[第1話] 百合ナース! 〜かわいいあの子〜 [サロン連載]
お願い、私のこと困らせないで。
もう、誰にも言えない恋はしたくないの。
なのに……
ああ、神様!
どうして、あの子は患者さんなの⁉︎
「鬼塚さ〜ん、今日のお薬、ここに置いておきますね〜」
「はい、ご苦労さん。いつもありがとうねぇ、優花ちゃん」
鬼塚のおばあちゃんが両手をすりあわせて拝むみたいにしたから、私はすっごく照れてしまう。
ナースになってまだ半年。
バリバリの新人の私だから、いろいろ不手際もある。
やさしい患者さんに助けられてばかりの毎日。
「体調はどうですか? 昨夜は、よく眠れました?」
そう言いながら、私はさりげなく鬼塚のおばあちゃんの目の動きや顔色をチェックする。この患者さんは、つらくてもジッと我慢しちゃう傾向があるから。
それにはちょっとした理由があるのだけれど……
鬼塚のおばあちゃんが、「優花ちゃんはやさしいねぇ」と微笑んだ。
「優花ちゃんが、あたしの孫だったらうれしいねぇ〜」
「えーっ、おばあちゃんには、鬼塚主任っていう素敵なお孫さんがいらっしゃるじゃないですか〜!」
おばあちゃんが、たちまちとろけそうに目を細めた。
「うんうん、あの子はあたしなんかにゃあ、もったいないほどいい孫じゃよぉ〜」
「そうですよぉ〜、鬼塚主任はとっても優秀なナースなんですから。私、憧れちゃいます!」
そう、こちらの患者さんは、病棟で働く先輩ナースのおばあちゃんなのだ。だから妙に遠慮していて、つらくても我慢してしまう。孫が働く病院に入院してるのだから、もっと安心して甘えてくれてもいいのだけれど。
う〜ん、やっぱり担当の私が頼りないから?
「おばあちゃん! あとで一緒に屋上までお散歩に行きましょうねっ!」
「えっ、いいのかい?」
「うん、迎えに来るね!」
「ありがとねぇ、ほんとに優花ちゃんはやさしいねぇ〜」
えへっ、それほどでも!
そうだ、鬼塚主任のことも誘っちゃおう。病院でピクニックだー!
なーんて明るくバイバイして病室のドアを閉め、軽くスキップしながら廊下を歩く。そしたら突然、曲がり角からにゅ〜っと手が出て、ぺろんとお尻を撫でられた。
「キャッ!」
「よっ。相変わらずええケツやな〜」
「もう! 高見沢先生!」
ニヤニヤしながら立っていたのは、外科ドクターの高見沢先生。
白衣には不似合いな明るい茶髪とカラーコンタクト。
でも、腕は一流。
面倒見がよくて、患者さんにも人気がある。
だけど、ひよっこナースにセクハラしまくる悪いクセがあって……
「もー、院内でセクハラはやめてください!」
「ほーん、院外ならええの?」
ジロリと睨んだ私を見て、高見沢先生はますますニヤニヤッとした。
「うち、女やから、セクハラちゃうもーん」
「関係ないですよ、そんなの!」
「ははっ。優花ってほんま、そそるわー……。なぁ、うちら、もっかいつき合う?」
ドクン、と心臓が脈打って、 あわててくるりと背を向けた。そして小声で猛抗議。
「やめてください……、誰かに聞かれたら!」
「せやな」
高見沢先生は涼しい顔。 いつもひょうひょうとして、心の中が読めない人。
……あーあ、私、まだちょっとは好きなのかな? まさか!
