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雑記(20230223)ー「風通しの良い記憶」ー

写真:先日行ったカフェ

今日は少々気分が落ち込んでいるため、短めに記す。

今朝のNHK「おはよう日本」の番組を見ていていいな、と思うことばがあった。

今朝の特集は母との関係(だった気がする)。青木さやかさんというお笑い芸人の方の母との関係を吐露した、いわばライフヒストリーであった。興味がある方はNHKが全文をサイト公開しているので読んでみてほしい。

母との生活、そしてその中で母に対する感情への葛藤を青木さんは描き出していた。
その中の一部を引用する。この局面は、青木さんの母が亡くなる少し前から亡くなった後にかけて、青木さんの青木さんの母に対するわだかまりが解けていった時の様子を語っているところである。

(青木)
母が亡くなったときに、ふと、弟と「うちの母親ってこういう人だったよね」と、何て言うのかな、冗談っぽく話せたときに、「あれ?記憶が重いものでなくなっているな」と思いました。意識があるうちに親子っぽい時間が持てた、人として通じあう時間があった、っていうのは、きっと母もそう思っていると思いますから、もう、よかったなあって思っています。
(越塚)
お母様に嫌という感情がなくなって、青木さん自身にどんな変化がありましたか?
(青木)
自分を嫌いじゃなくなってきた、っていう方向に進めるようになりました。私は娘と関わっているときに母を自分の中に見つけることが多いんですけれども、この声のトーンは母に似ているなとか、言い方とかですね。母が嫌いだったときは自分の中に母を見つけると、それをなくしたくてしようがなかったですね。そんな自分を嫌いだった。でも母のことが嫌いでなくなってからは、自分の中に母を見つけると、懐かしささえ感じる。
(越塚)
懐かしさを感じるんですか?
(青木)
感じますね。
娘が「その言い方はおばあちゃんに似ているよ」と言って、「おばあちゃんよりひどくないでしょ」みたいな、すごく風通しのいい記憶になっている。それは生きやすさにつながっていると思います。
(「青木さやかさん 母とのわだかまりを乗り越えて」より。太文字は記事執筆者による)

太文字にあるように青木さんは母との生活の記憶を「すごく風通しのいい」と表現している。これが私にとって心を打つ表現だった。

私は現在病いの中で(他の人にとっては何でもないことなのかもしれないが)今まで生きてきた中での過去に囚われていることがある。特に4年前、叔母が急逝した前後の記憶は、今でも私を縛り付けている。


「忘れたい記憶」ということばがある。これを私は使いたくない。その思い出があったことは決して忘れたくはない。叔母は私のことを本当に可愛がってくれた。世話もたくさんしてくれた。

しかし、叔母が亡くなって(私にとってはすぐの)現状その記憶は、到底受け入れられるものではない。その葛藤が今まで私にとって苦しかった。だからこそ、記憶を想起させるものには近寄らないように恐る恐る生きていた。

「風通しの良い記憶」という表現は私にとってしっくりくるものだった。「忘れたいわけではないがしかし、今は思い出したくはない記憶」、つまり、「風通しの悪い記憶」もあるだろうということを私に気づかせてくれた。

青木さんの考えとは違うのかもしれないが、今は風通しが悪く、見向きできないかもしれないけれど、いずれ思い出してもいい、保留しておいても大丈夫かもしれないということがわかった。

叔母に関する私の記憶の中にもいずれ一筋の新鮮な風が吹く日が来るのだろうか。

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