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大好きなセフレと私は親友になった

『俺さ、来月から転勤になった。』

事後のシャワーを浴びて服を整え、隣に座り
缶チューハイを飲み始めた私に君が呟く。

遅かれ早かれ、こんな日が来ることは分かっていた。
でもまさか、こんなに早いなんて。

「栄転でしょ?良かったじゃん。おめでとう」

自然とこんな言葉が初めに出てくる自分に驚く。
思ったより悲しくない。
たぶん誰よりも寂しいのは君の方だ。

「寂しくなるね、せっかくこっちで友達もできたのに」

自分のことなんて滅多に話さない君が
ポツリポツリと話し始める。
仕事で認められたこと。
この土地に転勤してきて4年、
やっと最近プライベートも楽しくなってきたこと。
できるだけ引っ越しを先延ばしにしたいと考えていること。

相当アルコールが回っているのか
心を開いてくれているのか
寂しくて堪らないのか
判別がつかなかったから
ぎゅっと抱き締めた。

「きっと向こうでもすぐ友達できるよ」
「今よりもっと楽しくなるよ」

連れて行って欲しいなんて到底言えないし
付き合ってもいない私たちが
250㎞の距離を越えて繋がり続けられる訳がない。

こんなに好きなのに、
こんなにあっけなく
終わりは来るのか。


いつも夜更かしな君が
今日はやけに早く寝ようとする。

朝からずっと一人で飲んでいたらしい。
もっと早く会いに来て、
そばにいてあげれば良かった。

布団に入ってからも、
いつもより饒舌な君の話は止まらない。

ゆっくり二人で話をするのは
1カ月半ぶりのことだった。
私たちには、お互いにしか
言えない話がある。

君が最近抱いてきた女の話を
きゃっきゃ言いながら私は楽しむ。


二人で一緒に寝るのは、
これが最後かもしれない。
だから急に今日は呼んでくれたんだろうか。
最後に、話しておきたいことが
たくさんある。

彼の気持ちを確認しておきたかった。

「ねえ、正直私のこと可愛いと思ったことないでしょ」

ずっと引っ掛かっていたことだった。
セフレにするなら少しでも容姿が好みな女を
抱きたいだろうに、
私は彼に「可愛い」と言われたことが
一度もなかった。

では何故私を抱くのか。

嘘をつけない正直な君は答える。
セックスしてる時 “は” 可愛いと。

『だってさ、可愛いと思われたいと
 思ってないでしょ?』

急に突かれた核心に私は怯む。

私は口が悪いし、何かと下品だ。
それも、彼の前では余計にひどい。
本当はそれを隠すこともできたのに、
そうしていたのはわざとだった。

私は、彼の特別になりたかった。
正攻法で挑んでも、自分より可愛い子が
彼の周りにはたくさん居ることを知っていた。
大切な人を相手に勝ち目のない戦いを
申し込む勇気はとてもなかった。

どうやったら、彼の心を開けるか。
私にとっての勝負はそこにあった。

それに、偽った自分を
受け入れてもらえたところで
何も嬉しくないであろうことは分かっていた。

私は可愛い女の子よりも
一緒に居て楽な女になりたかった。

ありのままの私を、
人として好きになって欲しかった。


『でもさ、ナナのこと、好きだよ』

「知ってる」

ずっと欲しかった言葉をもらっても
まるで喜んでいないように
平静を装う。

つくづく可愛げのない女。

『本当に大切にしたい貴重な存在なんだよ』

『ナナには、何も隠し事ないもん』

『親友にも言えないこと、ナナには何でも話せる』

「じゃあもう、親友じゃん」

『うん。親友だよ』

涙が出てしまうのを堪えるのに必死だった。
遠くに行ってしまうと分かった時には
出てこなかった涙なのに。

さっきまで裸で抱き合っていたのに。
今だって私の腕の中に
抱かれているくせに。

傍から見ればどう考えても
ただのセフレ以外の何者でもないくせに
私たちは一体何に酔っているんだろう。

親友なんて笑われるかもしれないけれど、
私には十分すぎる言葉だった。

あまりにも幸せ過ぎた。

私は、勝負に勝てたのかもしれない。


そして話題はあの日の話になる。

3年付き合った彼氏と別れた翌日に
酔っぱらって「今から会いたい」と
泣きながら電話したあの日。

『あの時、酷いこと言った。ごめん』

割り切れないなら会わない方が良いと思う、
と君は言った。

私は君への気持ちが抑えきれなくて
冷静な判断力を完全に失っていた。

私からの好意が迷惑なんだと思っていた。
恋愛感情を持たれた相手とは
もう会いたくないという意味だと思っていた。

でも、違った。

『ナナの気持ち知ってたから、
 あの時の精神状況で会ったら
 確実に沼らせてしまうと思った』

『それだけは絶対に嫌だと思った』

『大事な人だから、
 対等な関係を崩したくなかった』


私は耳を疑った。
あの日、君は体調を崩して寝込んでいたはずなのに。
そんな中でも、冷静に私のことを考えてくれていた。

気を付けて帰るんだよ、
あの日、電話を切る直前に
繰り返し言ってくれたことを思い出す。


ああ本当に、
君はどこまで人を思い遣れる人なんだ。
これ以上好きになってどうするんだ。

もう会えないのに。


『向こうでいい女抱いたらさ、
 真っ先にナナに報告するよ』

嘘だね。
新しい土地での生活が充実したら、
昔の女のことなんてきっと秒で忘れる。
でも、少しだけ期待しても良いのかな。
これからも繋がっていられるのかな。

『向こう来ることあったら、宿にして良いから
 こっち帰って来るときには、宿貸して』

結局、親友なんて言っても
やることは肌を重ねるだけ。
他の女と変わらない。
でも、その合間に酒飲みながら
いろんな話する時間が
私たちにとっては特別な時間だって
思っていいのかな。


「私のこと、忘れないでね」

『忘れるわけないじゃん』


食い気味にそう答える
君の言葉には
少し熱がこもっていた。

それだけで私を信じさせるには十分だった。


ありがとう。
本当にありがとう。
出会えてよかった。

私が君に、どれほど助けられてきたことか。


有難いことに私のフットワークは軽い。
このご時世ですぐに会いには行けないけれど
たくさん働いてお金を稼いで
世間が落ち着いたら真っ先に会いに行く。
何度も何度も会いに行こう。

もう私の気持ちに迷いはない。
君の言葉も疑わない。
昨日よりもずっと近くに君を感じる。

寂しいなんて思わない。
すぐに会えないからって
きっとこの関係は切れない。

だって親友だもん。
友達想いの君が、軽い気持ちで
親友なんて言葉使うはずがない。

私たちの関係が
終わりを迎える日が
一生訪れませんように。


これはきっと恋も愛も超えた話。

ただ一度、身体を求め合うためだけに会った人は
気付いたらセフレになっていた。

そして4か月を経て、私たちは親友になった。

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