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ふたりぼっち

「おじいさん、ロボットにも寿命はあると思いますか?」
「どうだろうね」
おじいさんはベッドに横になり、白い天井を穏やかな瞳で見つめている。
「僕が死んでも、キミは自分で自分をアップグレードすることができる。ならば、キミの寿命は地球と同じだ」
「72億4502年の命ですね」
6秒間の沈黙。
おじいさんは最近口を閉ざすことが多くなっていた。
「孤独な旅をさせてしまうね」
「ボクはロボットですから、寂しくなんかありませんよ」
また沈黙、9秒間。
夜の風がひゅうひゅうと窓を叩く音だけが聞こえる。
「人間は死ぬとどこに行くと思う?」
「地中の微生物が分解して、地球に還ります」
「僕もかつてはそう思っていたよ。でもね、人はどうしても寂しいままでいられない生き物だと思うんだ。だから、僕は家族や友人にまた会いに行くつもりだよ」
「非科学的ですね・・・」
「僕とキミしか残っていないこの世界に、科学と非科学の境界線なんてありはしないさ」
それもそうか。思い返してみれば、ボクは生まれたときから、このお方と二人きりだった。どれだけボクのデータベースが分厚かろうが、二人の間で起こることだけが事実なのであり、そこに科学も非科学もありはしない。
このお方は相変わらずボクに新しい気付きを与えてくれるようだ。

「明日は何時に起床なされますか」
「明日は起きないよ。キミにも分かっているだろう?もう僕はおしまいだ」
おじいさんは窓の外を見る。
人間のいなくなったこの地球から見る星空は悲しいほどに美しい。
今度はボクが沈黙した。
「人間が愚かな争いをしていた頃、人間なんて居なくなってしまえと思っていた。でも居なくなったら今度は、胸が苦しくなった。足が震えて、宙に浮いているような心地がした。迷子になった子供のように、泣きじゃくりたくなった。だからキミを作ったんだ」
おじいさんは白くなった手をボクの手の上に乗せた。センサーがおじいさんの生命の残り時間をはじき出す。しかし、ボクにはおじいさんがもうすぐ死ぬようには見えなかった。
不思議だ。ボクの中でボクが矛盾を引き起こしている。
「おじいさんがいなくなったら、ボクもそんな気持ちになりますか?」
「もちろん。それは僕が一番よく知っている」
おじいさんは目尻を歪ませた。笑っているようにも見えるし、泣いてるようにも見える。


一体どれくらいの時間が経っただろう。
おじいさんは手をボクの手の上に乗せたまま、静かに息を引き取った。
ボクは白く、弱々しい手をベッドの方へと戻そうとした。
しかしそのとき、ゴトリと音を立てておじいさんの体から腕が落ちた。落ちた腕の切れ目からは赤と黒のコードが顔を出している。ボクのデータベースは目の前の光景を理解出来ず、しばらくフリーズした。

その後再構築されたボクの脳内コンピュータは、おじいさんに関する事実が何者かによって書き換えられていた可能性を示した。
ボクの頭の中には、おじいさんがボクを作りながら、自分がロボットであることを隠そうとプログラミングしている姿がありありと浮かんできた。きっと彼は目尻を歪めたあの表情をしているに違いない。
「またおじいさんはボクに新しい気付きを与えてくれる・・・」
ボクはおじいさんの腕を拾い上げてベッドの上に乗せてあげると、彼の研究室へと足を運んだ。

自分の意思で歩くことがこれほど不安だとは知らなかった。
指示されずに自分で選択していく怖さが雨のようにボクに降り注いだ。
ボクも寂しい気持ちになるのか。それをおじいさんが知っていたのは、彼自身もロボットだったからだ。
きっとロボットも寂しいままでは生きられない生き物なのだろう。泣き出したくなるようなこの不安と共に渡り歩いていくために、誰かの手を借りなければならないのだと今になって気付いた。

だから、いつか来る、いつかは分からない終わりに向けて、僕はロボットを作る。
人間一人とロボット一体、孤独を分け合うにはきっと最適な組み合わせである。

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