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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;4

ナゴヤ:バッドカンパニー

 自転車を飛ばす保安官見習いのインカムに、アキヤマ保安官が話しかける。

「『キョウ、通報の内容は頭に入ってるな?』」

「暴行事件……男が暴れている、としか……」

「『おいおい、準備しながらでいいから、少しでも目を通しておけよ!』」

 ところどころネオンサインが壊れ、光も薄くなっている通りを自転車と小型車両が走る。自転車に取り付けられた非常灯とサイレンに気づいた住人達が、左右に逃れて道を開いていった。保安官は説明を続ける。

「『ホシはオオス遺跡近辺に住むミュータント、半グレの男だ。地域で共有のミール・ジェネレータを使おうとした時に、ミュータントじゃない住人と順番争いになった。それで』」

「腹を立てて暴れた、ということですか?」

「『そうだ。やっこさん、外骨格型で力もそこそこある。俺も急いで行くようにするが、お前も早く、現場に向かうんだ』」

「了解!」


 カミマエヅ地域の共有地前はコンテナやごみ箱が転がっていた。近隣の住人達が遠巻きに輪を描き、ミール・ジェネレータが置かれた建物の周りで人垣を作っている。

「すみません、保安官事務所の者です!」

 サイレンを鳴らしながら自転車が乗り付けると、住民たちは一斉に振り向いて道を開けた。保安局のパトロール・カーも続いて駆けつけ、ソラとキヨノも現場の前に降り立った。通報したと思われる中年女性が振り返る。

「ああ、ありがとうございます!」

「暴れている男は……?」

「はい、あそこに……!」

 女性が指さす先に、二人の男の姿があった。鱗のような装甲に覆われた男が、非ミュータントと思われる男の首つかみ、ギリギリと締めあげている。非ミュータントの男は苦しみ、うめき声をあげながらも、かろうじて抵抗を続けていた。

「あれが……」

 キョウはホルスターに収めた暴徒鎮圧用のゴム弾銃に手をかける。


――勤務に入る時に確認した通り、弾は入ってる。けど、犯人を狙って当てられるか……?


「畜生、畜生、馬鹿にしやがって……!」

 外骨格の男は左右に開くアゴをガチガチと打ち鳴らしながら、唸るように吼える。追いついてきたソラが「わっ……!」と短く声をあげた。すっかり顔色が戻ったキヨノが身構える。

「ミュータントの暴徒、ですか」

「二人とも、どうしようもなさはたいして変わらないのよ。ミュータントの彼だって、そこまで酷い子じゃないわ」

 想像以上の人数が駆けつけてきたことに目を丸くして、住民の女性が言う。

「言いがかりをつけられて、ジェネレータを使う列に横入りされたんだから、怒るのも当然なんだけど……でも、このままだと大事になってしまうから、何とかケンカをとめてほしいの……!」

「わかりました、やってみます……!」

 キョウは銃に手をかけながら、二人の前ににじり寄った。

「もう許さねえ、馬鹿にしてきたことを後悔させてやる……!」

「やめろ!」

 殴りつけようと装甲に覆われた拳を振り上げるミュータントに向かって、保安官見習いが叫んだ。

「保安官事務所14分署だ、大人しくしろ!」

 錆色の甲羅に覆われた顔が振りむく。血走った目が、青い制服の青年を捉えた。

「ああ! 畜生、ポリまで来やがった!」

「暴行の現行犯で、逮捕する!」

 頭に血が上った有隣ミュータントは、締めあげていた男を放り捨てた。

「ぐえっ」

 崩れたゴミ箱の山に倒れ伏せた男は顔をあげると、「ひいっ」と情けない悲鳴をあげて逃げ出した。ミュータントは既にケンカ相手を追いかける様子もなく、保安官見習いにじり、と迫る。

「てめえ、邪魔すんな!」

 キョウはためらわずにゴム弾銃を構え、近づいてくる男に向けた。

「ポリの使いっ走りが! てめえもギタギタにしてやるよ!」

「……くっ!」

 立ち止まらないミュータントに、青年はゴム弾を放った。ゴム塊が脚に、腕に当たるが、鎧のような装甲は薄っすらと煙をあげるだけで、弾丸を弾き飛ばす。ミュータントは愉快そうに笑い声をあげた。

