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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;11

ナゴヤ:バッドカンパニー

 ネオンサインと蛍光色の看板に照らされる繁華街に、人々の悲鳴が響く。ショーウィンドウは割られてガラスが飛び散り、ちぎれた配線からは火花がはじけていた。

「ガハ! アハハ! ハアッハッハッハ!」

 混乱する人の波を追い散らしながら、悠々と歩く剛毛の巨体。粗雑なプロテクト・アーマーを身に着けた獣面のミュータントは野太い声で笑いながら腕を振り抜いた。“アンコ・アンカケ・スパゲティ”と書かれた店の壁に大きな穴が開く。突き刺さるようなサイレンの音が鳴り響いた。

「ガハハ、逃げろ、逃げろ!」

 筋骨隆々の獣人は牙を剥きだして笑いながら、ぶら下げられている看板の列を叩き落とす。

「俺は“明けの明星”だぞ! 舐めるんじゃねえぞタワケどもが!」

 逃げ惑う人々の中をかき分けて走り込んできた警ら隊員を剛腕で殴り飛ばし、ミュータントの暴徒はうなりをあげる。次々とやってきた隊員たちが盾を並べて壁を作るが、獣面のミュータントは丸太のような両腕で押しのけ、布を裂くように壁を打ち破った。

「弱い、弱いわ!」

 盾の後ろに控えていた隊員たちが銃を構え、暴徒鎮圧用のゴム弾をミュータントに撃ちこむ。しかしゴム弾は剛毛に覆われた巨体にはじき返され、獣人の足元にバラバラと散らばった。

「真人間用の豆鉄砲なんか、効くわけがないだろうが! ……さあ、どうしてやろうか。一匹ずつなぶり殺してやろうかな。どんな死に方がいい? ハハハハ!」

 残忍に笑うミュータントの周囲は静まり返っている。吹っ飛ばされながらも誘導に走り回っていた警ら隊員たちによって、住人たちは既に避難を済ませていたのだった。盾の壁が再び張り巡らされ、獣人の周囲を取り囲む。

「なんだあテメエら、かかってこいや!」

 警ら隊はスクラムを組んだまま動かなかった。暴漢は口の端から伸びる鋭い牙をぎり、歯ぎしりさせる。

「クソどもが! それなら、一匹ずつ引っこ抜いてやるよ!」

 獣人の啖呵に応えるように、パトロール・カーのサイレンが近づいてきた。

「腰抜けがまた増えるってのか?」

 挑発するようにミュータントがあざ笑う。

「『隊員の皆さま、お勤めご苦労様です! 鎮圧業務に巻き込まれる恐れがありますので、後方への退避をお願いします!』」

 サイレンとともに電子音声が呼びかけ、盾の壁が解体されていく。後退していく隊員たちの向こうから、煌々と輝くヘッドライトが近づいていた。

「『“警ら戦隊トライシグナル”、ただいまより鎮圧業務に入ります。繰り返します、一般警ら隊員の皆さまは、速やかに後方にお下がりください』」

「ちくしょうが、バカにしやがって!」

 アナウンスを聞いた獣面の男は、タテガミを逆立てて怒り狂った。倒されて転がっているドラム缶をつかむと、走り込んでくるパトロール・カーに向かって放り投げた。

 路面の補修材を詰め込んだドラム缶は放物線を描いて飛んでいき、車のフロントガラスに突き刺さる。パトロール・カーは大きくよろめいてロードサイドのダンゴ・スタンドに突っ込んだ。

「フン」

 鼻を鳴らし、動かなくなったパトロール・カーをあざ笑うミュータントの頬を、減圧レーザーがかすって通り過ぎていった。レーザー光線は暴徒が穴をあけた店の残骸に突き刺さり、木っ端みじんに吹き飛ばす。

「クソが!」

 慢心していた獣人の目の色が変わった。事故車両からは無数のレーザー光線を放ちながら、三色の影が飛び出す。獣面のミュータントは街の残骸を盾にしながら叫んだ。

「何だテメエらは!」

 三色の影はダンゴ・スタンドの屋根に跳び上がり、障害物越しにミュータントを見下ろしていた。

「“赤い閃光、シグナルレッド”!」

「“黄色い電光、シグナルイエロー”!」

「“緑の燐光、シグナルブルー”!」

 獣人に応えるように三人は名乗りをあげ、大振りのアクションでポーズを決める。

「私たちはナゴヤを守る、三つの光! “警ら戦隊、トライシグナル”!」

「戦隊? ……緑がブルー?」

 獣人はあっけにとられて、ぴっちりとしたスーツに身を包んだ三人娘を見上げていた。トライシグナルは銃をガンベルトに戻すと、電磁警棒を引き出して構える。

「ブルー、イエロー、暴れてるミュータントをお願い」

「了解」

「任せて!」

「私は……ボスを探すわ!」

 警ら戦隊は短くやり取りを交わすと、光を散らすようにダンゴ・スタンドから跳び出した。


 シグナルレッドはところどころが崩れた屋根の波に飛び乗った。頭上には天井と垂れ下がる通風孔が迫り、足元から蛍光色の街灯りが照らし出される、横長の空間がぽっかりと広がっている。見回した視界の先、周囲よりも一段高くなった平屋根の上に、ピンク色の妖しい光が浮かんでいた。

