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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;2

ナゴヤ:バッドカンパニー

「悪の組織? ……ミカが?」

 キョウが混乱していると、低い「ブーン……」という音と共に、蔦の葉に埋もれていた壁面の大型画面が一斉に起動した。

 汚れの溜まった画面は蔦のカーテンの下でうっすらと光り、何やら動く者の影絵を映していた。スピーカーがザラザラと、小さな砂嵐を起こしたかと思うと、人工的なエフェクトがかかったかのような声がしゃべり始めた。

「『新たなボスの誕生、実に喜ばしい事だネ。私もやっと、表に出られるというものだヨ』」

「えっ? 今度は、何?」

 戸惑うキョウが辺りを見回していると、足元のタイルの一つが持ち上がり、長い杭のように伸び上がった。地面から生えてきた柱にも、小さな画面が取り付けられている。画面の向こうでは大きな目を持つ小さなミュータントが、保安官見習いの男をじっと見つめているのだった。

「わあ!」

「『おっと、お初にお目にかかるネ、アキヤマ保安官とこのご子息。私はズノ。“明けの明星”勢力圏のネットワークインフラ管理者であり、その一部でもある。組織が活動していなかったからネ、この20年は表には出なかったけど、キミの事はモニター越しに把握していたヨ。改めてよろしく、どうぞお見知りおきを』」

 杭の中央から小さなメカニカル・アームが伸びて、握手を求めるようにキョウに差し出された。保安官見習いが恐る恐る、手のひらで包むように握ると、機械の細腕は見た目から想像できぬほどの勢いで、青年の腕をブンブンと振り回した。

「わっ!」

「『フハハハ、どうだネ、意外とパワーが出るものだろウ?』」

「ズノさん」

 ミカの一声で、メカニカル・アームはするりと収納された。

「『申し訳ない、お客様にふざけすぎましたネ』」

「いや、それはいいよ。ずっと制御室でひとりぼっちで、退屈だったろうし。これでキョウ君と仲良くなるきっかけになるなら、それはそれでいいと思う。……でも、そろそろ仕事の話をしようか」

「『……了解しました、ボス。キョウ君も済まなかったネ』」

「ええ、いえ、大丈夫です……」

 落ち着き払ったミカの言葉に、スピーカー越しの人を食ったような声も途端におとなしくなる。ズノの返事を受けて、若き女主人はくるりとキョウに振り返った。

「じゃあ、キョウ君、私ちょっと用事ができたから。……今日は送ってくれてありがとう」

 ミカの「襲名宣言」以来、次々と押し寄せてくる新たな情報に目を白黒させていた青年は、いつも通りに明るく笑う少女にほっとして答えた。

「ああ……ええと、頑張って……?」

 保安官見習いの青年が発する気の抜けた応援の声に、悪の女首領見習いは思わず吹き出した。

「ふふっ! お巡りさんが悪者のボスを応援するなんて、変なの! ……でも、いいわ。ありがとう、キョウ君。おじさまにもよろしく伝えておいてね」


「……なんて、ことがあったんだよ」

「ほう、シモンのとこのお嬢さんが、遂になあ。大きくなったものだ……」

 集合住宅の入り口部分に設けられた小さな保安官事務所の一室、居住スペースに作られた食卓に、食事を終えたばかりの壮年の保安官と保安官助手の青年が向かい合い、席についている。キョウの話を聞いていたアキヤマ保安官は目を細め、感慨深そうに自らのあごを撫でた。

「……いいのかよ、“父さん”、その……」

「何がだ? ……それと、事務所にいるときには保安官と呼びなさい」

 ごま塩頭の保安官は普段通りのとぼけた調子で青年をたしなめると、模造麦茶の入ったグラスを傾けた。キョウは「保安官」と言い直して話を続ける。

「その、ミカやアオオニのおじさんが『“ワル”になる』とか、『ナゴヤを征服する』とか、もう、何が何だか……冗談にしたって大真面目だし……」

「冗談じゃないぞ」

 グラスを置いて答える父親の大真面目な顔を、キョウはまじまじと見た。

「はあ?」

「お前はミカちゃんのお父さん、憶えてるか?」

 保安官の質問に、青年は肩をすくめる。

「ミカのお父さんが亡くなったのって、俺が2,3歳の時だろ? 憶えてるわけないよ」

「まあ、それもそうだな……」

 アキヤマ保安官は昔を思い返すようなぼんやりとした視線を宙に向け、再びグラスを傾けた……が、氷がカランと音を立てるだけだった。

「おっと……」

 麦茶を飲みほしていたことに気づくと、アキヤマはテーブルの上に置いていたポットから茶を注いで、再び飲み始めた。

「うむ……ふう」

「……おい! ちょっと……父さん!」

「だから、父さんはやめろと言っただろう。……で、ええと、何の話だっけ?」

 キョウはため息をついて、自分のグラスの模造麦茶をぐい、と飲んだ。

「ミカとアオオニさんの言ってた、“悪の組織”って何なんだよ?」

「悪の組織は、悪の組織だ。オオスの遺跡……今、ミュータントたちが多く暮らしているところだな……そこを拠点に、ナゴヤ・セントラルの保安部と闘って、ナゴヤの町を征服しようとした組織があったんだ。それがミカちゃんの両親が作った“明けの明星”だ」

