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【サロン連載小説】Jewel of love.SS『天然さくら色』〜Chapter5〜

本編『Jewel of love.』 Chapter 1は、こちら

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では、唯ちゃん視点のSS『天然さくら色』、前回の続きを更新します。


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駅の方に歩けばいいのに、あたしの足はやっぱりせんせぇの気配を追いかける。


せんせぇの大学へと続く桜並木を見上げながら、トボトボ歩いた。


まだツボミやけど、これは咲いたらすごいやろな。


せんせぇは、いつもこの道を通ってはるんやな。


それで、この校門を抜けるんや。


休み中やからか、校門脇の小屋にいた守衛さんが不審げに顔をあげて、でもあたしの姿を見たら安心したようにまた新聞に目を落とした。


ああ、大学生に見えるんやなぁ、あたし。


なんやしらん、悲しゅうなる。


肝心な人には子供あつかいされてんのに。


「あのカフェ、せんせぇと凛々子さんが、よく行ったとこなんやろか……」


簡単に思い浮かべることができる。


近くの大学の人しか知らんような隠れ家カフェ。


休講とかあると二人でそこ行って、穏やかな陽射しのなかで、あのすっごいええ匂いのチャイとか飲んでたんやないやろかとか。


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「やっぱ、お似合いやんなぁ?」


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わざと自分を傷つけることを呟いて、あきらめようとする。


思い出すのは、あの夜。


せんせぇが警察まで迎えにきてくれた夜。


うるさいくらいあたしにお説教した凛々子さんは、すごいいい人やなって思った。心配そうに潜められた眉の下の瞳が黒曜石みたいで思わず見とれた。


この人やったらしゃーないわって、あたしかなわんわって、わざと自分を傷つけることを呟いて、一晩泣いてあきらめた。


そや。


あの夜、


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ちゃんとあきらめたはずやったのに……


「ええかげん、しつこいわ、あたし」


せんせぇが幸せならええやん。


なぁ? せんせぇ、チャンスやんか。


凛々子さんのこと、もっかい捕まえてしもたらええんや。


今度はきっとうまくいく。今度こそきっと……


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……あかん。


あたしは手近にあったベンチにへたりこんだ。


目をあげると、外灯に浮かび上がった桜並木がぼんやりと潤んだ。


なんでこんなことになっとんのやろ、あたし。


いつの間に、こんなにせんせぇのこと好きになってんのや、あたし。


バッグからマフラーを取り出して、苦しく目を閉じた。


膝を抱えて、マフラーに頬をのせる。


これ、せんせぇがくれたものやねん。


せんせぇがくれた、たったひとつのプレゼントやねん。


凛々子さんと一緒でも、それでもうれしかった……


「…………あのぉ」

「ひゃあっ!」


いきなり後ろから声をかけられ、あたしは真剣に飛び上がった。


胸を押さえながら振り返って、さらに目を丸くする。


なな、なんでこの人がここにおんねん!


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「……あ、アリスさん」

「あー、やっぱり唯やんか」


ゆ、唯やん?


ぎょっとしたあたしに、アリスさんは人懐っこい笑みを浮かべた。


「あんた、大阪弁だから」

「は、はぁ……」

「なにしてんの、ここで。あの人は?」


あたしのことは“唯やん”で、せんせぇのことは“あの人”?


なんかチャラっぽいアリスさんに、あたしは妙にムウッとした。


この人、なんか、見た目と中身がちがうやんな?


