身だしなみとお洒落

人とのファーストコンタクトで第一印象を決めるカギとなるのはやはり視覚から得る情報であろう。服装や持ち物、表情を「見られたい自分」のように外観を整えることは特に第一印象操作においては有効であると、頭の片隅に置いておいて損はない。
とはいえ、「見せたい自分」「見られたい自分」を視覚的に表現するといってもおしゃれと身だしなみは別物だと社会で生きるなかで学んだ。
この国では服装を含めた外観の整え方や立ち居振る舞いに『TPO(Time=時間、Place=場所、Occasion=場面)に合った』という非常に抽象的な必須条件がある。合っているか否かは個人判断に委ねられる割に「常識」といわれる暗黙知の正解ゾーンがあるから難しい。

30年近く前を思い出せば、私は随分と鼻息の荒い若者だったのか、就職面接に黒色ではあったがオシャレスーツを着て、自慢のロングヘアも結ばずに出向いた。周りの女性を見れば「この面接って制服あるんですか?」状態の似たような姿。いわゆるリクルートスーツにひっつめ髪スタイル。そんな中での私の浮き具合といったら雪山でビキニ姿に近いものがあった。
しかし困ったことに、私は人と違う事をむしろ誇りにさえ思う傾向も手伝い、着てきた服はどうもしようがないし、大事なのは面接の中身だとケロッとしていた。一応スーツだしね。
集団面接が始まり、次は私の番ね!と問いに備えている私に面接官から向けられた言葉は質問ではなかった。「ふぅん…。Namikaさんねぇ。あたなそんな格好してたらどこの会社も通用しないよ?」と社会人代表から制裁一撃パンチを食らった。自分らしさを歪めない範囲で、自分至上最高にかしこまった服を着て来たというのに・・・。
その後は別の柔和な感じの面接官が「まぁまぁ」とかなんとか場を取り繕ってくれて、一応最低限の質問はしてくれたと記憶しているが、それは衝撃的だった。いや、周囲の方々の方が衝撃的だっただろう。
スーツを着ていったというのに、門前払いに近い扱いを受け、外見で人を判断するような会社なんぞこっちから願い下げじゃわ!と鼻息荒い自論の青い炎を揺らしていた事も今となっては可愛く思える。

そう。私は「身だしなみ」と「お洒落」を混同していた。
おしゃれはある種の自己表現で、自分軸でするものだが、誰が定めた基準かはさておき、環境や他者判断でTPOに応じ「適している」外観のことを身だしなみというのだろうと理解した。

身だしなみ
 1.人に不快感を与えないように、言動や服装を整えること。
    また、その心掛け。 
 2.身分・境遇に応じて身につけておくべき教養や技芸

おしゃれ
服装や化粧などを洗練したものにしようと気を配ること。洗練されていること。また、そのさまや、その人

引用:デジタル大辞泉

確かに服装や外見は人物像を解釈するには情報がたっぷりある。だからこそ、初対面という関係性の入口において、わざわざその先の関係構築をより難しくする必要はないし、接客のあるデスクワーカーには求められてはいないと気づいたのは、仕事をしてお金を貰う立場になってから暫くしてからの事だ。私は何につけ腹落ちしないことを受け入れたくないと息巻く傾向が強めだったのは、管理教育バシバシ世代の名残ということにしておこう。

さて、この度このテーマで綴ろうとしたきっかけのエピソードに入ろう。
現在、人生3度目の癌治療中の私であるが、通院歴18年目を迎え、主治医も4人目に引き継がれた。
4代目ドクターと初対面の日、診察室の扉を開けるとそこには、流行りのインナーカラーバリバリのヘアスタイルで、カラー使い多めのバッチリアイメイクのドクターが「こんにちわー!」と明るくお迎えしてくれた。その時、瞬時に「んっ!?」という感覚が私の中に湧いていた。時間にして1秒以内の出来事だった。
診察を終えた帰り道、瞬間的に自然発生した「んっ!?」という違和感に似た感覚について湧きどころを考えてみた。
輝くお年頃の女性が流行りの髪型と美しくメイクをしていたということ自体は何の問題も無いし、街中で見れば「あら、キレイにしてるなぁ」とむしろ羨望の眼差しを向けるだろうに、今日の診察室の初対面では何故私が違和感を持ったのだろうか?
あぁ、そうか。
私も誰に植え付けられたか、職業による人物像を持っていたのだ。
 ・金融系の方はお金を扱うから、キッチリとしている(であろう)
 ・法律を扱う方は頭はいいけど、細かくて堅物(だろう)
など、特定の職業に就いている人に対して「こうあるべき(あってほしい)像」を持っていて、自分の価値観と異なる場合、価値観の摩擦を起こし違和感を覚えるのだ。

今日の私のドクターの外見に対しての感覚は、医師という職業人と総合病院の診察室内という場所で会う人のイメージを超えた人だったということだ。
相手にしたらいい迷惑で「それってあなたの意見ですよね?」というヤツである事は否めない。その外観は決して不潔ではなく、きっちりと診察もしてくれている。職業能力と外観をイコールで結ぶことを感覚的には嫌悪していた筈の私が、「えっ⁉お医者さんのおしゃれブリーチは有り?」と4代目ドクターの外見に違和感を覚えてしまったのだ。
 30年近く前、職場内では見えないようにしていたが、長い髪の肩から下をブリーチして、青色を入れていた私がこんなことを思うのかと自分の感覚に呆れてしまう。

時は流れ、時代も変わる。
とは言え、社会には様々な年代の価値観が混在している。
昭和モデルには受け入れがたいことも、徐々に当たり前化してきているとはいえ、外見が職務に関係の無い方々は、望まれる外観を整えることも仕事のうちと捉えておくと、いらぬ摩擦を避け生きやすいのかもしれない。
4代目ドクターもあの病院内ではレアキャラだ。要らぬ摩擦と闘っているかもしれない。驚いてはしまったものの、同時に親しみを持ったのも事実だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?