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ブーステッド 第3話

「……っで、今回はどれだけぼったくったんだ?」
「人聞きが悪いなぁー、詩恩くん。そこは大人の話だよ。まあ、夏のボーナスってところかな?」
モディファイター火火香愛嬢とエンハンター北風貫太老による昨夜の襲撃は、やはりタスリーの誘導によるものだった。
「ところで北風さんが潜んでる場所はどうやって割り出したんだい? ロボディのセンサー群は反応できてなかったのに?」
「空気の流れだよ。サイコキネシスを使う時に振動でも発生してるのかもな。ともかく奴らが行動を起こす前に微かに気流が生まれるんだ。台風の目の小型軽量微弱版ってところか? そこから推測して、ってやつ」
「振動? 振動だって!? それは知らなかった! 凄い発見だよ、詩恩くん! そっちの方向で調べてみるね!!」
「SCT仲間の弱点を真剣に調べてどうするんだよ?」
「スカッと爽快に、ってやつさ」
くだらない。世間では天才やら名医やらと名高いらしけれど、時おり思い切り殴ってやりたくなる。残念ながら再メンテの真っ最中で、今の俺には目の前の田田田四太を殴る腕も蹴る脚もないけれど。
「俺からも聞いていいか?」
「おや? 詩恩くんがなにかに興味を示すなんて、珍しいね?」
「人をAIみたいに言うんじゃねよ」
「それで、なにかな?」
「巻髪お嬢と梅干しジジイ、どうやって焚き付けたんだ?」
タスリーがおもむろに手にしていた工具を置き、その薄い唇の前に人差指を一本立てた。内緒だぞ、と。
「詩恩くんと違って火火くんや北風さんには明確な目標や事情があるからね。もちろん僕もだけど。そういう手当には“目的達成の障害になる“って思わせられれば必然的に向こうから排除しにやってくるのさ」
「おいおい。俺にだって目標の一つや二つ──」
「違うんだよ、詩恩くんは」
珍しく強い田田田四太の言葉が二人きりのラボに響く。タスリーが言うには俺の根源的な願いは『四肢が元通りになること』のはずだという。それが“どこぞの天才のおかげ“で元通りとまではいかずとも代替品でそれなりに補えている。だから『現状維持で問題なし。改善すれば尚よし』の状況にあるのだ、と。
「あんたやあの二人は違うのか?」
「わかりやすいところで北風さんをピックアップして言えば、彼はSCTに入る前は植物人間だったんだ。人生の途中、ある時点から事故でね。物言わぬ寝たきりの老人。動けぬ人間。それが強化人間として再び生を得た。もちろん拡張人間の詩恩くんと同じで定期的なメンテナンスが必要な身体だ。しかし彼と君とでは決定的に異なる部分がある。所属ラボでメンテが受けられない場合、君は手足が動かなくなるだけだ。でも北風さんの場合、再び植物状態に戻ってしまう」
衝撃の事実に吸い込んだ息を詰まらせそうになる。まさかあのジジイにそんな背景があったなんて。
「驚いたかい? まあ、北風さんくらいのっぴきならない事情の人は少ないけど、火火くんも僕もそれぞれ目標や事情があるんだよ。そのためには研究を打ち切られるわけにはいかないんだ」
「……なるほど。”この調子だと来年度はうちが予算総取り。他は解散かな”なんて煽ってきたわけだ?」
「正確には僕がバスリーと話しているところを偶然を演出して聞かせたんだ。“予算を他に振り分けず、すべてくれと掛け合ってきた。上は詩恩くんの実績を踏まえて前向きに検討してくれるそうだ。この話が上手くいけば悪いけど他のラボは閉鎖になるだろう。でも僕の研究にとって必要なことだから仕方ない。ここはひとつ、心を鬼にして交渉を成功させてくる”ってね」
「それで危機感を覚えた二人が……」
ジジイの身の上を聞いた直後では笑えない。眼前のマッドサイエンティストが目的達成のためなら手段を選ばないタイプであることは既知である。けれどここまでとなると多かれ少なかれ嫌悪感を抱かずにはいられない。
「……っで、データも取れたのか?」
「なんのだい?」
「金を巻き上げるだけじゃなく、戦闘データも取ってたんだろ? ロボディの試運転を兼ねて?」
「ああ、戦闘データね。バッチリさ。新しくした外装の強度や追加機能の様子、漏れなく余さずゲットだよ。贅沢を言えば北風さんのサイコキネシスと真っ向やりあってるデータまで欲しかったんだけどね」
「そいつは残念だったな。いい気味だ」
「相変わらずつれないねぇー、詩恩くんは」

メンテを終えた俺はいつものように格闘技術の研鑽へ向かう。カリキュラムによれば今日はキックボクシングの強化クラスだ。メンテの度に機能追加や性能改善が加えられるため今回も四肢の感覚に微修正が要るだろう。それの調整も兼ねてのことである。
「……っかし、さすがに驚いたな」
北風貫太のジジイがあんな事情を抱えていたとは。となると火火香愛はどうなのか。己だけが鬼気迫る状況になく、恵まれた環境に置かれているのではないか。もちろんそれは悪いことではないだろう。しかしそれでも申し訳ないような、己だけが取り残されているような、なんともいえない気持ちになる。
「あっ、詩恩くん。終わったんだ? って、なにかあった?」

