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数ヶ月前に自分で書いた記事が、今朝頭に浮かび引っかかった。私はまだ全てを信じていないな…と過ぎったきっかけで。

この記事後半に、「人に安心して欲しいから、皮膚は治らなくてもいい」と書いています。そこです。
これ、エゴじゃん?
と思いました。
この自己犠牲的な発想って、大体エゴな気がする。誰にも頼まれてねーし。
これってね、相手の気持ちを想像してるわけ。
自分が、自分より皮膚の酷い人をみると申し訳ないけど安心してしまう…という事実があるから、その自分の心理を元に、他の人もそうじゃないか?という発想から来てるの。
この、自分を基準に人の気持ちを想像して、こうしたらいいと考えるのって、エゴじゃないかと思います。
「こうしたら」が、本心で自分のやりたいことならいいんだけど、相手の想像上の気持ちが主体になっている場合です。

わたし、確かに安心して欲しいけど、一番の本心は「治りたい」です。安心して欲しいから治らなくていい、は、ちょっと自己犠牲です。一見優しそうだけど、ちょっと違う気がします。後ろにエゴが隠れていそう。

周りの人が、それぞれの人生をそれぞれに生きていて、生きる力や乗り越える力は私が考えなくたってみんな持っている。
この、想像して決め付けにかかって、施そうとするのは、それぞれの本人の力を信じてないことの裏返しだと思う。

私は、治りたい。
素直に「治りた〜〜〜い!!」と叫ぶことこそ、
私自身の肩の力が抜け、周りにその波紋が広がるのではないかな?

やっぱり、安心を広めたいなら、
どこまでも自分が本心で、素直で、あることだね。

**〜**〜**〜*
私主催のイベント、対話の会へのお誘いです。
縁側で話すように…お気軽に🍊
テーマ:優しさとは?
4月25日㈭ 10:30〜11:30  
オンラインにて 500円

最後までお読み頂きありがとうございました🌷

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