「ハハハ! 効かんなあ!」

「くそ!」

 やむを得ず胸を、頭部を狙うが、分厚い装甲が弾丸をはじくのは変わらなかった。有隣ミュータントは笑いながら大股で歩き、保安官見習いに近づいた。

「どいつも、こいつも……うぜェんだよ!」

 有隣の男がキョウにつかみかかろうと手を伸ばした時、足元のタイルが飛び散って、土ぼこりをあげた。

「わあ!」

「うおぉ!」

 割れた地面から飛び出したものは、水銀のような塊だった。液体のような滑らかさで噴きあがったかと思うと、驚き固まっていた有隣のミュータントに覆いかぶさった。

「あああ! くそ! 離れろ!」

 有隣の半グレ男がもがこうとするが、銀色の粘土はがっちりと固まって動きを封じている。

「そんなんじゃ効かないぜ。……まったく、何で男を縛り上げなきゃいけねえんだよ」

 銀色の塊がもぞり、と動くと、愚痴っぽい軽薄な声が漏れだした。腰を抜かしてへたり込んでいたキョウは起き上がると、恐る恐る銀色の塊をつついてみた。

「これは……“ぎんじ”か?」

「ひゃあ! やめて、そこはお尻なの! っていうか、今は仕事中だから! お願いだから、“ぎんじ”って呼ばないで!」

 粘土塊が波打つように動き、野太い男の悲鳴が上がる。ソラが恐る恐る、キョウの背中から首を伸ばして銀色の塊を覗き込んだ。

「……キョウさんの、お知り合いですか?」

「ううん、認めたくないけど……多分……」

 キヨノが冷たい声で「気持ち悪い……」と漏らす。人垣を作っていた住人たちも、保安官見習いたちも困惑して立ち尽くしていると、頭上から若い娘の高笑いが響き渡った。

「はーっ、はっはっは! よくやった、“シルバースライム”!」

「お褒めに預かり、恐悦至極でございます!」

「今度は、いったい何なんだ……?」

 スライムがうやうやしく応えるのを聞きながら、キョウは頭上を見上げる。積み重なった階層を支える柱が上の階層につながる、段のようになった部分に、小さく輝くピンク色の光があった。

「あれは……何のライトだ?」

「違う! これは、ただのライトではない!」

 再び娘の声が叫び、ピンク色の光は流れ星のように尾を引いて地下回廊の路上に降り立つ。……それは少女の右目だった。左目には暗視スコープ付の眼帯を帯び、水着のようなきわどい装束に大きなマントを羽織っている。少女は燃えるような瞳を輝かせながら、大きな帽子をかぶった頭を起こし、粘土塊をかばうようにして立ち上がった。

「我こそは、ナゴヤの闇の中に生きる者! この明けぬ夜の暁に輝く、反逆の凶星!」

 マントを翻し、両手を広げて、居合わせた人々に向かって少女は宣言する。

「我が名は“みかぼし”! そして我々こそナゴヤを侵略し、ニホン全土に覇を唱えんとする結社、“明けの明星”である!」

「へ……ええ?」

「どういうこと? ……侵略? ニホン?」

 ソラが間抜けな声をあげ、キヨノは眉をひそめる。二人とも、“みかぼし”の正体には気づかないようだった。キョウはぽかんと口を開け、胸を張る悪の組織の首領を見つめた。


――間違いない、ミカだ……! 何故か、ミカの顔だと思えない……その通りに“認識できない”……認識阻害のような何かがある……? けど、状況からして、あれはミカに違いない!