 懐かしそうに、ちょっと誇らしそうに話す保安官を見て、青年は「むう……」と小さくうなる。

「父さんとミカの両親やアオオニさんって、仲良かったんだろ? ……いいのかよ、それ?」

「いいって、何がだ?」

「何がって……“悪の組織”なんだろ? 冗談でも、なんでもなくて?」

「……ははは!」

 自らの心配事にも自信がなくなってきたキョウの質問を聞いて、父親は愉快そうに笑った。

「そうだとも、彼らは真剣だったし、それに強かった。……事故というか、仲間を守るために亡くなってしまってな。まだ若かったというのに……」

「……父さんは、彼らの味方なのか?」

「味方……?」

 保安官はぽかんと青年を見た後、小さく笑った。

「それは何とも……何と言ったらいいものか……」

 保安官見習いの青年は黙って、オオス遺跡のある管区で長年保安官を務めてきた父親を見ている。アキヤマ保安官は咳払いして麦茶のグラスを置き、姿勢を正して息子に向かい合った。

「なあ、キョウ、“悪”って何だろうな?」

「はあ? ……ええと……法に反すること?」

「まあ、そうだな。それで法を犯した奴を捕まえるのが、俺たち保安官の仕事、ってことになる。……けどなあ、キョウ。この街を見て、どう思う?」

 父親は息子に背を向けて、事務所の窓から外を見た。吹き抜けから遠く離れた地下回廊の中には陽の光は射さず、昼も夜もなく走るネオンライトと飛び交う広告サインの立体映像によって照らされている。しかし、しばらく目を凝らしていると、ところどころで光の消えた区画があった。

「どう、って、言われても……色々あるけど、嫌いじゃないよ、俺は。他の町で暮らしたことないから、比べようがないところもあるけど。後は……強いて言うなら、寝る時とかにまぶしくて、落ち着かない時はある、かな」

「確かに、俺たちにとっちゃ、この町は悪いところじゃない。バケモノ動物も来ないし、街のメンテは掃除用のオートマトンがやってくれる。地下だけど、夜も明るい、安全な暮らしだ。……けど、それは誰でも同じってわけじゃない。……それはわかるな?」

「ああ。……オオス遺跡やその周り、ミュータントや貧しい人らが暮らしているところだろう?」

「そうだ」

 保安官は立ち上がって窓に近づいた。視線はずっと先、保安官事務所からは見ることができないはずのオオス遺跡に向けられているようだった。

「ナゴヤの公共サービスは、大企業がつくった“組合”によって提供されている。灯りも、その他電気や水道も、それに都市ネットワークへの接続も、な。“一応は”ナゴヤに住む者ならば、等しくサービスを受けることができる……町に溢れるコマーシャルを見せられることと引き換えに。……だが、お前が言う通り、恩恵を得られない者たちもいるわけだ」

「“協力金”……」

 青年がつぶやくと、父親が振り返る。

「そうだな。 “協力金”、オートマトンや広告を置くための費用は、それぞれの居住区が持つ。設備を新しくするときにも払わないといかん。払えなければ、当然サービス自体が受けられなくなる。それだけじゃない。そもそも、“採算が合わない”エリアや、あるいはもっと特殊な事情……“組合”の都合が悪いところは相手にもしない。ミュータントが暮らす地域なんかはそうだ」

 キョウはアキヤマ保安官の話を聞きながら、カレッジから帰るミカと一緒に歩いた道を思い出していた。保安官は保安官見習いが黙っているのを見て、話を続ける。

「自分たちで発電したり、水を引いたり、ネット回線を通すことは違法行為だ。インフラ接続は“組合”がまとめて管理しているからな。企業同士が必要以上に競争しないように……ということだが。だが、キョウ。企業から見殺しにされているニンゲン、金のないニンゲンや世間から怖がられたり、相手にされないミュータントたちが法に背いてでも人並みの生活をしようと思って、自分たちでインフラを作っていくことは“悪”なんだろうか?」

「それは……」

 答えに困る息子を見て、父親は「ふふ」と鼻で笑い、肩をすくめた。

「意地の悪い訊き方で、すまん。俺たち保安官は、違法行為を取り締まるのが仕事だからな。だから、まあ……犯罪を認める、などとはとてもじゃないが、よう言わんわけだ」

 保安官はそう言うなり、大きく口を開けてあくびをした。

「さて、そろそろいい時間だ」

「でも……」

 自室に引っ込もうとする父親の背中に、青年が声をかける。

「何だ?」

「父さんだって、今の状況のままでいい、って思ってるわけじゃないんだろ?」

 まっすぐな息子の視線を受けて、ベテランの保安官はため息をついた。

「……まあ、それ以上の事は俺には言えんのだ。それが保安官として、長く続ける“こつ”だよ」

 何か言いたそうに、しかし言葉が出ずに再び黙った青年の目をじっと見た後、アキヤマは再びくるりとキョウに背を向けた。

「まあ、それは、あくまで俺のやり方だってことだ。お前さんはどうしたいのか、自分で考えたらいいさ。……んじゃ、おやすみ」

「父さん」

 手をひらひらと振ると、保安官は返事をせずに、さっさと自室に向かって歩いていく。青年はそれ以上の声をかけられないまま、父親の背中を見送るのだった。

(続)

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