ウソツキ

ー2ー

自分のアパートに戻って弁当をテーブルに置き上着を脱ぎ部屋の隅に置いてある上着掛けのポールにかけた。洗面所に行って手を洗う。鏡には見慣れた化粧っけのないわたしの顔が映っていた。

そしてふと、来週の木曜日に掃除する企業先を知りたくなり、机の上に置いた鞄の中から卯木さんから渡された紙を出して見返してみた。やっぱりあの企業だった。

あの企業とは大手製薬会社。たまにだけれど大手の企業のビルの清掃の仕事が入る。そこでの清掃の仕事はその企業で働く同年代の女性たちと比べて自分との違いをまざまざと感じるという体験をしなくてはならなかった。

彼女たちが身に着けるている物も雰囲気一つとっても、わたしには必要のないものだと身に沁みながらその女性たちが排泄したトイレを綺麗にし汚物をごみに捨て、洗面台を磨くそんな仕事。その仕事の時、わたしのような清掃業者が掃除しなかったらここは汚物にまみれ、臭いを放つ場所に代わる。鏡を見てリップグロスを塗り、化粧を直す女性たち誰もがこの場所からいなくなる。彼女たちが汚物にまみれて、泣き叫ぶ姿を想像しながらわたしは今までにない以上にその場所を綺麗にする。救いは彼女たちがわたしが誰であるか知らないこと、ただの通りすがりの清掃業者の女性であること。来週の木曜日はそんな仕事が待っている。その現状に感情を持てずにいることは施設で育ったメリットなのかもしれない。

冷蔵庫にマグネットで抑えてある予定表の上に今日もらった臨時の紙を重ねて置いた。そして弁当を食べ始めた。鮭弁当は温めなくても済むし、何よりもスーパーの総菜売り場に並ぶ、お弁当の中で一番安い。鮭の身を箸でほぐしそれを口に運ぼうとした瞬間にめったにならないわたしのスマートフォンが鳴った。スマホの表示画面は井堀という名前が表示される。同じ施設で育った男だった。

「もしもし?俺だけど…、今、あの公園にいるから出てこれる?話があるんだよ?」

「いいけど、電話じゃダメなわけ?」

「なんだよ久し振りに会って話したいじゃん。それともお前の家にいってもいいんだぜ?」

「良いわけないでしょ、バーカ。20分時間頂戴。今ご飯を食べているところだから食べ終わったら行くよ」

「わかった20分後な」

わたしと井堀は同じ年で特別仲が良かったわけではなかった。けれど、同じ高校に通うようになり、自然と話すようになった。その自然と話すようになった後の行く末には15歳の男女の未熟な性体験もおまけつきだ。最後にちゃんとしたのは互いに施設を出る時の最後の時だったかな。あれから一年以上たち、肉体関係はなくなっていた。

「俺、彼女できたんだ」

その一言だった。それ以来会っても互いに身体を触れることもなくなった。

わたしは食べかけの弁当をできるだけ早く食べて、身支度を整えて、家を出て井堀が待つ公園へと向かった。

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