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配信事故

 将棋名人戦の中継から日が経ち、藤井聡太だけでなくその他順位戦の中継も始まった。
今話題の藤井聡太四段の中継は当然視聴数も跳ね上がるが、彼以外の中継も全チャンネルを見渡しても
かなり稼いでいる数字だ。将棋にこれほどニーズがあったとは・・・
そして次に僕らが中継する将棋が、加藤一二三九段の対局だ。負けたら引退と言われており、メディアの注目も高い。
前日にデータを仕込み、さぁ、翌日からの中継に備えた。自分としては名人戦の経験からある程度インターネット中継のやり方を覚えてきたつもりだった。しかし、そこに大きな落とし穴が潜んでいたのだ。
 朝、対局開始までは東京将棋会館で中継が滞りなく始まるのを見守ってから、スタジオに移動するのがその時の僕の
ルーティンだった。その日も対局開始が無事行われ、さぁ、スタジオに戻ろうと将棋会館から歩いてスタジオに向かうその時、
チャンネルの技術責任者補佐をされている方が、血相を変えて
「齋藤さん!一体何をしてくれたんですか!?」と言ってきた。
寝耳に水、狐につままれた、とはこのこと。急いでスタジオに戻ると、ディレクターの井戸さんが、
「齋藤さん、スイッチャーが壊れた。故障だよ。」と言う。
対局が開始され、対局室を映しているなか、会場の場所テロップを表示しようとしたら、何をどう間違えたか
「加藤一二三敗退」と言うテロップが表示されたのだ。これは重大な事故だ。
原因はこうだ。僕らはテロップなどグラフィック情報を事前に制作して、USBメモリなどに入れて、
東京のスイッチングスタジオの機材にコピーしてその内部HDDに移したテロップを表示させなければならないのだが、
現場のスタッフが、そのコピーを忘れた状態でUSBを抜いてしまった。オリジナルがないまま、
キャッシュに残ったデータらしきファイルをコンピュータが探して表示させてしまうので、めちゃめちゃな配置順で
表示されてしまったのだ。
 慢心だ。油断以外何者でもない。これは現場スタッフを責めるべきではなく、自分が制作責任者として、
チーム全体にチェックする項目などを用意しておくべきだったのだ。でも僕は、現場に流れで業務を覚えてもらって、
彼らに任せっきりにしてしまったのだ。
これは、権限委譲ではなく、自分の役割放棄に等しい。
 今になって思えば自分に責任があるのに、当時は、そのディレクターを恨んでしまった。
長いこと専門的にやってきたのに、結構な金額で依頼しているのに、なんでこんな初歩的なミスをしてしまうんだ!
と、自分を棚に上げて他者に責任を求めてしまったのだ。
 その考えが、より早く収益を社内に貯めたいと言う思いと重なって、状況を悪い方へ進めてしまう

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