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ジムのシャワーブースでDJ

 Creepy Nutsとジム通いにハマっていた。

 Creepy Nutsは、MCバトル日本一のラッパー「R-指定」と、DJバトル世界一のDJ「DJ 松永」による1MC1DJのHIP HOPユニットだ。今までラップやHIP HOPに馴染みはなかったが、好きで聞いている深夜ラジオで話題に上がっていたのがきっかけで聴くようになった。初めのうちはただ曲を聴いて楽しんでいるだけだったが、歌詞に出てくるHIP HOP用語や世界観が気になって調べてみたり、R-指定、DJ 松永の個別の活動にも興味が湧いてYouTubeで検索したりしていた。

 即興で韻を踏みまくりながら、圧倒的なワードセンスとビートアプローチで対戦相手をディスり、フロアを沸かすR-指定。高速かつリズミカルにスクラッチをし、背中から腕を回したり脚の下をくぐらせたり、後ろを向いてターンテーブルを操作したりと、変態的なプレイをするDJ 松永。日本一と世界一、どちらもすごすぎてよく分からないが、なぜだか魅入ってしまう。いつの間にかYouTubeの関連動画を漁って夜ふかしをしてしまうくらいにはハマっていた。

 現在はコロナの影響で休館となってしまっているが、少し前までジム通いにもハマっていた。今年の目標として健康第一を掲げており、具体的なアクションとして年始早々ジムに入会した。年明けのジムの前には「今年こそ痩せて健康になりたい……」と課題を感じている人たちをわかりやすくターゲットにした『今なら入会金無料!年始から健康でいこう!』みたいな広告がデカデカと掲示されていた。爽やかな汗がほとばしる引き締まったボディの女性が表示された置き看板とのぼりに、なんとなくイヤな抵抗感を覚えつつ、入会手続きに向かったのを覚えている。

 初めのうちは、ジムに生息すると噂の意識高い系の人々になにかと筋肉を見せつけられて威圧されそう、と内心少し身構えていが、実際そんなことは全くなかった。各自が思い思いに運動をする、どちらかと言えば少し落ち着いた雰囲気のジムだった。トレーニング設備を使い久しぶりに身体を動かしてみると、軽い疲労感と充実感があり、これがなかなか心地よかった。ジムにはシャワーや浴槽が併設されており、運動後にそのまま汗を洗い流せてとても快適だ。

 Creepy Nutsを聴きながらジムで小一時間身体を動かし、シャワーでスッキリして帰る。そんな日々が気に入っていた。


 ある日の夕方、僕はいつものように一通りトレーニングをして、水分を摂り、ロッカーで服を脱いでシャワールームに向かった。壁沿いにやや手狭な感じでいくつかのシャワーブースが並んでおり、シャワー設備やシャンプーなどが置いてあるちょっとした棚、タオルを掛けられる棒なんかがセットになって、薄い壁で仕切られている。空いていればどのブースを使ってもよいのだが、どこも同じように見えて、実は当たりはずれがある。

 ジムのシャワーは、レバーを下げると一定時間お湯が出て、しばらくすると自動で止まるアレが採用されていた。時間止め水栓と呼ばれる仕組みで、一般的には10秒くらいに設定されているらしい。あくまで体感だが、ブースによって、この持続時間や水量が微妙に違っていた。1プッシュで十分な量のお湯が長めに出続けるところもあれば、やや少なめの水量ですぐに止まってしまうところもある。とはいえ、そこまで困ることもなかったため、当たりやはずれのブースの具体的は位置は覚えていなかった。

 その日は、時間帯のせいなのか、珍しくシャワーブースがほぼ埋まっていた。奥の方に目をやると、他の客に避けられたかのように奥から4番目のブースだけが空いていた。なんとなく嫌な予感がしたが、他が空くのを待つのも変なので、仕方なくそこを使うことにした。

 ブースに入り、おそるおそるシャワーのレバーを押してみると、予感は的中していた。もう冗談なんじゃないかという短さで、すぐにお湯が止まってしまう。水量も心なしか少なく感じる。自分の押し込みが足りなかったのかと思い、何度か試してみたが、やっぱり4秒弱で止まってしまう。

 プッシュしては止まり、またプッシュしては止まる。身体を流そうにも頭を洗おうにも、あまりに持続時間が短い。さすがに少しイライラして連続して強めにプッシュするが、まるで意味はない。良きタイミングでレバーを押さないと効果は得られないのだ。そう分かっていても、ついつい連続で押してしまう。

 シャワーのある壁側に背を向けて頭を洗っている最中でも、すぐにシャワーは止まってしまう。そのうち、いちいち振り返ってレバーを押すのもしんどくなり、右手を身体の正面から回してプッシュしていた。慣れてきた。シャワーが出なくなる直前を見極めてプッシュ。止まる前にプッシュ。だんだん動きに無駄がなくなってくる。

 ふと、この動作が何かに似ていることに気づいた。そう、YouTubeで見ていたDJ 松永の鮮やかなパフォーマンスそのものだったのだ。リズミカルに的確に、背中を向けたままプッシュ。見せつけるかのようにプッシュ。頭を洗いながら腕を回してプッシュ。止まりそうになるその瞬間にプッシュ。ときにはあえて一瞬止めてみたり、高速でプッシュをしたりもする。プッシュそしてプッシュ。だんだん気持ちよくなってきた。脳内で音楽が流れる。気分はやり手のDJだ。

 調子に乗ってしばらくDJプレイを楽しんでいたが、最終的に壁に思い切り手をぶつけてしまい、急に現実に引き戻された。そこには頭にシャンプーの泡をつけながら、ノリノリになって時間止め水栓を押す、怪しい裸の男がいた……。「これ、あとで青あざになるやつだ」と、冷静になって途端にテンションが下がり、あとは普通に身体を洗ってジムを出て、トボトボと家路についたのだった。


 コロナが明けてまたジムに通うことになっても、もうCreepy Nutsは聴かない。そして奥から4番目のシャワーブースも二度と使わない。そう心に誓っている。


 

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