かすかに揺れた心を、あわてて打ち消した。もう消し去ってしまいたい初めての恋。誰にも内緒だけれど、私はつい半年前までこの人の恋人だった。
看護学校の実習に来た時に口説かれて、最初は戸惑って逃げ回ったけど、結局すごく好きになってしまった。
もしかすると私って、女のヒトが好きなのかもしれない。
そう感じた出来事。
なのに、晴れて高見沢先生と同じこの病院に勤めはじめて、私はすぐに気づいてしまったんだ。高見沢先生が、私にナイショで二股をかけていたこと。
先生の目が本当にあたたかく注がれていたのは、外科のナースの……
「矢吹主任に殺されます、私」
「キャー、うちも殺されるぅ〜!」
精一杯のイヤミにも、そんな調子。 腹が立つけど、憎めない。
……ほんと、勤務する病棟が違ってたのが不幸中の幸いだわ。
「ところで先生、どうして内科にいらしてるんですか?」
「いや……、優花んとこの鬼塚主任、結婚するんやって?」
高見沢先生が、急に心配そうな顔になった。
ほんとは気のいい人なんだと思うのは、こんなとき。
「ええ、来春に決まったそうです」
「急やな」
「おばあさまのご病気もあるので、なるべくはやくにということです」
「ああ、肝硬変やったか」
「急を要する容体でもないのですが、なにぶんお歳なので」
私は小声で、でも微笑みをくずさずに答える。
高見沢先生が、かすかに私の目の中を探るような表情をした。
「平気か?」
「なんの話ですか?」
鬼塚主任は、同じ内科の先輩ナース。
そして、いまの私の……憧れの人。
厳しくてよく叱られたから最初のうちは怖かったけど、患者さんに接する姿は誠実さに溢れていて、いつしか私は彼女に憧れ以上の気持ちを抱いていた。
だけど、正直よくわからない。
“女の人とだって、恋できるんだ。”
そう知ってしまってから私、憧れと恋の境目が、よくわからなくて。
鬼塚主任と一緒に夜勤になった夜は嬉しくて、声を潜めてナースセンターでおしゃべりをしながら、ふと、いけない想像をしたりもした。
いまキスされても私、逃げないだろうなあ、なんて。
もちろん、そんなこと口に出したりしない。
だって鬼塚主任は、フツウに男の人が好きな女の人だから。
「無理しちゃって」
高見沢先生が私の肩をこづく。
なにも言った覚えはないけど、高見沢先生は私の気持ちに気づいてるみたい。ことあるごとに、うるさく冷やかしてくる。でも、今日は鬼塚主任が結婚するという噂を聞きつけて、わざわざ慰めにきてくれたのだろう。
「ムシャクシャしてたら、いつでも相手するで?」
「結構です!」
問題は、いまいち励まし方が間違ってるとこなのよね……
「優花!」
あっ、噂をすれば影。 鬼塚主任がカツカツと靴音を響かせながら、こちらに向かって早足で歩いてきていた。そしてキビキビと指示を繰り出す。
「優花、あんたに新患の担当、お願いしたいんだけど」
「ハイッ!」
元気よくお返事して、背筋をピシッと伸ばす。鬼塚主任は満足そうに頷くと、トレードマークの黒縁メガネを人差し指でクイッと持ち上げてジロリと一瞥、高見沢先生に睨みをきかせた。
「あら、高見沢先生、お暇なんですか? うちの新人にまでセクハラしないでくださいよ?」
「ははっ、鬼塚主任にはかなわんなー。で、おめでたなんだって?」
「それ、セクハラです。ちなみに、まだ子どもはできてませんから」
笑顔で軽くジャブを打ち合う二人。私も軽やかに笑い声をあげた。チクチク傷む胸のうちを気づかれぬように。
鬼塚主任に恋人がいることは知ってたし、 いつか結婚しちゃうのもわかってた。でも、ずっとこのままがいいなあって思ってたみたい。
あーあ、忘れるのにちょっと時間がかかるかも、ね……?
鬼塚主任は鬼の笑顔でひとしきり高見沢先生とやりあうと、 スッと仕事の表情に戻って、私にテキパキと新患の説明を始めた。
「十七歳の子なの。ストレス性の急性胃潰瘍で倒れたらしいわ」
「えっ、十七歳で?!」
「そう、最近の若い子は大変ね。もっとも、なんのストレスなのか、本人は心あたりがないんですって」
「えーっ、そんなはずはないですよね」
話を聞いてた高見沢先生が、やれやれとおおげさに肩をすくめた。
「まったく、近頃のガキんちょは弱っちいな〜。おおかた受験ストレスとかちゃうん? それかいじめか……、せやったらまあ気の毒やけど」
「さあ、どうなんでしょうね……あ、来たわ。あの子よ」
車椅子に乗せられた少女が、母親らしい女性に付き添われて、エレベーターから降りてきた。 痛みがひどいのか、背もたれに体を預けてぐったりとしている。
すぐ脇を通り過ぎていくその青白い横顔がとてもきれいで、私は思わず二度見した。
なんて大きな瞳。
それに柔らかそうなほっぺた…
そして薄く透けそうな桜の花びらのような唇ときたら……
「ストライクゾーンか?」
盛大にニヤつきながら囁いてきた高見沢先生のお尻を、私は鬼塚主任に見つからないようにこっそりと、でも思いっ切りつねってやった。
「いでーーーーっ!( TДT;)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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