見出し画像

アルパカとわたしのこと 「日本にアルパカがいることを確認」

ついに知ってしまった。日本にアルパカがいることを。きっかけはまたもあの幼なじみなのであった。

アルパカ牧場というパワーワードに興奮

声に出して読みたい、声高らかに叫びたい。「アルパカ牧場」という日本語。
その言葉を初めて聞いたのは、年は覚えていないのだけど2005年〜2007年の間なのは間違いない。聞いた手段もちょっと曖昧だ。メールだったかもしれないし電話だったかもしれない。私に「日本の那須にアルパカ牧場があるらしいよ」という青天の霹靂のようなニュースをもたらしたのは、私にアルパカを教えてくれた幼なじみの弟だ。今後の私に変革をもたらすべくこの世に現れたのかこの姉弟は。
弟さんはその当時東京に住んでいた。だから関東方面のニュースを把握できたのだろうか。岐阜にはそんなニュースは届いていなかったし、"日本にいるわけない"と思っていたので「日本 アルパカ」なんていうワードでPC検索するわけもなかった。
「ホームページもあるよ」
ちょっと待って、情報量が多すぎる。心が追いつかない。ドキドキしすぎてすぐに検索もできなかったのを覚えている。

日本にアルパカがいて、しかもアルパカしかいない牧場のことを日本語で「アルパカ牧場」って言うんだ。すごい、すごすぎる。

ウェブサイトで確認する


那須アルパカ牧場のWEBサイトは、私の知らない情報がたくさん詰まっていた。ペルーから空輸されてきたらしい。
一番衝撃的だったのは、トップページで「アルパカ販売します」と掲載されていて、およその値段が書かれていた。「だいたい軽自動車買うぐらいか…」と言う記憶があるので150万〜200万ぐらいだったと思う。(今はWEBサイトには記載はないし、値段も不明だ。)
日本にアルパカがいて、しかも買えてしまうのかよ…と衝撃がすごすぎてしばらく呆然とした。
そして那須に行けばアルパカに会えるんだなということが分かり、行き方を調べてみるとなかなかの距離感だった。うん、すぐに会いにいくのは無理だなと思ってしまった。
これを読んでくれている人からしたら「いやこの流れ、絶対会いにいっただろう」と思っただろう。「アルパカ」が私の心を占める割合は、アルパカを知った2005年からおよそ1年半で少し落ち着いていた。会うこともできない・誰も話題に出さない・知らない動物を、誰かと共有することも発信することもなく過ごしていると日常のなかに埋もれていってしまうのは仕方のないことだ。
「私とアルパカ」の歴史では大事変だというのにこの残念な感じ。嘘は書きたくないから仕方ない。
ただこれ以降、私とアルパカの関係は急激に変化するのだった。

つづく


次回「日本にアルパカが知れ渡った出来事」です。まだ本物に会えてないよ。お楽しみに。

このマガジンはアルパカのことやアルパカとわたしのことを綴っていくエッセイです。週1の更新でやっていきます。いつか本にできるぐらい溜まったら、ZINEにしたいと思っています。
続けられるようにがんばりますね。(もっと読んでみたいぞという方はいいね!の応援お願いします〜)


読んでいただきありがとうございます。サポートをいただいた際には、より良いアルパカ雑貨を作るためアルパカに会いにいく旅費に充てさせていただきます。