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看取り、さよならが言いたくて

 4月29日、3回目の緊急事態宣言が発令した。ゴールデンウィークは外出しずらい空気になってしまった。まぁ、俺は金もないし余裕がないから特に何もないけどね。午前中に本業で作業した案件の請求書、税金関係の支払いを済ませ、午後、夜勤に向かう。8月からほとんど夜勤専従の形だけど、体には堪える。
夕方4時頃施設に到着。フロアにEさんの姿はない。早番、日勤帯のスタッフが慌ただしく、Eさんの居室に出入りしている。
Eさんの家族が来ているようだ。ベッド上に横たわるEさん。ドア越しに夜勤準備をしながら覗き込む。しばらくすると、Eさんの家族は帰っていった。申し送りを日勤帯スタッフから受ける。
 Eさんは臥床で過ごしていただくことになった。薬も服薬しない。(水すら吐き出すので)
1時間毎の巡視と体交。19時、0時にバイタル測定。0時、3時、5時にパッド交換。そのほか、気になるようなら巡視を細かめに行うこと。それを引き継いで夜勤に入った。Eさんがフロアにいなくても夕食時、誰もEさんを気にする人はいない。これが認知症か・・・他の入居者さんの就寝介助を行い、Eさんの就寝作業に入る。ごく簡単な口腔ケアを施す。唇を湿らす、くらいか・・・息遣いが荒い、すーっと息を吸って、吐く。1分間に34回程度だったか・・・数日前は「誰かー、来てー!」なんて大声で呼んだり、「じゃんけんしようーかー」なんてコミュニケーションが取れていたけど、今は、ただ、息を吸って吐くだけ。
 20時頃、遅番スタッフが帰り、一人勤務となる。フロア掃除、洗濯、洗面所掃除、ゴミ掃除、気がつくと21時を回る。
Eさんの居室を確認。息をしていることを確認する。息遣い、間隔は変わらないように感じる。
フロアに戻り、記録を書く。コンビニで買ってきた夕食を食べる。4月も終わりか、オリンピックどうなるのかな、ワクチンも回ってこないから、ずっとこんなことを繰り返すのかな?などと一人考える。
 22時、全員の居室を巡視、パッド交換、Eさんの居室も巡視。呼吸は確認。息遣いの変化も感じられず。流石にすぐに事態急変はないよな、と思い、居室を出る。フロアでお茶を飲んで一息つく。
 22時半、ふと気になってEさんの居室を訪れる。何の気無しだ。特に意味はない、回る何かを感じたわけではないけど、気になって入ってみる。すると・・・
「ん?なんか、息止まってる?」
顔を近づける。呼吸音聴こえない、体も動いてなさそうだ。ティッシュを鼻付近に持ってくる。ティッシュは動かない。
「まさか!」慌ててバイタル測定を行う。
 血圧エラー表示。サチュレーション、無反応。体温は37.1度。顔と手足は冷たい。胸、胴体は暖かい。
この30分の間に状況が変化したのだ。
 この場合、おそらく施設によって違いはあるだろうが、流れがある。自分のためにも表記しておく。
1 施設長(ホーム長に電話)指示を仰ぐ。
2 提携しているクリニックに電話。状況を説明。呼吸停止状態、バイタル結果、サチュレーション結果を伝える。医師の派遣を要請
3 Eさんの家族へ電話。
4 居室を目一杯冷却する。入れ歯をはめる。(死後硬直が始まる前に行うこと)
5 オムツ交換、パジャマから洋服への更衣。
6 ベッドの位置戻し、家族がくる前に居室整頓。
7 家族へ葬儀屋への手配を要請。退去手続きもタイミングを見て相談。
 
 これくらいだろうか。ほどなくして医師とアシスタントが到着。死亡を確認。
家族も到着、面会していただく。念の為居室担当とフロア長にも電話した。
どれくらいの時間が経っただろうか。バタバタしていたが、死亡診断書を書いてもらい家族へ提出。家族が事前に考えていた葬儀屋へ連絡してもらう。家族はその他親族へ電話をしている。
 0時過ぎ、葬儀屋到着。スーツを着た若い男性が訪れた。大したもんだ。こんな夜中なのに、など妙に感心してしまった。
ストレッチャーへEさんを乗せるため、私とその葬儀屋の男性だけがEさんの居室へ。魂が抜けた抜け殻のようなEさん。言葉が見つからないが、なんというか・・・蝋人形のようだ。もう声をかけても返って来ない。二人掛かりでストレッチャーへ移譲する。白く薄い布でEさんを左右から包み込む。顔もそれで隠れる。さらに、紫色の布を上にかけてあげる。ストレッチャーが葬儀屋の車に乗り込む瞬間、奥の扉がガチャガチャといって開く。居室担当の女性が大泣きしながら走ってくる。
「Eさん!うわぁー!!」声にならない声で泣きじゃくる。冷静さを取り戻し、車に遺体を乗せる。
「それでは、私どもが責任を持ってE様をお預かりします。明日10時にお越しください。」
その他2、3説明をして去っていった。Eさんの家族も車で去っていった。フロア長、居室担当はしばらく残務処理をして返っていった。
 残された施設にはまた僕が一人。Eさんの居室のドアを閉め、鍵をかける。
生前のEさんとの会話が思い出される。
「あんたねー、自殺なんてしちゃいけないよ!」
「人はねー、いつか必ず死ぬんだ。だからねー、死んでなければまだ生きてるんだよー!」
「あんた、まだ若いんだからこれからだよー、前を向いて頑張れ頑張れ!」
「じゃんけんしようーかー!」
「人間真面目でなきゃダメだよー、でもねー、真面目じゃダメなんだよー。遊びがないとみんな離れていっちゃうよー。
真面目なのは心の真ん中にしまっておいておくことだよー」
「成功するには欲を捨てな。欲を持っちゃいけないよ。でもね、自分が成し遂げたい本当の欲は捨てちゃいけないよー。その欲を捨てちゃうと自分の人生がちゃらんぽらんになっちゃうからねー」
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
「この意味はね、一生懸命やって周りのために頑張ると、他のみんながあんたを自然と持ち上げてくれるんだよー」
「自分自分で進むと失敗するよー、周りを助けてやると自然と他人があんたを持ち上げてくれるよー、忘れないでよー」
「何が何だかわからなーい」
「私はねー、本きちがいだったんだよー。だからねー、なんでも知ってるんだよー」
「なんで3時のおやつっていうか知ってるかーい?昔はね、八つ時って言葉があったんだよーそれがねー、3時だったんだよー」
「あんたは、賢くて素直だから教えてやるよー、よく聞きなー」
 
 もうEさんは返って来ない。自分の身を嘆き、会社の失敗、借金、他人を恨み、過去を悔やみ、見えない未来に恐怖するだけの毎日。Eさんとの出会いで少し、自分が変わった気がする。
 
 ありがとう、Eさん。

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