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「社会保障は弱者のため」という大いなる勘違い

「社会保障」という言葉に、「弱者を税金で食わせてやる」くらいのイメージを持っている人は少なくないだろう。

そのため、社会保障で生きる人たちが豊かな生活をすることへの怒りや反発が根強く存在し、かつては「生活保護受給者にクーラーは必要ない」とされたり、最近でも「生活保護受給者に車の所有を認めるべきか?」がネットで話題になったりしている。

しかし、「社会保障は弱者のため」という考えは大いなる勘違いであり、働く人たちをいたずらに分断するだけだと僕は考えている。

このことについて、

・社会保障が生まれた背景
・本当の意味で社会保障の恩恵を受けるのは誰か?

という2つの観点から解説したいと思う。


そもそも社会保障はなぜ生まれたのか?

社会保障は昔から当たり前にあったわけではない。かつての労働者たちは生活を保障する制度なんて全くないまま、今では考えられないような劣悪な労働条件を強いられていたのだ。

例えば、産業革命の時代のイギリスでは日雇労働者の平均寿命は15歳ほどだったと言われている。上流階級の平均寿命が35歳、商人と上層手工業者の平均寿命が22歳だったことと比べても、労働者の平均寿命が極端に短かったことがわかるだろう。日本でも、『蟹工船』や『女工哀史』といった小説で描かれているように、労働者は劣悪な環境で働かされていた。

そうした過酷な労働環境で多くの人々が苦しむ中で生まれたのが、共産主義という思想だった。共産主義は富を個人が独占することを「悪」であるとし、社会全体が富を分かち合い、すべての人がその能力に応じた働きをすることを目指した思想だ。

現代でこそ、

共産主義=中国・ソ連・北朝鮮=独裁・虐殺・圧政

というイメージが定着し、多くの人が抵抗感を抱く思想だが、現代のブラック企業も真っ青なくらい劣悪な労働環境が当たり前だった時代には、民衆の希望になりえた思想だったのだ。

もちろん、共産主義は「富裕層」「資本家」「権力者」といった人たちには絶対に受け入れることができない思想だ。彼らにとって共産主義とは、怒れる労働者による攻撃を誘発し、自分たちの財産や命を奪われる事態を招く危険思想だ。そのような事態を防ぐために、多くの資本主義国で共産主義が禁止され、日本でも治安維持法が制定されたりした。

とはいえ、ただ共産主義を抑圧するだけでは労働者たちの不満は消えない。そこで考え出されたのが、1日8時間労働や週休2日といった待遇の改善であり、医療費を国家が負担するなどの社会保障だ。つまり、共産主義の出現が資本家による労働者の搾取にブレーキをかけたと言える。

こうした歴史から分かるように、労働者の待遇改善も社会保障の整備も、決して労働者のことを思いやって生まれたのではなく、「持続可能な搾取」のために生み出されたものなのだ。

冷戦の終わりが搾取を再開させた

そもそも資本主義とは、少数の資本家が大多数の労働者を搾取し、資本家だけが豊かになっていくシステムだ。そんな思想の下で労働者が幸せになることは本来難しいはずだが、それが達成されていた時代があった。冷戦の時代だ。

今では想像することが難しいが、冷戦時代の資本主義国家には、「ある国が共産化すると隣接する国々が次々と共産化するのではないか?」という「恐怖」があった。中国の共産主義が朝鮮半島に広がり、それがやがて日本にも伝わる、といった具合に。これをドミノ理論と言う。

このドミノ理論は空虚な妄想ではなく、第二次大戦の直後は、少なくとも外見上は共産圏に住む人たちは幸せそうに見えたそうだ。一方、資本主義国では庶民が虐げられてる感じが確かにあったのだ。

そのような状況を受けて、「このままでは共産主義の波を防ぐことができない」と考えた資本主義国は、ケインズ経済学に基づいて再分配を手厚くし、国民全員の生活レベルを底上げすることを目指した。「成長」すなわち「労働者からの搾取」を制限し、労働者の頑張りがそれなりに報われる社会を作ったのだ。

それに対し、共産圏の国々はすべての労働者が「平等」であるがゆえに労働者が頑張るモチベーションが生まれず、徐々に資本主義陣営の成長に遅れを取ることになった。その結果、冷戦は資本主義陣営の勝利に終わったのだ。

冷戦の終結は資本主義国の富裕層と権力者にとって、共産主義に煽動された庶民による資産の略奪や暗殺を恐れなくていい時代の訪れを意味した。そこから西側陣営は徐々に福祉国家から方向転換し、アメリカのレーガン政権やイギリスのサッチャー政権、日本の中曽根政権のような「新自由主義的」と言われる政権が次々誕生した。資本主義が再び、際限のない労働者からの搾取を始めたのだ。

日本ではここ30年間労働者の給与が上がっていないにも関わらず、社会保険料や消費税は上がり続け、年金や生活保護費は削減されてきた。

その一方で、法人税や高額所得者の所得税の税率は下がり続け、株主配当も増え続けているという事実がある。冷戦が終わり、共産主義革命を防ぐために労働者に手厚い分配をする必要が無くなった結果と言えるだろう。

社会保障への攻撃は何をもたらすのか?

ここまで社会保障の歴史について長々と書いてきたが、要するに、「社会保障は労働者の反乱を防ぎ、資本家を守るために生み出された」ということだ。

そしてそれゆえに、冷戦の終結で共産主義という脅威が去ると、資本主義陣営の国々では社会保障を縮小するような方向転換が起きたのだ。

ここからは私見だが、冷戦後の格差問題のなかで、社会保障はそれまでにはなかった機能を持つようになったと思う。

それは…

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