見出し画像

喜んでお金を払うと幸せなお金持ちになれる

今回も財運の話をしようと思います。


財運とは、金運とは違います。


財運を高めることが私たちの幸せにつながります。つまり、幸せになるお金や幸せをもたらす財を作っていこうということです。現在、私は財運に関する本を書いていますが、財運は哲学、信念、そして精神から成り立っています。そのため、本ではこれらについて詳しく説明しています。


この財運の中には、財運哲学という要素があります。


今回は、それについてお話しします。


前回は経費を削減することと売上を増やすことについて話しましたが、今回はもう一つの重要な要素について考えてみましょう。


財運を構成する中で、財運哲学を持つことが重要です。財運哲学とは、お金に対してどのような考え方を持ち、お金を使って増やしていくかという信念や原則のことです。


財運哲学にはいくつかのアプローチがありますが、例えば「お金は循環するものであり、与えることで増える」という考え方があります。これは、お金を増やすためにはまずは人に与えることから始めるということです。


寄付や慈善活動を通じてお金を使うことで、お金が循環し続け、自分自身にも幸運が訪れると信じるのです。また、財運哲学はお金の増やし方だけでなく、お金を使う目的や目標にも関係しています。将来の安定や家族の幸福、社会貢献など、お金の使い方を明確にし、それに向かって行動することも大切です。このような財運哲学を持つことで、お金との関係が健全で持続可能なものになります。


お金の考え方や使い方によって、私たちの財運も変わってきます。
お金を使う際には、お金の循環や使う目的を考えながら、自分自身の財運哲学に従って行動することが大切です。
それによって、より豊かで幸せな財運を築くことができるでしょう。


これはお金を支払うときに喜んで支払う


私の友人にこんな人がいます。
一緒に食事に行くとき、お会計の時にその友人がいなくなってしまうんです。それで毎回「ちょっとトイレに行ってた」と言うんですよ。その人はお金を払うのが嫌なんです。


でも私は「いいよ、と払っておいたので」と、店員さんに喜んでお金を払ったんです。


そして、今、その両者の間での資産の差は本当に大きいです。


要するに、これを仏教では「喜んで捨てる」というんです。仏教では「喜捨」という言葉もあります。


それは、お金を支払うときに喜んで支払うことを指しています。私も昔はこれができていませんでした。請求書が来ると苦しかったんですよね。


毎月郵便ポストを開けると、請求書しか来ないんです。電気代やガス代や仕入れ代など、苦しいわけです。お金を払ってくれと言われても、もう嫌だと思いながらずっと払っていました。


それで払い忘れて督促状の電話がかかってきたり、そういうときもありました。請求書やお金を払うことが苦しい時期も確かにありました。でも、苦しい時でもお金を嫌々払うのも、喜んで払うのも結局は同じです。


お金は出ていくものなんです。


例えば、電気代の請求書が来たとして、うっとしいなと思う代わりに、「ありがとう、関西電力さん」と思いたいんです。関西電力の従業員、株主、社長、役員の皆さんの日々の努力のおかげで、私は毎月快適な生活を送ることができています。本当にありがとうございます。と。


セブンイレブンでも同じですね。


おいしいコーヒーを100円で飲ませてもらって、本当に感謝しています。自分で作るとあんなにおいしいコーヒーはできないし、冷たいコーヒーが飲みたい時には冷たい状態で提供されるんです。温かいコーヒーがあったら熱々の状態で提供されるわけです。本当にありがとうございますと言ってお金を払うことが大切です。



お金の考え方



お金の考え方には、運命に対する好みや感謝といった精神性の違いがあります。運命は、喜びや感謝のエネルギーを発していくことで、それに応じた結果をもたらすものです。


一方で、恐怖や攻撃的な感情は悪い運命を引き寄せる要因となります。ですから、お金を支払う際には喜んで支払うことが重要です。支払いを喜ぶことは、自分が今の状況に感謝することでもあります。