「……アリスさんこそ、なにしてはるんですかここで」

「いや、そのぉ……」


いいかげん、じっとしてらんなくて、なんか。 


そういって、情けない顔で頭を掻く。


あたしも探してみよっかなって思って。


「といっても、大学しかしらないからさ、あたしは」


やっぱ、見つかんなかったけどね、ハハ……


なんて、力なく笑ってアリスさんは、断りもせずにあたしの隣にすとんと腰をおろした。


ジーンズのポッケに親指をひっかけたその横顔を見ながら、あたしは心の中でいじわるに呟く。


残念、そこのカフェにいますわ。 


その桜並木を越えた先の、看板も出てない小さなカフェ。


あたしたちには見つけられへん場所です。


「で、どしたの?」

「え?」


ふいに自分に向けられたアリスさんの、心配そうな視線に絶句する。


人のこと心配してる場合やないと思うんやけどな、いま。


それなのにアリスさんはごにょごにょと、「あたしで良かったらハナシ聞くけど?」なんて続けた。


「……別にええですわ」

「あ、そう。ま、いろいろあるよね」


ええ、ありすぎですわ、ほんま。


心の中で、思いっ切り毒づく。


だいたい、アリスさんのせいやんか。


そんな人のよさそうな顔してるくせに、凛々子さんのこと困らせるから。


ほんま、せんせぇもあたしもいい迷惑ですわ。


「あー、やば。もうこんな時間じゃん」


夜目にも真っ白に光る、手首にはめたごっつい腕時計を仰ぎ見て、アリスさんが情けない声をあげた。確かめると時刻は18時をまわっていた。


「そろそろ電車の時間ですか?」

「うんにゃ、夜行バスだからまだ平気なんだけど」

「どうしても今日、帰らなあかんのですか?」

「んー、うちねぇ、人手不足っつーか。あ、パン屋なんだけどぉ」


 町外れのちっちゃいパン屋でぇ、でも売れてんの。

 田舎だけどさぁ、マジ本格的なベーグル焼いててー。


「あたしと弟で石窯つくったんだ。それがめっちゃ大成功で、おいしくてー」


すこし誇らしげにアリスさんはそう言うと、 「今度持ってくるね」なんて笑った。


今度やって。


ノンキな言葉に、あたしは呆気にとられてしまう。


いま、凛々子さんが帰ってくるかどうかかって、わからへんのに。


『……こんな時、アリスと真奈美を、比べちゃったりするの』

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さっきそんなふうに、凛々子さん、ゆーてはった。


なにをどう比べるんかわからへんけど、アリスさんが不利なんはわかる。


そりゃそうやわ。せんせぇみたいにしっかりしてて、凛々子さんにやさしい人なんかおらへんもん。


機嫌がいいとやたらなんでも得意そうで、そのくせ落ち込むと、どよーんって音がしそうなほど暗~い顔しはる。


そんな凛々子さんのすこし後ろにせんせぇはいつもいて、ぜんぶ包み込むようなやさしい笑顔で見守ってた。


そう、年下のあたしによりか、凛々子さんへのほうが、よっぽど甘くて心配性で……


「……アリスさんは、凛々子さんのどこが好きですのん?」

「へ?」

「あの人、モテはるな」


ううん、キレイなのはわかるけど、わからんよ。


あたしはせんせぇのほうが好きやからわからんねん。


ただ、やたら羨ましかっただけやねん。


せんせぇの心をカンタンに持ってってしまう、凛々子さんっていう人が。


「どこが好きって……」


アリスさんは、妙に照れたふうに踵でアスファルトをこすった。


「わかんない。もう全部」

「はぁ、全部」

「うん、もうわかんないね。どこが好きかとかは」


そういうアリスさんの頬は桜みたいなピンクに染まって、あたしはため息をついた。


凛々子さんの好きそうな色やわぁ。


そんなに好きなら、もっと大切にしはったらええのに。


子供っぽいふるまいで、凛々子さんを悲しませたりなんかしないように。


そう思ったのが顔に出たのか、アリスさんは拗ねたような表情になった。


「やっぱ、あたしが悪いかな?」

「無邪気すぎるって、せんせぇゆってました」

「あーー……、そう……」


アリスさんの唇が、急に悔しげにきゅっと歪んだ。


「あの人は、ナンカ大人っぽいよね」

「ほーですよ。せんせぇは、めっちゃやさしいし」

「ウン………」


アリスさんがさりげなく自分の左胸に手をあてて、そっと撫でる。


ズキンと痛んだ心臓を、なだめるみたいに。


その仕草をジッと見つめたあたしに気づいて、アリスさんはハハッと笑った。


「やべ、嫉妬」

「………せんせぇのほうが100倍気の毒ですわ」

「ふうん、あの人もモテるよな」

「え?」


ザクッと音を立てて、アリスさんは立ち上がった。


そして、くるりと振り返る。


「あの人、どこ?」

「えっ……」

「りりこと一緒にいるんでしょ?」


その強い瞳。


すうっとした立ち姿が、わがままなくらいの強い想いを伝えてくる。


「あの人ならきっと、りりこの居場所がわかると思った」

「…………………………」

「でも、渡さないよ?」


ニヤニヤッと笑う、それはクセなのか、自信なのか、ただの強がりなのか。


だけど、桜並木を背負って立つ、その凛とした姿。


「渡さへんって……」


呆気にとられながらあたしは、凛々子さんがこの人から離れられん理由がなんかわかった気がしたんや。


いま、この人の背に満開の桜が咲いたら、 ああ、どんなにかきれいやろうって。


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◇ ◇ ◇ ◇ ◇


続きは、こちらです。



『Jewel of love.』作 南部くまこ/絵 いばらき Since 2017/5/26
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