見出し画像

【短編小説】『夢で見た告白』【読み切り】



そろそろ結婚しなさいよと親に小言を言われるようになった頃、自分の元に高校の同窓会の誘いが来て、10年ぶりにクラスメイトと再会することになった。

30人もいないクラスだったから、幾人か減るとして20人くらいになるだろうか。新鮮な気持ちで会いたいからアルバムは見ないでおこうか。でも名前を忘れてしまっていたら大変だ。

なんてどうでもいいことを考えながら、内心楽しみにしている自分がいた。

その日が近づけば近づくほど、妙な緊張感と高揚感で頭の中が一杯になっていて、それほど高校時代というのは自分の中で重要なものだったのだと気付かされた。
   
そしてついに同窓会が明日に迫った日の夜、自分は高校生のときの夢を見た。

夢の中で自分は夜の公園にいた。嫌な思い出のある公園だ。その公園には今までの人生で二度だけ訪れたことがある。

 一度目は8月17日、二度目は8月18日。日にちまで覚えているのはそれが高校時代最悪の日とその前日だったからだ。高校時代最悪の日とは自分が初恋の人にフラれた日のことで、その前日には同じ場所で親友と告白の練習をしていたのでこの公園には合計二度訪れたことになるというわけだ。

そしてその夢の中には親友が出てきたので前日に告白の練習をした夜だと分かった。何故か夢の中では実際の思い出とほとんど同じことが起こり、あの時と同じように告白の練習をした。

しかし、全く身にならない親友のアドバイスの中に一つだけ鈍い感覚の残る言葉があって自分は狼狽えた。
 「もしお前がフラれたとしてもあいつはきっと10年後に後悔するだろうなー」と彼は言ったのだ。これは今の自分の、そうであってほしいという潜在意識が表出させた夢なのか、本当に彼が10年前に言っていたことなのか今となってはよく分からない。10年ぶりに同級生と再会する日の前夜の夢の中に出てきて、こんな言葉を吐くなんてつくづく間の悪い奴である。とにかくその親友の言葉一つで自分は心の奥深くからグチャグチャな思春期の感情を三十代手前にも関わらず引っ張り出すはめになってしまった。

そして次の日になってもその後味の悪さは消えることなく、天気も嫌な曇り空であんなに楽しみにしてたのにと独りぼやきながら家を出た。 駅前の広場が集合場所だと聞いていたのでそこに行ってみたのだが、遠目から見た感じでは人が集まっている気配が全く無かった。

集合時間になっているので不思議に思い、場所を勘違いしたのかと誘いのハガキをもう一度よく見てみる。
「あ!!」
駅前の人通りの多い場所で大きな声を出してしまったせいで何人かの視線を感じた。自分は携帯の日付を急いで確認した。今日は2月6日、案内状には2月7日と書いてある。どうりでそれらしき集団がいなかったわけだ。 
明日また出直すか、と駅に向かおうとしたとき、よく知る顔を見つけ思わず顔を逸らした。

高校生の頃の自分だったら物陰に隠れてしまうところだっただろう。

広場にあるベンチに腰掛け、携帯を操作しているその人は自分の初恋の人だった。自分はフラれた側だけが一方的に感じる恥ずかしさと劣等感のせいで、彼女を見なかったふりをしてその場から逃げ出したくなってしまった。しかし彼女もここにいるということは、きっと俺と同じように同窓会の日にちを間違えたということなのだろう。そうだとしたらやはり彼女にも日にちを間違えていることを伝えるのが運悪く彼女を見つけてしまった自分の義務のはずだ。
「ねえ、佐倉だよね?」
10年経っても変わらず自分の心を惹き込むその瞳は疑いなく彼女そのものだったが、話しかけるきっかけとして臭い芝居をした。
「え?あ!よっちゃんじゃん!」
そうだ、この感覚だ。彼女は俺が想いを伝えた後もそれがまるで無かったことのように、友だちとして、少年のような無邪気さで。その優しさがどうしようもなくナイフのように自分の心をえぐっていく感覚。
「ほら、これ見てみ?同窓会今日じゃなかったよ。」
そう言って、案内状の日付の部分を指さす。
「本当だ!だから人が全然来なかったのね。よっちゃんも間違えて来たの?」
苦笑いしながら頷く。多分凄く不格好な笑顔になっていたに違いない。

彼女と向かい合うと顔の筋肉が言う事を聞かなくなって、その時だけは世界一ブサイクな表情をしてしまうのだった。彼女には自分はどう見えているのだろうか。

好きでもないのに告白してきた可哀想な男として見えているのか。都合の悪い思い出として見えているのか。飲み会の話の種にでも使われているのだろうか。

それでも、今日だけは、今だけは、そんなことは一切無視して、あることを確かめたかった。「今までもこれからもあなた以上に好きになる人はいない。」それは、自分が告白するときに言った言葉。その言葉は真実なのか、あのときだけの感情なのか、今の自分に問いたいと思った。だから、
「代わりにどっか飲みに行く?」と大した考えもなく彼女を誘っていた。多分、夢の中で聞いた親友の言葉の影響もあったのかもしれない。
「ここらへんは私よく知らないから店探してね。」
彼女は立ち上がるとスカートをぱたぱたとはたきながら言った。
「いや、俺も全然詳しくないよ。」

 自分は携帯で地図を調べながら、またブサイクな表情になるのを見られないように背中を向けて歩き出した。ねえ、私より好きな人は現れた?と後ろから聞こえた気がしたが聞こえなかった振りをした。


photo:himikoさん(photoAC)


短編を投稿しています! フォロー・サポート是非よろしくお願いします!