お金を喜んで支払うことで、お互いにとって楽しい経験になります。私自身もビジネスをしていますが、お金を怒鳴りながら支払いにくる人と、感謝の気持ちを持ちながらお礼を言ってくれる人では、後者の方が良いパートナーシップを築くことができます。



お金を払うときの喜び



お金を払うときの喜びについて考えてみましょう。お金を払うことは、商売をする際には避けて通れないものです。しかし、それだけでなく、寄付や寄進といった行為もあります。これらは、自分が持っている余剰のものを他の人や社会に還元することです。


易者としても、情報を伝えることや隠すこともあります。


自分が知っていることを伝えることによって、他の人の役に立てることもあるでしょう。人間は、他の人のために何か良いことをしたときに、お礼を言われると嬉しい気持ちになります。それが人間の生きがいややりがいの一つであり、自分にもメリットがある行為です。


お金が関係しているからこそ、誰もが関心を持つのかもしれません。金銭の受け取り音が響くからです。しかし、金銭が響いても何も感じなければ、誰もが動くことはないでしょう。


自分の善行や良い行為、易者としての活動、寄付や寄進などを通じて、他の人や社会に貢献することで、自分自身も何かしらの報いが返ってくるでしょう。お金が付いてくるようなものだと考えてください。ですから、他の人の役に立つことや善行を行うことによって、お金だけでなく、様々な形で報われるのです。それがお金を払うときの喜びです。



自己の魂を向上させる行いの重要性


自己を向上させることは、とても充実感を得られるものだと私は思います。他人のために行動することは素晴らしいことではありますが、本質的には自己の魂を向上させるための行いであることを忘れてはいけません。

その行いの価値は金額には関係ありません。100万円や1千万円といった金額が多いからと言って、その行いが価値あるものになるわけではありません。たとえ10円でも、または5円でも、その行いが魂を向上させる意味を持つのであれば、それで十分です。

例えば、神社の祭典で、25円を投げ入れるという行為があるかもしれませんが、これはあくまで迷信の一つです。もしそれが自分自身にとって気持ちよいものであるのであれば、問題ありません。自分が心地よく感じることができるなら、10円でも100円でも、たくさんのお金でもかまいません。

したがって、私たちは財運を高める中で、その財運哲学を身につけるべきです。どのような行いが魂を向上させるのかを考え、自分自身の成長につながる活動を選択しましょう。与えること、助けること、他人を思いやることは、自己の魂を向上させるための一歩となるのです。

このような行いを継続して行うことで、私たちは自分自身をより豊かに成長させ、幸福を追求することができるのです。自己の魂を向上させるためには、他人に対する思いやりを持ち、行動に移すことが重要です。どんなに小さな行いでも、大切にしていきましょう。


経費を下げて売り上げを上げる考え



経費を下げて売り上げを上げるという考え方は、非常に大事です。
この哲学を持つことは、経費削減と売上拡大を積極的に考えることを意味します。そして、この経費削減と売上拡大のアイデアを徹底的に考えることが重要です。


それは、1年や3年ではなく、5年、10年、20年という長期的な視点で考えることを意味します。この考え方を自分自身の哲学として深く刻み込むことは、魂が鍛えられていくようなものです。このような姿勢を持つことで、さらなる成長が可能になるのです。



喜んでお金を支払う心意気の重要性

お金を支払うときに喜んで支払うことは、とても重要です。これは、貴社が取り組む仏教の言葉でもあります。喜んで捨てるということは、お金を支払うときに癒やしの気持ちで払うことを意味します。


感謝の気持ちを持ち、お気に入りでありがとうという風に支払うことが大切です。支払う金額は変わりませんが、嫌々払うか、喜んで払うかによって違いが生じます。


嫌々払うと5%割引になるかもしれませんが、嫌々怒りながら払っても金利は変わりません。むしろ、支払いを忘れた場合、余計に金利を払うことになります。だからこそ、喜んで支払う意識を持つことが重要です。