「いた……!」

 マント姿の少女が、光を放つ両目で街を見下ろしている。レッドは宿敵をめがけて、屋根を蹴って走りだした。

「みかぼし!」

 叫びながらとびかかり、電磁警棒を振りかぶる。“みかぼし”はちらりと視線をレッドに向けると、レッドの右手を掴もうと手を伸ばした。

「うらあっ!」

 レッドは“みかぼし”の間合いに入る前に、叫び声をあげながら大きく体をひねる。無理やり体勢を変えることで、女首領の手から逃れた。相手をつかみ損ねた“みかぼし”も後ろに飛びのき、レッドから間合いをとる。

「……驚いた。よく鍛えたわね」

 “みかぼし”はレッドに感心して嬉しそうに声を上げる。自らの仲間を称えるような響きすらあった。レッドは警棒を構えながらも、間合いを保ちながら女首領と向かい合う。

「そんなことは、どうでもいい! ……あなたは、何をするつもりなの?」

「何を……って、なんだか今日は、そんなことばかり訊かれるわね。ふふふ」

 レッドの問いかけに女首領は愉快そうに笑う。

 このまま打ちかかっても、返り討ちにあうだろう。レッドは警棒の切っ先を“みかぼし”に向け続けながら、ヘルメットの下で歯噛みした。

「うるさい! ……何で、あんなモノを送って来た?」

「あんなモノ……?」

 “みかぼし”は少し考えた後、にこりと微笑んだ。

「ああ、ナムラのレポートね。お役に立てたかしら?」

「役になんて……あんなモノ、私たちにどうにかできるわけない! 上も取り合ってくれないし……!」

 悔しさのこもった、ため息のような怒りの声を、女首領は静かに聞いていた。

「そうでしょうね。企業連合のスキャンダルなんて、あなたたち保安局には、どうにかできるものじゃない……」

「じゃあ、何で!」

 叫びながらレッドが打ちかかる。“みかぼし”は動じずに、マントを翻しながら警棒を受け流した。

「あなたたちに、知ってもらいたかったのよ」

「何? 部下にはあんなこと言って、あなただって私たちの同情を買おうっていうの?」

「そんなつもりは……ない!」

 女首領は鋭い声で否定しながら、尚も迫るレッドを蹴り飛ばした。

「きゃあっ!」

 突き放したレッドを、妖しく燃える両目が見据える。

「見くびらないことね。こんなことであなたたちをなびかせることができるなんて、私は思っていないわ。情報を渡したことで労働者たちの扱いが変わるなんてことも、全く期待していない」

「じゃあ、何で……?」

 レッドは尻もちをついた姿勢のまま、“明けの明星”の女首領を見上げていた。

「あなたたち“トライシグナル”には、私たちにとって“よい敵”であり続けてもらいたいのよ」

「わけがわからない……!」

 “みかぼし”は闘う気迫をそがれたレッドを見下ろしていた。相手を射抜かんばかりの眼光はすっかり穏やかな、若い娘のまなざしに戻っている。

「これは私の都合だもの、わかってもらわなくてもよろしくてよ……話はそれだけ? なら、ごきげんよう」

 あっさりと踵を返す女首領に、レッドは慌てて立ち上がる。

「ちょっと! 暴れているミュータントは何? あれは、何が目的なの?」

「……ああ、あれ?」

 “みかぼし”は振り返ると、気のない声で返した。

「あれは“明けの明星”の名前を騙るニセモノよ。“ニューロウェイブ”に声明を出させてるけど……まだ見ていないのかしら?」

「えっ? ……ええっ!」

 レッドが慌てて携帯端末を操作する。都市回線を使ったニュース・サイトを開くと、トップの画像が“明けの明星”からの声明文に差し替えられていた。“ニューロウェイブ”がクラッキングしたのだろう。

