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日々のまにまに

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美術は生命の成長過程に必然と組み込まれている

Aさんからお借りしたブルーピリオドをところどころ涙を流しながら読んでいるこの頃。台詞回しが大変リアルで、当時の私や今の私とリンクして、自分でも知らない間につつと涙が流れてしまう。マンガを読むこと自体おそらく10数年振りの疎い私がどっぷりはまってしまった。それに、なんとなくこの夏は10代の頃の自分に触れるような体験が幾度かあって、原点回帰じゃないけど心深くへ手を伸ばしてみようかなという気持ちになり、手元にあるざらばん紙へただ手を動かすことだけに集中し私は描き始めた。 一枚二枚

絵もの

絵は一人で描くから 感情の波が押し寄せてきた時どうやってやり過ごすかが 私の場合、重要である。 今よりもっと脆弱だったころは 感情の輪郭を掴む術もなく 荒波にのまれて、よく座礁した。 感情という海坊主に憑依されると 海底へ引きづり込まれて帰ってこられない。 今日も、海坊主め 見事に飲み込まれてしまった。 わたしの感情は じゃぶじゃぶと湧き水のように 絶え間無く溢れ出してくる。 山泉のように水脈が分かっていれば 計画的に対処できようが それは源泉が定まらない。 知らぬ間に噴出

offset

いつになるか知れず いつになるか知らず それをよしとして 此の筆を持つ 音は鳴っている だから合っていく 今は わからなくとも それを 知っている

唯立つ木

娘が生まれる前、インドで出会った友人が我が家へ遊びに来て、これから暫く出来ないだろうからキャンプでもしようということになり妊娠中にやってきた湖畔に浮かぶ弁財島へ、20年ぶりに向かった。記憶を頼りにするまでもなく、今はちょっとした観光地になっていて、道も綺麗で迷うことなく辿り着いた。制作の区切りをつけてから、のんびりと家を出たので着いたのは夕刻に近く、平日ということもあってか、私以外誰もいなかった。車を停めて歩き始めると、湖畔をぐるりと回遊する林道の整備のために作業をされている

1,770m暮色

2021年の夏、初めての暮色を山頂で見たくて、竜王へ向かった。初めて行く場所にワクワクしながらゴンドラに揺られ山頂に到着。1,770mでも今日は流石に陽射しが厳しい。着いてすぐは村との気温差に感動して、テラスで眼下を眺めたり真っ青な空を見上げたり敷地内をぶらぶら散策したりと外にもいられたが、小一時間も日光に当たれば流石に暑くなってくる。唯一ある冷房はカフェ内だけだけれど、その空調は私にはぼんやりとぬる過ぎるうえ山頂の清々しい空気と比べると人工的に感ぜられ、10分もいると居たた

733

733 変な夢を見ることの方が多い 今日の夢もそう 寝落ち間際に見た動画の影響があるのかないのか 直接の関連は見当たらないけれど 鯉顔の男がにっこり笑って寄り添う そしてそれを 心地よいと思っている自分がいる 鯉男と私と無邪気に笑い合って、写真を撮った 「なんじゃこりゃ」 シャッターを押しながら、これは夢だと夢見でもわかっている でもとても楽しくて、私たちは笑っている 目覚める間際の明晰夢は ややしばらく記憶に残って 朝に漂う 最近は愛猫が 起きてはすぐにカラダを撫でて

自家製米粉

以前買ったタピオカ粉をどうしたもんかと悩んだ末、 クックパッドで蒸しパンレシピに使用されていたので作ることにした。 が、米粉がない。 米粉って一袋買っても微妙に余るしなーとぼんやりしていたら 「でも米はあるぞ」と気づいて、 米粉の作り方を調べてみたらとても簡単そうだったのでつくることにした。 ちよさんから頂いたお米を早速うるかして 3時間ほどたったらざるから上げる。 紙に広げて粗水をとってから乾燥させる。 レシピにはオーブンレンジや天日干しがあったけれど、 私はこうしてゆっ

