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超個人的「休む」の秘訣

ちょっと前まで「休む」ということがわかっていなかった。

先日、「休むというのはこういうことか。」と感じることがあったので、28年目の暫定解として記しておきたい。

思うに「休む」とは、日々の生活の中でほぼ無意識に演じている様々な「モード」を全てOFFにして過ごすことだ。

人は普段、場面に応じて(その場や状況が支配しているルールに従って)さまざまなモードを使い分けて暮らしている。
モードはほぼ自動操縦で運転されており、自分自身でほとんど自覚がないまま切り替えられる。
これらのモードを運転するには燃料が必要で、ずっとモードに入れたままだと、じんわり消耗して疲れていく。

先に結論を言ってしまえば、これらのモードを全部OFFにすれば、すごく休める!というのがこの文章で言いたいことだ。

もう少し具体的に書いてみる。
普段自分はどんなモードを使い分けているだろうか。

例えば「仕事モード」。
これが一番わかりやすいだろう。仕事には、さまざまなルールがあり、目指すべき方向があり、それらが皆の中でなんとなく共通のイメージとして共有されている。こうすると事が円滑に進む、という型のようなものだ。例えばそれは、「会社員としての〜」とか「ビジネスマンとしての〜」といった枕詞と一緒に語られるようなものだ。
これらの型どおり振る舞うよう設定されているのが「仕事モード」である。多くの人は普段、この「仕事モード」をONにして仕事をしている。「仕事のモード」でいた方が、事が円滑に運ぶと学習しているので、素の自分のままで仕事をする人はあまり多くない。

それから、「人付き合いモード」。
人と接するときにも、「モード」をONにすると便利だ。人間関係においても、このように振る舞うと盛り上がれる、信頼される、事が円滑に運ぶ、という型のようなものがある。こう書くとサイコパスっぽさがあるが、まあよく言えば「空気が読める」とか「気遣いができる」とかたぶんそういうことで、みんな大小あれどやっていることだと思う。
ちなみに本当に親しい人や信頼できる人には、このモードをONにする必要がないが、それはまた別の話。

他にも「家族と過ごすモード」とか「一人で飲食店・買い物するモード」とか「大人数の交流会に行くモード」とか色々あって、常に何かしらの「モード」がONになっている。


さて。先日のとある休日のこと。
この日の夕方、カフェでうっとりと解放感に浸って、思わず顔がにんまりとほころんでしまうほどに 休めた感じ がしたのは、これらの「モード」が全部OFFになったからだったのだと思う。

その日は「今日は1日休むぞ」と決めて過ごして、誰とも会わず、できるだけ人混みを避け、鴨川でビールを飲み、芝生で寝て、大きなお寺に寄ってから、行ってみたかったカフェに入って久しぶりに村上春樹などを読んだ。

というわけで、この時良かったポイントを、個人的「休む秘訣」として三点挙げてみたい。

①「今日は休むぞ」と決めておくこと
これが結構大事。意思を持って「休むぞ」と思わないと、つい「やるべきこと」が頭に浮かんできて色々やってしまう。仕事でモニタリングしているデータを見てみたり、積読してあったインプット系の本を読んでみたり。
「やるべきこと」が頭から離れないと、やっぱり休まらない。もし「休みたい」と思っているのだとしたら、意思をもって「休む」ことが大事。

②できるだけ人間を遠ざける
人が持つ情報量はものすごい。それは全くの他人であっても。目や耳から大量の情報が流れ込んでくる。それらを処理するだけでも非常に疲れる。
だから、できるだけ人が目に入らず、また人の目を気にしなくていい環境に自分をおくことが大事。じゃあ家にこもっているのがベストかというと、自分の場合はそうもならない。家には「モード」をONにするきっかけがたくさんあるので、休まらない。(在宅ワークなのが大きいかもしれない。)

③何もしてないけど、スマホを見ない時間を5分でも作る
これが意外と、難しい。何もしてない時間ってあるだろうか。僕はほとんどない。しいていえば、布団に入ってから寝るまでの数分だろうか。何もしなくていい瞬間が訪れたとしても、だいたいすぐにスマホに手を伸ばしてしまっている。
スマホは危険だ。仕事や友人、その他あらゆる情報に一瞬でアクセスできてしまうから。こいつが刺激の元となって、いろんなモードにスイッチが入ってしまう。そして疲れる。何もしてないけど、スマホを手放せる時間を作るのが大事。
僕の場合、それが意外とお寺だったりする。どんなお寺でもいい。お寺の広いお堂に一人で座ると、何もすることがない。そうすると、意識がだんだんと自分の心に向いてくる。
意識が自分の心に向くと、「モード」に自動操縦されていた自分と、モードをOFFにした本来の自分とのギャップに気づいてくる。
「モード」が優先されて、本来の自分が押し込められていた場面や、ありたい自分じゃなくなっていた場面が思い出されてくる。
こういうことを確認できること自体が、癒しになる。気づけて良かったと思えるから。そこからまた、正しい立ち位置に戻ってやり直せるから。


これら三点を実践することで、「モード」をOFFにしやすくなり、「休む」ができるようになるのではないかと思う。

休むのにも一苦労。生きるの大変。

これを読んだ誰かの休日が、今よりちょっとでも良い休日になるきっかけになっていたら嬉しい。


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