわくしてたまらない。

上橋菜穂子さんの獣の奏者を読みなおしたときは、主人公エリンの心の動きとともに、心が揺さぶられた。

こんなとき、「あぁ、そうだった。心が躍るときって、こんな素敵な気持ちになるんだった」と自分はまだこんな気持ちを感じることができるんだとほっとする。

でもこの気持ちは儚くて、日々をこなしていたらすっといなくなる。

朝早めに起きられれば弁当を作って仕事に行き、仕事をこなし、帰宅途中に食材の買い出しをして帰宅。

夕飯を作り食べて洗濯をしてお風呂に入って寝る。

生きるためにやらなきゃいけないことをこなすだけで一日のほとんどを使い、だんだんと感情の起伏がなくなって、自分が何に心躍るのか思い出せなくなる。

好きなもの、心躍ることがあったはずなのに、あれ、ときづいたらわからなくなってる。

BUMPの曲をきいても心が動かず、なにかをしたいという気持ちがわかなくなっちゃう。

そして私は0、またはマイナスの雰囲気しか醸し出せない人になり果ててしまう。
そんな時期は一緒にいる夫には迷惑をかけちゃってるだろうなぁ…

だから、ここ1カ月は、上の述べたような機会があってとっても幸せだったなと思った。
前向きな自分が帰ってきてくれたような気がしてうれしかった。
すぐ、私は特に何も感じない私になってしまうから。

心躍る気持ちになれたとき、「だれかと話したい」「絵を描きたい」「文章を書きたい」って、意欲的な自分が生まれてくる。

すごいなぁ、こんなに強いエネルギーなんだなと実感した。

つぎにまた、何も感じない私になってしまったら、好きなものに無理やりにでも触れてみよう。

きっと、何か、感じれるようになれるんじゃないかと、心躍る気持ちを思い出している今は、思えるよ。

それも無理だってなったら、それでもいいさ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?