 名乗りを上げた悪の首領を前に一同が固まっていると、禍々しくとげとげしい装飾をまとった大型バイクが乗り付けてきた。ハンドルを握るのは、青い外骨格に包まれた長身の男。バイクにはサイドカーが付き、その座席には猿ぐつわをかまされて簀巻きにされた男が収められていた。……つい先ほど逃げ出した、半グレの非ミュータント男だ。

「首領、もう一人の狼藉者、捕らえましてございます」

「うん、ご苦労様、アオオニ!」

 “みかぼし”が青い男をねぎらう。キョウは慌てて、若い女首領に駆け寄った。

「待ってくれ! 彼らをどうするつもりだ!」

「ふふ、あはははは!」

 問いかけられた首領は、愉快そうに高笑いした。

「知れたこと! 我々は侵略を開始した。なればこそ、我が手の及ぶ範囲でうごめく者どもは我が軍勢であり、配下の綱紀は、正さねばならん! ……この者たちは発電タービン回し5時間の刑に処した後、我が“明けの明星”の戦闘員として調練を施すのだ!」

 粘土塊の中で「何だよそれは、聞いてないぞ!」とわめくミュータントの声がする。キョウは歯を食いしばり、落としていたゴム弾銃を拾い上げた。

「……彼らを、放せ! 暴行事件の犯人と、重要参考人だぞ!」

 銃を構える。威嚇のためとはいえ、知り合いに銃口を向けるだけで、手が細かく震えた。

 しかし、“みかぼし”は冷静な視線をゴム弾銃に向け、保安官見習いと対峙していた。

「アオオニ」

 返事をせずに、いや返事をする前に、バイクの上の青いミュータントが消える。キョウが目を見開いた次の瞬間には、アオオニは青年の目の前に立ち、棘のように硬化した指でゴム弾銃の銃身を貫き、粉々に砕いていていた。

「な、に……?」

 再びつい、と消えたかと思うと、青いミュータントは平然とバイクの上に戻っていた。

「はい、首領」

「ご苦労様……でも、命令を全て聞かずに先走るのは、感心しないわね」

「申し訳ありません」

 アオオニが頭を下げる。キョウは頭が真っ白になりながら、もう一つの武器、折り畳み式の警棒を腰から取って構えていた。

「まだ、やるつもり?」

「俺は、君たちを見逃す訳にはいかないんだ……!」

「……少しは痛い目をみたほうがいいのかしら?」

 “みかぼし”は表情を変えずに言い放つ。アオオニは鋭い視線を保安官見習いに向けている。

 住人たちに囲まれ、剣呑とした空気が共有地に垂れこめた時、パトロール・カーの中で待機していたヤエが紙切れを持って飛び出してきた。

「ソラちゃん、キヨノちゃん、本部から辞令が出たよ!」

 キョウの後ろに控えていたソラの目に光が宿る。

「了解! キョウさん、私たちに任せて!」

「えっ……?」

 キヨノも強い視線を、目の前に立ちはだかる“悪の組織”の一団に向けていた。

「恥ずかしいですが……治安維持のためです」

「君たち、何をする気だ……?」

 三人娘は保安官見習いの前に躍り出ると、それぞれの手に持っていた保安局のIDカードをかざし、声を揃えて叫んだ。

「変身!」

「『承認。変身シークエンスを開始します』」

 三人がIDカードを手首に巻いたベルトに取り付けると、カードから電子音声が応えた。立体音響効果により、ポップでテンションの高い曲が流れだす。

「次は君たちか……何をするつもりだ……?」

 キョウが困惑した声を漏らす。瞬く間に三人娘の全身を光が包み込む。音楽が終わるとともに、娘たちはぴっちりとしたスーツとヘルメットに身を包んでいた。

「『変身完了』」

「“赤い閃光、シグナルレッド”!」

「“黄色い電光、シグナルイエロー”!」

「“緑の燐光、シグナルブルー”!」

 電子音声が告げると三人はそれぞれ名乗りをあげ、大振りのアクションでポーズを決める。

「私たちはナゴヤを守る、三つの光! “警ら戦隊、トライシグナル”!」

 キョウも、住人達も、アオオニもぽかんとして、変身した警ら戦隊を見つめていた。

「トライ……シグナル……?」

「緑なのに青……?」

(続)

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