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タトゥー男のアピール戦略

 狙い通りに自分をアピールするのは難しい。

 アピールの度合いが強すぎると空回ってしまい、周囲にはなんだか痛々しく映ってしまいがちだ。逆にそのことを意識しすぎると、まともにアピールできずに終わってしまうこともある。また、本来のアピールと別方向に捉えられてしまい、思わぬ誤解を受けても厄介だ。つまり、効果的なアピールをするためには、まず自身のアピール状況を認識し、コントロールすることが重要なのだ。

 もともと僕は強気にアピールできるタイプではない。どちらかと言うと、アピールに見えてしまうような行動にすら気恥ずかしさを感じてしまう方だ。最近になってようやく、カフェなどでMacBookを広げられるようになったが、スタバで取り出すのにはいまだに一定の抵抗感がある。心のどこかで、意識高いアピールをしていると思われてしまうことを恐れているのだ。

 そんなアピールに対する無駄な自意識を抱えた僕は、自分だけでなく、他人のアピールにも敏感に反応してしまうことがある。


 すっきりと晴れた春の昼下がりに、近所を散歩していた時のこと。その日は、時期の割に気温が低めで、長袖を着て少し肌寒いくらいの、僕が一番好きな気候だった。

 しばらく歩いていると、向こうの方からゆっくりと近づいてくる男性に目が留まった。よく見てみると、その男性の膝から下にはイカついタトゥーが入っていた。サソリや蛇、その他の毒々しい模様が、脛やふくらはぎのあたりに所狭しと彫られていた。

 おー、すごいタトゥーだなぁ。モチーフにはどういう意味があるんだろう。っていうか骨張っている脚に彫るのってかなり痛そうだな……などと考えていて、ある疑問が湧いた。あれ? なんで脚に彫られたタトゥーに気付けたんだろう、と。

 理由は単純で、そのタトゥーの男は、脚を丸出しにしていたのだった。

 男の格好をしっかり見てみると、上は暖かそうなトレーナーを着ているが、下は短パンにビーサンという、脚丸出しスタイルだった。

 さらに、男の脚には一切毛が生えておらず、タトゥーがよく見える状態だった。しかもその男は、文庫本を読みながら非常にゆっくりとしたペースで歩いていたのだ。

 僕は、このタトゥー男の智謀あふれるアピール戦略に感動した。

 男は、お気に入りのタトゥーを見せびらかしたいがために、この肌寒い日にあえて短パンを履いて歩いていた。そして、ちゃんとタトゥーに視線が集中するように、気が散る要素となるムダ毛はツルツルに処理していたのだ。また、タトゥーのイカつさとのコントラストとして文庫本を片手に持ち、知性のアピールも忘れていない。そして本を読んでいることにより、周囲に見せつけるようにゆっくりと歩いてもそこまで違和感がない。ぱっと見ただけでは気付かないくらいに、細部まで工夫が凝らされた完璧なアピール戦略。コイツ……できる……!

 そんな分析をしつつ、ふと我が身を振り返ってみると、あることに気付いた。

 僕は『おぎやはぎのメガネびいき』という深夜ラジオの番組グッズである「クソメンクソガールキャップ」をかぶっていたのだった。

 番組リスナーの呼称である「クソメン」「クソガール」から命名されたこのキャップは、身に着けて出掛けることでシャイなリスナー同士が交流を図るきっかけになるのでは、という意図で作られているグッズだ。しかも、シンプルでおしゃれな感じのデザインとなっており、リスナー以外には番組グッズだと分からないので、気に入って結構かぶっていた。ちなみに、このキャップをかぶって声をかけられたことは、これまでただの一度もない。

 つまるところ、僕は「メガネびいきリスナーのクソメンです! ぜひ話しかけてほしいです!」と、無意識のうちにアピールしていたのである。いい感じの春の気候にテンションが上がり、お気に入りの「クソメンクソガールキャップ」をかぶって散歩をしていたのだ。

 さっきまで嬉々としてタトゥー男のアピール分析をしていた自分が、特に自覚なく、アピール界の最高峰とも言える番組グッズを頭に乗せて歩いていたという事実に直面し、途端に恥ずかしくなってくる。

 そのタトゥーの男性も、初めは意図的にアピールをしていたのかもしれないが、きっといつの間にかそれが自然になったのだろう。いや、むしろ冷静になると、そんなアピール意識すらなかったように思えてきた。

 他人のアピールに対して過敏に反応してしまうあまり、やや悪意のある分析とこじらせた深読みを繰り広げてしまった。しかも自分自身、盛大なアピールをかましていたにも関わらず、だ……。

 その男性とすれ違う際、僕はデッドボールを当ててしまった投手のように静かに帽子を取り、自然と謝罪の意を表明していたのだった。


 狙い通りに自分をアピールするのは難しい。また、無意識下のアピールを自覚し、コントロールするのはもっと難しい。

 そんなことを思いつつも、いつの日か番組リスナーと交流できることを期待し、僕は今後も「クソメンクソガールキャップ」で密かなアピールを続けていくだろう。

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