「放置するのはよくないと思って駆けつけてみたけど、あなたたちが逮捕するならばお任せするわ。三人がかりなら大丈夫だと思うし、早く行ってあげたら?」

 “みかぼし”はそう言うなり軽々と跳び上がり、屋根を伝って去って行く。

「ちょっと! ……ああ、もう!」

 遠ざかって行く女首領に声をかけようとしたレッドはすぐにあきらめ、電磁警棒を握りしめて屋根から飛び降りた。

「グルルル……グアアア!」

 廃墟の中を走りながら、獣面のミュータントが吼える。黄色と緑色の影が周囲を走り、絶え間なく減圧レーザーを撃ちこんでくるのだった。

「アマどもが!」

 レーザーをすり抜けながら発砲地点にたどり着いた時には、既に相手の姿はなかった。そして再び、別の物陰からレーザー光線が飛んでくる。追われる側に回った獣人は悔し紛れに叫んだ。

「出てこいや! テメエらみてえなザコが、“明けの明星”に勝てるわけねえだろうが!」

 物陰に潜んでいたヤエはそっと顔を出し、暴徒を見ながらインカムに話しかける。

「どうしようキヨノちゃん、私たちには無理だよ!」

「『落ち着いてヤエ。あんな相手、レーザーが当たれば大したことないわ』」

「そんなこと言うけどさあ、こんなに邪魔な物があって、襲ってくる相手に全然当てられないよ! 警棒の電気ショックも効かないしさあ!」

 イエローの声を聞いて、ミュータントが物陰に視線を向けた。

「そこか! ぶっ殺してやるぞオラア!」

 獣人の重い足音に飛び上がって、イエローは走り出す。

「ひゃあ! どうしようキヨノちゃん、ソラちゃん!」


「落ち着いてヤエ! すぐに援護に……!」

 声をかけたキヨノが銃を構えて飛び出そうとした時、屋根の上から赤い影が飛び降りて、ミュータントに頭上から襲い掛かった。

「やああ!」

「ちくしょうが!」

 叫び声を聞いたミュータントは顔を上げ、剛毛に覆われた腕で電磁警棒を受け止める。

「そいつは、効かねえんだよ!」

 電磁警棒を払いのけて獣人が叫ぶが、レッドは吹き飛ばされながら次の指示を飛ばしていた。

「二人とも、今!」

 路地の真ん中に立ち尽くしていたミュータントの両膝を、二筋の減圧レーザーが貫く。巨体がぐらりと揺れて路面に倒れ伏せた。体勢を立て直したレッドはすぐに飛び掛かり、苦痛に呻く獣人を縛り上げた。

「“明けの明星”を騙るテロリスト、逮捕します!」

「グ、ググ……!」

 四肢を縛られた暴徒は地虫のように体をよじり、抵抗を続けている。

「クソ、放しやがれ! すぐに“明けの明星”の増援が来るぞ!」

「観念しなさい、あなたが偽物だってことは、ウラが取れてるんだから」

 建物の影からブルーとイエローが走り寄ってくる。イエローはぴょんぴょんととびはねて、ひらひら両手を振っていた。

「レッド!」

「お疲れ様、やったねえ!」

「二人ともありがとう、お疲れ様」

 三人はトライシグナルのスーツを解除すると、痛みに歯ぎしりするミュータントを囲んで見下ろした。

「それで、ソラ、このミュータントが偽物だというのは?」

 足元から「黙れ」「ぶっ殺すぞ」などの罵声が飛んでくるのを気にせずにキヨノが尋ねると、ソラが肩をすくめる。

「さっき“みかぼし”が屋根の上に来てた。本人から、コイツは“明けの明星”の名前を騙って暴れている偽物だから、とっ捕まえてくれ、って。私たちがここに来る間に、ニュース・サイトに声明文も出されてたわ」

 通信端末を見ていたヤエが声を上げる。

「……ああ、これかあ! ほら見て犯人さん、あなた、“明けの明星”のメンバーじゃないんですって!」

 “声明文”が映し出された画面を顔先に近づけられると、獣人は幾分弱まった調子で「黙れ……」と言い返す。その後は黙り込み、背中を丸めて固まってしまった。

「あらら……元気なくなっちゃった」

 パトロール・カーのサイレンが近づいてくる。周囲の安全が確認されて、後方に待機していた部隊が戻ってきたのだった。キヨノはホッと息をつく。

「ミュータントはまず手当を受けさせるとして、これで一件落着ね。……それにしても、ソラが“みかぼし”を見つけた後にあっさり戻ってきてくれて助かったわ」

 ソラはキヨノには答えず、“みかぼし”が去った方向の天井を見つめていた。

「……ソラ? “みかぼし”と何があったの?」

「え? ……ううん、何でもない」

 遥か彼方に意識を奪われていたソラはハッとすると笑顔を作り、「うーん!」と大きく伸びをした。

「……さあ! お仕事も終わったことだし、さっさと戻って、ちゃちゃっとレポートをまとめちゃいましょう!」

(続)

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