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Cocktail: ナップ・フラッペ

こちらのツイートに敬意を込めて。


フォンダンショコラが口の中で溶けていくのを味わう。完全になくなってしまってから、ホットワインを一口飲む。チョコと赤ワインの相性はどうしてこんなにも良いのだろうか。

港町の繁華街。雑居ビルの四階にあるスイーツバーに、私は一人でいた。メッセージアプリのトーク画面には、私の
『先に入って待ってるね』
というメッセージと、一緒に来るはずだった友達の
『ごめん!どうしても行けなくなった…』
という返信。

最後の一口を食べてしまってから、
「あーあ」
というため息がもれた。
「この後どうしようかな…」
窓の外に目を向けると、夜の繁華街を人々が乱雑に行き交っている。雑多な色をした看板が折り重なるようにギラギラと光っている様子が、とてもうるさく感じられた。
「あーあ…」

「ナップ・フラッペ、お待たせした」
目の前にカクテルグラスが二つ差し出される。薄い黄色のお酒の上に、細かく砕いた氷が盛ってある。

「えっ?いや、頼んでな…」
私が言いかけると、左からすっと手が出てきて止められた。隣を見ると、いつの間にかサファイア色の髪をした青年が座っていた。頬がほっそりとして鼻が高く、薄い唇はチェリー色をしている。ふわふわと波打つサファイア色の前髪の間から、長いまつ毛にふち取られた大きな瞳が覗いている。彼がまとう雰囲気まで全てが、“美しい”という言葉で出来ていた。

彼は手に小さな金色のスティックを二本持っている。
「星は君、月は僕」
低くて柔らかな声でそう言うと、彼はカクテルに一本ずつそれを飾り付けた。よく見ると、金色のスティックの先端には、それぞれ星と月のモチーフがあしらわれている。

「乾杯」
細長く美しい指でグラスを掲げ、彼が言う。戸惑いながら、私もグラスを掲げた。彼はチェリー色の唇にグラスを運び、長いまつ毛を閉じてカクテルを傾ける。その所作がサイレント映画のように美しく、私は見惚れてしまう。
「君も飲んで」
促されてようやく、私もカクテルを口に運ぶ。

つん、と強いアルコールの香りがするが、味はほんのりと甘かった。口の中で氷がシャリシャリと鳴る。シャーベットみたいなお酒だな、と思った。

「君は不思議な力を信じる?」
明日の天気はなあに?と訊ねるように自然に、彼は私に問う。
「不思議な力?」
私はまだ陶然としながら、彼の言葉を繰り返す。
「そう」
大きな宝石のような、小さな宇宙のような瞳で、彼にじっと見つめられている。

不思議な力かあ。もう何年もそんなこと考えたことなかったなあ。昔はよく…。私は子供のころの空想を思い出した。
「不思議な力とは少し違うかもしれないけど、こびとが本当にいればいいなあと思ってたな」
「こびと?」
「そう、小さいころに本で読んだの。素早く動くこびとたちが野原にみんなで住んでいて、ときどき人間の生活の中にも隠れに来ている、って」
「人間の生活にも隠れているこびとかあ。素敵だね」
彼は目尻をいっぱいに下げて、あどけなく開けた口から白い歯を覗かせながら「ふはは」と笑った。

「僕はね、天使様を信じているんだ」
空中を見つめながら、彼は言った。
「天使様?」
「うん。困った時や迷った時なんかには、いつも天使様にお願いする」
「そうなんだ」
子供のような表情で懸命に話すサファイア色の髪の美青年。私には彼が天使のように思えた。
「いまも一つ、天使様にお願いしたんだ。魔法をね」
「魔法?どんな?」
「このナップ・フラッペを飲み終わったら、世界が綺麗に見える魔法」
私には、貴方が目の前にいる今がとても綺麗なんだけどな、と思う。でも彼はまた美しい手でグラスを持ち上げて、
「最後の一口、一緒に飲もう」
と私を見つめた。私もグラスを持ち上げる。
「乾杯」

アイスの溶けたアルコールがすっと喉を通っていく。私は空になったグラスを置いた。と、思ったが、手の中には何も無かった。はっと気付いて隣を見ると、サファイア色の髪の美青年の姿はなく、空席だけがそこにあった。

今のは、夢だったんだろうか。私は目を瞬いて、何気なく窓の外を見た。

夜の街に、看板の光がキラキラと輝いている。綺麗だなあと、思わず見惚れる。すると、ビルとビルの隙間に小さく切り取られた夜空に、きらりと一つ星が光った。

はっとして立ち上がる。急いで会計を済ませ、エスカレーターを降りる。星を見たい、と思う。あの星を見たい、と思う。

外に出て、上を見あげる。ビルの看板がキラキラと輝いている。が、星は一つも見えなかった。明るすぎる。もっと暗いところに行かないと。どうしよう、と考えて、海が近いことを思い出した。港まで行こう。

夜の街を歩く。行き交う人々が、楽しそうに笑い合っている。私は段々と足取りが軽やかになるのを感じる。
ネオンサインが七色に光っている。
赤、青、黄色。白、緑、ピンク、紫。
気がつくと、私は走り出していた。

潮の匂いがする。波の音がする。目の前に、黒い夜の海が見える。私は立ち止まって、はあはあと息をととのえる。

上を見あげると、夜空が大きく広がっていた。星が一つ、二つ、三つ、四つ、きらりきらりと光っている。そして、夜空の真ん中に、月が輝いている。私は目尻を下げ、口を開けてにっこり笑った。
「綺麗だなあ」

月の光を受けた波が、サファイア色に輝いていた。潮風に乗って、低くて柔らかな彼の声が聞こえた。

「星は君、月は僕」

ナップ・フラッペ
〜星は君、月は僕〜

後記:かなり多種類のカクテルを作ってくれるバーに行ったのですが、ナップ・フラッペだけは材料が特殊なようで飲めませんでした。画像は自作のイメージ図です。

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