小春

長野県大町市美麻にある美麻珈琲。 地元でも遠くの人にも共に人気のある珈琲店。 藁のブロックをセルフビルドで積み上げられた建物は 外装の抑揚だけで惹かれてしまう。 お店の正面にはスキー場のような空が広がって 今日のような小春日和の日曜日は 次から次へ、お客さんが来る。 この前来たのは、平日の秋。 「そのあわい」のステートメントを書きに来た。 もしかしたら冬は初めてかな。 長野にはこうしたいいcafeが沢山あって 住むには気持ちいい。 美麻珈琲 住所:〒399-9101長野県大

ナスに憑依されていた私を憶いだす。

自然光でしか絵を描かない。それは今でもそう。 でも今描いている写生は作品というよりも描写だから ちょっと試しに今日蛍光灯の下で夜描いてみた。 日中描こうと思っていたのに、 今日は用事ができてしまって描けなかったから 消化不良を解消しようと思って。 電気の下ではいつもとやっぱり色の見え方が違うし、 明日の朝、自然光の中で見たときに 今イメージしながら描いている色とのギャップが きっとあるんだろうなと思うけど、 こうして電気の下で描いていることが、そもそも懐かしい。 受験間際の夜

占星術の活用法

地球から見ると 銀河にはいくつもの星たちが輝いていて それらは日毎ゆっくりと動いている。 片や 宇宙から見ると 地球には沢山の人間たちが騒めいていて それらは日ごと次々と生まれている。 古から人は天文へ想いを馳せて観測を重ねながら相関を調べていたけれど ケプラーやコペルニクスさらにはアリストテレスといった科学者たちが 活躍する以前、紀元前3000年には既に星座が誕生していたそうだから 暗闇に燦燦と輝く星達の物語を 人々は畏敬の念をもって空に紡いでいたのかもしれない。 古代

腐った海

母の記憶は 老いぼれた いい加減な 腐った海 自分を かっこよく 都合よく 優しく 一番に 勝手に 書き換える ねこの記憶は どうなんだろう? 悲しみも 寂しさも 覚えているのかな 覚えていてなお こんなに優しく居てくれるのなら ねこはどんなに 愛に包まれているのだろう どうしてそこまで 疑いなく 居てくれるんだろう 自分のペースを保ちながら そっと 寄り添ってくれるんだろう 屈託無く 見つめるんだろう どれだけ 私を 助けてくれるんだろう どうしたら

うぶすな

気持ちが 言葉を形成するまでのあいだ まだ なにも見えていないのに 震えているのが しるし

恩恵の在りか

大勢の人が大きく方向転換を余儀なくされている昨今 わたしも御多分に洩れずその一身である。 しかし悲嘆に暮れているかといえば全くそうとも言い切れないのは 技芸に携わっているからだと思う。 否、返って潔く専心するしかない環境にコロナ禍の愛すら感じる。 2月にコロナがささやかれだしてから 私自身の隠された内面も露呈されることの多いこと。 人間っていうのは どこにそんな押し込めるだけのタンクを隠し持っているんだろう。 例え話だけど、 色鉛筆の消しても消えない描き染みに手を余して ため

インド時間

玉ねぎを茶色くなるまで炒めている時に、必ずと言って良いほどインドを思い出す。玉ねぎを茶色くなるまで炒めるには、じれったくなるほど時間がかかるのだ。日本のスピーディな生活の中で、この作業は瞑想や夢想に近い。いっそ高次元まで意識を飛ばした方がストレスがない、と思う。程よく熱せられたニンニクの香り立つ中華鍋に玉ねぎを放ち、油を含んで白くしっとりしてくると、水分が蒸発し、湯気が立ってくる。ここまでで既に気持ちがジリジリしてきて、いつもなら「もう、いっかな!」と飴色炒めを断念するところ