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vol.16『ツバメとわたし①~ワラドロ事件の幕開け~』

    うちの車庫は、いわゆるビルトインタイプで箱型だ。車の出入口以外、右も左も天井もすべて壁になっている。箱型の車庫だから黄砂のひどい時期や雨天時は車が汚れないので、とても気に入っている。

    ところが、だ。このお気に入りビルトインタイプの車庫付き住宅へ引っ越ししてきて五年。機嫌よく生活していたのに、終わりの見えない闘いが始まろうとは。

    ことの発端はこうだ。ある日、異変に気づいた。車庫の後ろの方に、短いワラが数本散らばっている。汚れのなさが自慢の白い壁には、いつついたのか泥も少しついている。あれ? と思いながらも、特別何か考えるわけでもなく、倉庫からホウキとちり取りを持ってきて、とりあえず落ちていたワラを掃除した。

    次の日の朝。いつものように仕事に出かけようと車に乗った。フロントのドアを閉めてエンジンをかける。

 「さて、行くか。」

  ふと、フロントガラスに目をやると、泥汚れが目についた。泥汚れ。そういえば、昨日、車庫の壁にも泥がついてたような。そう思ったが、仕事の時間もあるので、あまり深く考えずに車を発進させた。

 私は、自分でいうのもなんだが、けっこうきれい好きだ。汚れたところが目につくと、掃除したくなる。それに、ちょっと凝り性なところもあって、掃除しだすと、徹底的にきれいにしないと気がすまない。だけど、独自の掃除ルールも存在する。

    掃除は一回につき一か所だ。その一か所だけは気合いを入れてとことんピッカピカにする。その一か所の掃除が終われば、はい、お疲れさま。その日の掃除は終了だ。きれい好きなら、全部掃除すればいいのに。そうやって言う人もいる。たしかに、その辺はちょっと矛盾しているな、と思う。でも、一掃除一か所のルールを死守する。理由は簡単。全部掃除するとただ単に疲れるからだ。

 「一掃除一か所」というスローガンを掲げ、毎日過ごしている。その日の掃除箇所にめでたく選ばれた場所は、「ありがとうございます! 家の中の数ある箇所からここを選んでいただき、まことに光栄です! 今日、この日、この時に感謝です!」と言っている。ような気にさえなる。


 夜、仕事を終えて岐路につき、車を車庫へ入れた。夜の車庫は暗いので、センサーで照明がつくようになっている。車から仕事のかばんや荷物を出す。ふと車庫の後ろに目をやると、まただ。また短いワラが床に散乱している。あれ、昨日ホウキで掃いて片づけたのにな。そんなことを考えながら、視線を上の方へやると、 車庫の照明の上にもワラが乗っている。

    うちの車庫の照明は、サッカーボールを半分にスライスしたような形で、壁かけ時計のように壁についている。その壁かけ照明の上になぜかワラ。わりとまとまった感じでワラ。

 きれい好きの性分としては、すぐにでも倉庫から愛用のホウキと塵取りを持って来て、壁かけ照明の上のワラを払いのけたかった。でも、その日は、疲れていたこともあり、明日の朝、照明の上を掃除しようと思い家に入った。照明の上にワラが乗っていた理由は、その時はあまり気にならなかった。


 翌朝。前夜、発見したワラを掃除するために、いつもより5分早く車庫へ向かった。

    私は、電車通勤をしていて、毎朝8時40分の区間快速に乗る。それに間に合うよう、車で駅近くの駐車場へ行き、そこからは徒歩で駅へ向かう。家から10分もあれば駅に着くので、朝の交通渋滞なんかを考慮しても、8時半に家を出発できれば、充分間に合う。

 玄関を出ると、青空の中、数羽のツバメが元気よく飛び回っている。大きく旋回したり、電線に止まったり。ああ、もうツバメの飛ぶ季節か。もう、5月だもんなあ。このツバメたち、どこから渡ってきたんだろう。そんな穏やかな気持ちで季節の移ろいを感じながら車庫へ向かい、壁かけ照明に目をやった。

 壁掛け照明の上には、小高いワラの丘ができていた。

 確実に昨夜より高くなっているワラの丘。おまけに車のフロントガラスにも、少量のワラ。そして、やはり泥もついている。


【最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
『ツバメとわたし②』もどうぞ(*'▽')】

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