どうせ支払うのであれば、感謝の気持ちを持って支払うこと。
これは財運哲学の一環です。

私は9月28日頃に大きな支払いがありましたが、しっかりと準備が整っていました。大きな金額を支払う際は、どうしても不安な気持ちになるものです。


ここで重要なのは、不安な気持ちをどうやって消すかということです。


不安とは、自分が将来的に取り組もうとしている大きなことに対して悲観的なイメージを持っていることです。失敗した場合や上手くいかなかった場合、想定外のことが起きた場合など、様々な未来に対して悲観的な考えを抱くのです。これが不安という思考状態です。

不安という思考状態は、将来的に起きるかどうかわからないことに対して悲観的に考えることです。つまり、そのことはまだ起きていないことであり、必然性がないことです。


この不安な思考状態は、よく陥りがちなパターンです。しかし、逆に希望的な思考を持つことが重要です。


自分が行おうとしていることをどれだけ希望的に信じることができるかが、思考のコントロールにおいて非常に重要なことです。人間は同時に二つのことをすることはできません。立ったまま座ることや、走りながら歩くことはできません。同様に、不安な思考状態とは相反する希望的な思考を信じることもできません。



人間の行動の制限性



私たちは同時に2つの行動を取ることができない生き物であると言えます。つまり、私たちは常に1つの行動を選択する必要があります。


また、思考においても同じような制約が存在します。例えば、不安の状態と信じる状態のどちらか一方を選択することになります。


この制限性は私たちの行動や思考において、選択の必要性や優先順位の設定をもたらします。私たちは常にジレンマに直面し、選択を迫られることがあります。


不安を感じながらも信じることを選ぶのか、信じることで不安を取り除くのか、それぞれの状況に応じて我々は判断を下さなければなりません。

この制限性は私たちの日常生活においても顕著に現れます。例えば、仕事と家庭生活の両立、自己の満足と他者への配慮、即時の欲求と長期的な目標など、様々な選択が私たちを待ち受けています。


そして、その選択は私たちの行動や思考に大きな影響を及ぼします。

人間の行動の制限性は、私たちが人間として持つ特徴の一つであり、様々な局面で私たちの選択を形成しています。


それゆえ、私たちは自分自身に対して理解を深め、意識的に選択を行う必要があります。この制限性を理解し、柔軟な思考や行動を持ちながら、よりよい選択をすることが求められるのです。



不安と信じる思考

人々は普段、不安という思考を選択しやすい傾向がありますが、運命についてよく考える人は、信じる思考に切り替えていくことを考えています。


つまり、不安な思考に対して信じる思考を送り続けることです。この信じる思考の代替が習慣化し、境界を持つと、思考は後ろ向きなものから前向きなものに少しずつ変わっていきます。

しかし、例えば思考を制御することができたとしても、不安や悩み、後悔などの後ろ向きな思考が必ずしも現れなくなるわけではありません。思考自体がそういう性質を持っているため、後ろ向きな考えが浮かんでくるのは仕方のないことです。


ただし、思考をコントロールする達人の違いは、そうした状況でもすぐに変えることができるという点です。私の場合は、そういったコントロールをしています。

私は精神コントロールや思考コントロールについての教えを皆さんにお勧めしており、幸いなことに、その実践をしてくれている人が増えてきています。


効果を実感し始めている人も少しずつですがいます。私は精神コントロールの指導をしていますが、何かを買ってもらったり、どこかに行ってもらったりする特別なことは求めていません。


むしろ、内側から変革を起こすことが大切だと思っています。これは哲学的なアプローチであり、答えを与えるのではなく、答えを導き出せる人間を作ることが目標です。

私自身が答えを持っていなくても、様々な分野で答えを自ら解決できるような哲学的な試行や思考の活動が行われることを望んでいます。そうした活動を通じて、人々がより主体的に問題を解決できるようになればと思っています。

9月23日には大阪駅前の第2ビルの5階にある生涯学習センターで、会員向けの出版セミナーを行います。


まだ席には余裕があるようですので、予約サイトからお申し込みいただければと思います。それでは、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?