「──なるほど。詩恩くんもようやくそういうお年頃になったわけだね?」
馬馬馬連華、タスリーの専属助手にして看護師の女性。俺より十歳上のお姉さんで面倒見が良く、多くの患者の癒やしとなっている。不慮の事故で四肢を失い、拡張人間となった俺のこともよく気にかけてくれている。夏の盛りの真っ昼間の屋外は暑すぎるためクーラーの効いたカフェの店内で向かい合っているけれど、笑顔の素敵な彼女にはオープンテラスが似合いそうだ。
「いや、お年頃って……」
「ようやく人のことに興味が出てきたのね、ってことよ。人間らしくていいと思う」
「俺がこれまで他人にまったく興味なかったみたいじゃないですか?」
「実際なかったでしょ? 3年経って、ようやくよ? 他のブーステッドのことを詩恩くんから話題にしてきたの。あんなに可愛い香愛ちゃんとあれだけ接していて、今まで何ひとつ質問してこなかった。ぶっちゃけ異常よ? 貫太さんだって、あれだけ粘着されていたら、普通は嫌でも気になるものよ?」
言われてみれば、である。連華さんの言うとおりなのかもしれない。一体なぜだろう。もともと他人に興味が薄い性質ではあるのかもしれない。それでもここまで無関心であったのは、それだけ自分のことでいっぱいいっぱいだったということなのだろうか。
「順調にリハビリが進んでいるみたいで、なによりなにより」
アイスカフェオレを口にしながら微笑む連華さんにいやに惹きつけられた。どうにも最近おかしい。どうして俺は好きでもない、いやむしろ苦手としかいえないブラックのアイスコーヒーを手に、彼女の前に座っているのか。
「あの、それで……」
「ああ、そうだったね。でも、ごめんね。私からは答えられないの。個々人のSCTへの入隊事情は組織外へはトップシークレットになってるから。そういう類いの情報ってこと。詩恩くんは内部の人間だけど、そもそもプライバシーが多分に関わるセンシティブな話題だからね。それなりに、みんな、重たい事情を抱えているの。詩恩くんだってそうでしょ?」
「俺? 俺は別に平気ですよ? 隠すこともないですし?」
「……ああ、そっか。ちょっと例えが違ったかな? でも、そんな君のことだって情報は閉ざされてるの。詩恩くんが両手両足を失ったことも、最先端の義手と義足でそれを補っていることも、一般の人は知らないわ。事故でアスリートを引退したことは公になってるけど、その後に特殊部隊に所属したことも伏せられてる。国や組織の人間でも、そんなに多くの人は詳しい事情を知らないのよ」
「へぇー。そんなものなんですね」
「だから、誰とは言えないけど──」
連華さんはそう前置いて、いくつかのSCT隊員の身の上話をしてくれる。
いわく、島流しにあった凶悪犯。その政府や警察の関与しない自給自足の犯罪者島で、いつしか開催されることとなったバトルロワイヤル、それを勝ち抜いた高い戦闘能力を買われて。
いわく、冷凍保存にかけられていた死者。復活を求めて遺族がその肉体を提供して。
いわく、性転換希望者。術前の過去を消し、あらたな戸籍で別人として生きていくために。
その他にも衝撃的な背景の数々があげられる。わかりやすかったのは犯罪者に身内を殺された者が復讐のために、というもの。犯人がまだ捕まっていない同様のケースで特に多いのが、息子や孫を殺された祖父母といった高齢者が梅干しジジイのように戦う力を求めるパターンだそうだ。
「驚いた?」
「……ええっ、少し」
無理して注文したコーヒーの苦さが薄れて感じられた。クーラーで温度調整された心地よいカフェの中なのに鳥肌が立っている。ブーステッドへの変身には大きなリスクを伴う。下手をすれば命を落としかねない。能動的にということは、それだけの覚悟ということだろう。
「ところで私からも二つ話があるの。それで誘ったのよ」
「んっ? なんですか?」
「詩恩くんがこのまえ捕まえたひったくり犯、ひとりが死んで、ひとりが逃げたわ」
どちらが逃げたのか、すぐに察せられた。
「どうやら彼ら、詩恩くんの力を試してたみたいなの」
驚くほど驚きが小さい。むしろ納得だ。それで、あの引き際の良さだったのだ。
「もう一つは?」
「……三年前の詩恩くんの交通事故、偶然じゃない可能性があるって」
穏やかなカフェの中で脳天から稲妻に撃ち抜かれたようや心持ちとなった。なんと反応してよいのか分からない。ともかく味のしないコーヒーで喉を潤す。偶然でないならば誰かが意図的に、ということか。
「まったく、やれやれだ……」

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