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[第2話] 百合ナース! 〜かわいいあの子〜 [サロン連載]


新しい患者さんのお名前は、三浦みなみちゃん。

イマドキの女子高生らしく明るい茶髪で、片耳にピアスの穴が三つもあいていた。

むずかしい子だと困っちゃうなと思ったけれど、彼女はとっても礼儀正しい女の子だった。


「はい、みなみちゃん、お熱と血圧を計りましょうねー」


彼女は口を結んだまま、かすかに微笑んでうなずく。照れ屋さんな笑顔。

すこし人見知りなのか、検温するあいだ、所在なさげに窓の外を眺めたりしている。

真っ白な病室のなかで光に照らされて、色素の薄い瞳も肌も、ますます透きとおっていくみたい。私は思わずみとれてしまう。


この子ほんとに色白でうらやましいわー、そばかすひとつない。

ニキビに悩むお年頃のはずなのに、お肌すべすべだし……



「はい、終わりましたよー」

「ありがとうございます」


かーわいい!

やさしいアルトの穏やかな声。

こんなにいい子が胃潰瘍だなんて、いったい何があったのかしら。

びっくりするくらいたくさんのお友達がお見舞いにくるし、 きっとクラスの人気者なんじゃないかなと思うのだけど。


そう報告をすると、鬼塚主任も不思議そうに首をかしげた。


「そうなのよね。いじめがあったわけでもないし、問題行動もなかったというし。ご両親にも、まったく理由がわからないんですって」

「んー、本当にいい子なんですよねー。スレてないというか」

「美人だしね〜……って、これはあんまり関係ないか」


アハハと豪快に主任が笑う。黒縁メガネの鬼のカオとネタにされてる鬼塚主任。でも、私はとっても素敵だと思いますよ、なんて!


その時、急に病棟のロビーが騒がしくなった。


「みなみ、いつ退院するの〜?」

「先輩、試合までにはぜったい治してくださいね!」

「さみし〜ですぅ、先輩がいないとぉ〜!」


あらら、ほんとに人気者。

みなみちゃんを囲んで、女子高生の輪ができている。

彼女たちはすごく無邪気にキャッキャとはしゃぎあってて、まるで怖いものなしって感じ。


うーん、ほんのすこし前まで、私だってあんなふうだったのよね。

なんだか遠い昔のことみたい。

社会人って悲しいね……


お年寄りばかりの病棟だから、こんな光景はめったに見ない。

だから私たちはその様子をほほ笑ましく眺めていたのだけれど、 しばらくして鬼塚主任が「なんとなくわかったわ」と呟いた。


「あの子、そばを通る患者さんの顔色をいちいちうかがってんのよ。で、ムッとしてるみたいだと、ちょこっと頭を下げるの」

「あ、ほんとだ」

それは、気をつけて見ていないとわからないほどのかすかな仕草。 


「でも、お友達に『静かにして』とは言えないのね」


鬼塚主任は、そう言って苦笑した。

なるほど。みなみちゃんって、素っ気なさそうにみえるけど、本当は。


「しょうがない。静かにしろって注意してくるわ。あのままじゃ、ますますみなみちゃんの胃がやられちゃう」


ナースセンターを出ていく背中を見送りながら 鬼塚主任ってやっぱりすごいなあって思う。

嫌な役も患者さんのために引き受けて……憧れちゃいます私。


そんな鬼塚主任のやさしさに気がついた彼氏さんだもん。

きっと主任のこと、大切にしてくれますよね……



◇  ◇  ◇  ◇  ◇


買い物したいがヒマがない〜♪

ヒマがあったら寝ていたい♪

あああ〜〜〜♪


更衣室に向かいながら、アラフォーの先輩たちが歌ってた懐かしのCMソングをで口ずさむ。はー、なにげに身にしみるわ、この歌詞。


でも今日は急患が入らなかったから、珍しく定時退出。

窓の外はまだ明るい夕暮れのオレンジ色。


ひさしぶりに駅のほうまで出て、冬物でも買っちゃおうかな?

それとも、まっすぐ寮に帰って、たまにはちゃんとお料理しようか。


毎日、目が回るほど忙しくて、お休みの日もぐったり。

おかげさまで貯蓄だけは順調だけど、こうして貯めたお金をだめなオトコにつぎ込んじゃったりするのよ、ナースって。


わかるわかるー。

気をつけなくちゃ!


な〜んて、ろくでもないことを考えながら歩いていると、 二階の渡り廊下の窓から、中庭のベンチに座っているみなみちゃんの姿が見えた。


お友達とLINEでもしてるのか、俯いてしきりにスマホをいじっている。

私は眉をしかめた。

あの子、あんな薄着で外にいちゃだめじゃない!


「みなみちゃーん、風邪ひくわよー?」


ガラリと窓を開けて大きな声で呼びかけると、みなみちゃんが驚いたようにこちらを見上げた。


「そんな薄着で、外に出ちゃだめよー?」


精一杯やさしいお姉さんっぽく呼びかけてるのに、うしろを通りかかった知らない患者さんが「うわ、すげえアニメ声!」と呟いた。

ふん、どうせいい歳して子どもみたいな声ですよーだ。

私はめげずに続けた。


「みなみちゃーん、病室に戻ってー。夕方だから冷えちゃうわよー?」


みなみちゃんが、まわりの目を気にして、困ったようにキョロキョロする。そして恥ずかしそうに〈平気ですよ〉とジェスチャーで伝えてくるけれど。


「だめよーーーー」


しぶとく呼びかけたかいあって、みなみちゃんはしぶしぶ腰をあげた。

そうそう。ちゃあんとナースの言うことは聞いてもらわなくっちゃね!


中庭の出入口に続く階段を小走りに駆け降りる。

私が階段を降りきるのと、彼女が中庭のドアを開けて入ってくるのと、ほぼ同じタイミングだった。

その彼女の姿を見て、あたしは目を丸くする。


「背、高いのね」

いつもベッドに横になってるか、座ってるかのどちらかだったから気づかなかった。

そういえば、こんなふうに立って向かい合ったのは初めてかも。


「バレー部なんです」


みなみちゃんも、なんとなく不思議な表情で私を見下ろしている。

こう見るとあんがいちっこいなんて思ってるのかしら。

それとも……


「この人に点滴されてると思うと不安とか?」

「え、な、なんすか急に! そんなことあたし、思ってないすよ!」


うーん、やたら慌てふためくところがあやしいな。

まあ、いいわ。とにかく風邪ひかないように注意しとかなくっちゃ。


「だめよ、夕方に外にいたら冷えちゃう。もう秋なんだからね?」

「はぁ」

「入院してるのにLINEでもないでしょ?」

「んー、退屈なんすよ。話し相手いなくて」


そっかぁ。年の近い患者さん、いないもんね。


「じゃあ、お姉さんが退屈しのぎにつきあってあげよう!」 (^ー^)v


急いで帰ったって、なにか約束があるわけじゃないしね。

ううっ。

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