父のお辞儀
長友佑都がイタリアセリエAのインテルで活躍していた頃、ゴールパフォーマンスとしてお辞儀が流行っていた。
ヨーロッパの人々にとって頭を下げるという行為は、あまりにも奇異で異質なものなのだろう。
ひとくちにお辞儀といっても、軽い挨拶から謝罪や敬意を表する場面などと様々なバリエーションがある。
欧米の挨拶に関してして言えばハグやシェイクハンドと身体的に密着することで親愛なるあかしを確認しあう。
アジアにおいてはお辞儀の挨拶のように日常的にソーシャルディスタンス保ち人々は生活している。
コロナ渦においてはアジア的な他人との距離感が功を奏し、欧米と比べて感染率の低さに表れているのである。
今回は父の話をしたいと思う。
私と父はとにかく相性が悪く、私の子供の時からまともに会話した記憶があまりない。
幼少期から私は癇癪持ちだったので、私が暴れるたびに父にボコボコにされていた。
父との関係は複雑で私にとって深い闇のような部分もある。
というわけで、私が40過ぎのおっさんになっても父との関係は微妙である。
もし妻の取りもちがなければ父とは疎遠になっていたところだが、今ではたまに連絡するくらいのなかではある。
さて、お辞儀の話である。
たいていの人は自分の親がお偉いさんにヘイコラとお辞儀をしている姿を見ることは、どこかやるせない気持ちになるだろう。
私が初めて父のお辞儀を見たのは大学生の頃だった。
父は50歳あたりでまだまだ働き盛りの頃だと思う。
記憶が曖昧な部分があるが、エレベーターまでお見送りしたときだと思う。
二人で見送りする場所となると、母が入院していた病院であることは推測できる。
きっと会社の偉いさんがお見舞いに来てくれたのであろうか。
とにかく私と父はその方をエレベーターの所までお見送りした。
きっとお偉いさんは「ここでいいから。」とお決まりのセリフを言ったことは想像できる。
そして、お偉いさんがエレベーター乗り込みこちらを一瞥した瞬間だった。
なんだかとてつもないものを見てしまった。
それは父が見たこともないお辞儀をしたのだ!
まず頭を下げるスピードが半端なく早い。
そして、腰を曲げる角度がしっかり90度の直角スタイルであった。
そのお辞儀に私は圧倒され、お見舞いに来てくれたお偉いさんをよそ目に父に見入ってしまっていた。
父はエレベータが閉まった後の5秒間ほどその態勢を維持していたが、その時間が異様に長く感じられたことを憶えている。
そのお辞儀は天皇陛下に対してするお辞儀でも十分通用するものだった。
画像を探してみたが、上記写真の大臣のお辞儀は父と比べると数段も見劣りする。
父のお辞儀はもっとシャープで洗練されて、圧倒的に敬意を表すものだった。
やはり戦前の画像だろうと思い、探してみたがどうもいまいち見つからない。
上記は陸軍の最敬礼の写真である。
最敬礼は天皇陛下(ご真影)を拝したり、神社を参拝したりするときにおこなう。執銃せず、徒手に限る。
父はもともと電気工学系の学校出身で、機械メーカーの技術者だった。
私が小学3年生頃に営業に移動となり、工場のあった尼崎から東京へと転勤した。
それ以来20数年間の定年までずっと営業畑を歩み続けた。
父は家庭でも仕事の話をよくする人だった。
それがほぼ自慢話である。
「技術がわかる営業は俺ぐらいだ。」
「全国の客から来てください、と俺は引っ張りだこだ。」
父はおもいっきりB型気質の強い人で、他人の話は聞かないゴーイングマイウェイ人間であり、よく営業ができるもんだなといつも不思議に思っていた。
あのお辞儀をみた後、あながち父の話はまんざらでもなく優れた営業マンであったことは認めざるをえない。
足を揃えてあのスピードで直角にお辞儀するには、相当身体に負荷がかかる。
今や40歳すぎた私があれをやったら即座に腰を痛めるだろう。
あれは長年やり続けた父の究極の型のお辞儀なのであろう。
私の祖父は戦前の警察官だった。
しかも、淡路島で署長をやっていたほどである。
その頃の署長は島民から贈り物として、いっぱい美味いものを献上されたらしい。
父は戦後生まれだから、その豪勢な生活を経験していない。
そのことをいつも愚痴っている。
父のお辞儀はおじいちゃん譲りなのかもしれない。
警察官の最敬礼が父の営業のお辞儀となったのだろうか。
それにしても、私の会社員生活であのようなお辞儀をする営業マンには会ったことがない。
父が日本の企業戦士のラスト侍のような存在だったかもしれないと今更ながら思う。
息子の私にあのお辞儀を見せた父は一つ大きなミスをおかしてしまった。
「本社から社長が来た時みんなは立って応対するけど、俺は座って社長と話すんだよなー。」
と自慢げに語っていたが、あんなお辞儀をする人がそんなことできるわけがない。
嘘がバレても父の会社自慢話は今でも続いている。
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