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【サロン連載小説】Jewel of love.SS『天然さくら色』〜Chapter4〜


本編『Jewel of love.』 Chapter 1は、こちら

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では、唯ちゃん視点のSS『天然さくら色』、前回の続きを更新します。


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「真奈美……」 


凛々子さんが、驚いたように振り返った。


看板のない、隠れ家みたいなカフェ。


ソファー席に、ただぼんやりと座ってた凛々子さん。


「やっぱり。……ここにいると思った」


せんせぇが、すこしぎこちなく微笑んだ。


凛々子さんが、なぜかくしゃっと泣きそうな顔をした。


「……すごいな。真奈美に会いたいなって思ってた」

「だと思った」

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別れた恋人っていうのは、いったいどういう感じなんやろ?


恋人がいたこともないあたしには、想像もつかへんねん。


そやけど、悲しいな。こんなふうな会話。


あたしにはわからん二人だけの絆みたいなもの。


せんせぇ、もう凛々子さんとは口もきいてないってゆぅとったはずやのに。


「唯ちゃん、久しぶりだね」


凛々子さんは、きれいな花束みたいに微笑む。


夜明かしして疲れてるはずやのに、小鳥みたいに高く澄んだ声で。


嫌いやないよ。世話焼きの、かわいらしいお姉さんやって思う。


ほやけど、悲しい。いつだってあたしは凛々子さんを見るとなんか。


内緒やけど、今でもまだあたしは、せんせぇに言えんことがあんねん。


凛々子さんは家から飛び出してきたからやろか、Tシャツの上にちょいくたびれたアディダスのジャージを引っかけてた。そやけど、それがやっぱ蛍光ピンクなんやなぁ。


そう、こんな凛々子さんやから、あたしもピンクがすごい好きやねんって、 なんとなくせんせぇに言い出せんままなんや。今日かて迷いに迷って、やっぱ水色のタータンチェックのシャツにしてもたし。


……そんなん、気にしすぎかもしれへんけど。

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ソファー席は二人掛けで、三人は座れへん感じやった。


どうしよと思ってたら、カフェの人が小さな丸イスをひとつ出してくれた。


せんせぇはすこし考えて、自分が凛々子さんの隣にすとんと座った。


「なに飲んでるんです?」

「え? チャイだよ」

「じゃあ、あたしはコーヒーにしようかな」


せんせぇの言葉に、なぜか凛々子さんは寂しげに微笑んだ。


あたしはおずおずと小さな丸イスに腰かけて、並んで座ってる二人を見た。


お似合いやんなぁ、今でも。あたしの胸んなか、潰れそうになるくらい。


「すごいな、アリス。真奈美に連絡したんだね」

「そうとう切羽詰まってましたね、あれは」

「ふふっ、そっか。へぇ~、真奈美にねぇ」


いつも真奈美にすっごいヤキモチ妬いてるんだよ、あの子。

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冗談っぽくそんなことを言った凛々子さんの言葉に、せんせぇはやれやれというふうにかすかに笑って肩をすくめた。


「なに言ってるんだか」

「ほんとほんと。超ケンカの種だもん」

「なんでそんなにケンカになっちゃうんですか?」

「わかんない。もうしょっちゅうなの」


真奈美とは、ぜんぜんケンカにならなかったのにね。


凛々子さんが遠い目になって、暮れていくビルの群れを眺める。


運ばれてきたコーヒーカップに、せんせぇは静かに唇をつけた。


「ケンカにもならなかったってことですよ」

「……トゲのある言い方だなぁ」

「そりゃあね」


別れた恋人っていうのは、いったいどういう感じなんやろ?


あたしはなんも口を挟めんで、ただ息を潜めておるしかない。


「ま、とにかく、そろそろ連絡してあげたらどうですか?」


そんな意地を張らずに。


せんせぇが凛々子さんに自分のケータイを差し出す。


その手を、凛々子さんはジッと見つめた。


「真奈美……」

「ん?」

「わたしって、勝手かな?」


凛々子さんはソファにもたれかかって俯いたまま、苦しげに両手で目を覆った。


すこしだけアヒルっぽい唇が、ため息まじりに弱音を吐く。


「……こんな時、アリスと真奈美を、比べちゃったりするの」


ああああ、なんてこと言いだすねん、凛々子さん!


せんせぇは、差し出したケータイのやり場に困ったみたいに手の中でもてあそんだ。目を伏せたまま、次の言葉を待ってるその横顔。


「……最悪よね」


凛々子さんが、ぎゅっと唇を噛む。


長い長い沈黙がおとずれて、あたしはなんかもう半泣きになった。


せんせぇがおらんかったら、叫びたいくらいやった。


そういうこと言わんといて!


そんな切ない声で、せんせぇのこと惑わせんといてよ……!


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せんせぇは、かすかにため息をついたみたいやった。 


いつも笑ってはる人やから、目を伏せたその横顔は別人みたいに見えた。


なんかすごい、ドキッとする。


あたしの知らん、せんせぇじゃないせんせぇ。


凛々子さんと同じ、ハタチのせんせぇ。


「……ないものねだりですね、仁科さんは」

「……そう、かな?」

「……そうですよ」


せんせぇが悔しげに眉を寄せる。


たまらずに、あたしは立ち上がった。


「あ、あ、あ、あのぉっ!」


あかん、もうあたし、あほみたいやんかこんなとこにいるの!


せんせぇと凛々子さん、二人でしゃべったらええねん、こんなこと!


あたしは必死になって、エヘヘと笑った。


そう、ぜんぜんもう、なんでもないみたいに。


「あのぉ~、さ、先、帰りますわ、あたし」

「え、ちょっと、唯ちゃん?」

「ほんなら、ごゆっくり!」


くるっと踵を返して、早足にカフェを出た。


カフェのドアが、軋んで鳴った。


飛び出した勢いのまま細い路地をやみくもに歩いて、ふと立ち止まる。


ほんのちょっとの期待が、どうしてもあたしを振り返らしてしまう。


せんせぇは、追いかけてきぃひんかった。


もう、春やのにな。


茜色の夕陽に伸びる長い影が、むなしく揺れた。


「もう、春やからな」


あたしも、もう勉強とか真剣にせなあかんねん。


こんな、こんなふうに、ちっとも相手にされん人を追っかけてる場合やないねん。道端のショーウインドーに映った自分が泣いてて、嫌になる。


あほや。勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって泣きよる。


「せんせぇ……」


影はもう少しだけ長くなり、そしてやってきた宵闇に消えた。


冷えてきたけど、あたしはマフラーを外してバッグに詰め込んだ。


首がすぅすぅして、涙がまたいくつも零れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ほんのすこしの歳の差なのに、唯ちゃんにはわからない二人の世界がそこにはあって……

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あの頃よりもずっと、唯ちゃんはせんせぇを大好きなのにね。


続きは、こちら

『Jewel of love.』作 南部くまこ/絵 いばらき Since 2017/5/26
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