アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;8
ナゴヤ:バッドカンパニー
両側に重厚な壁が並ぶ真っすぐな道を、サイドカー付きの大型バイクが突っ走る。強い光を放ちながら宙に浮かぶ広告表示は、普段は照明灯の役割を果たすものだったが、今はけばけばしい赤色に点滅しながら“WARNING”、“封鎖中”、“一般人は退去してください”などという文字が表示されていた。
「ものものしいわね……まあ、あれだけやったから当然か」
「首領、見えてまいりました」
道の先に、黒い塊が陣取っているのが見える。保安局の警ら部隊が、盾とパトロール・カーを並べて、道を封鎖しているのだった。
「うん。“上”と“下”の、通風孔はどうなってる?」
「“上”の穴は、すぐ先にありますな」
左側の塀から更に視線を上げると、天井のフロアから「ロウト」のようにぶら下がって伸びる筒があった。各フロアの空気を循環させるための通風孔であり、緊急時には住民が下層へと避難するための非常口として使われるもので、積層都市の各フロアに、等間隔で並んでいるのだった。
「あれを使いましょう。……シルバースライム!」
「了解しました!」
大盾の後ろでスクラムを組む警ら隊員たちは、一向に速度を落とさずに突っ込んでくる大型バイクに身をこわばらせていた。
「くそ! 何する気だよ、あいつら……!」
「自棄になってるんじゃないか? 巻き添えは勘弁してほしいけどな……」
隊員たちがこぼしていると、背後にパトロール・カーのサイレンが近づいてきた。
「『諸君、増援が来た。持ち場を放棄して、パトカーの後ろに退避しろ』」
指揮車輛の中に陣取っていた警ら隊の隊長が、スピーカー越しに指示を飛ばした。
「『車の壁で受け止める。バイクが止まったら、一気に囲んで押し込むぞ』」
「了解」
隊員たちが盾を持って後退しはじめた時、スピーカーから隊長の戸惑う声が漏れ出た。
「『なんだ、あれは……?』」
サイドカーに乗っている娘が銀色の槍を放り投げた。槍は銀色の糸を引きながら、バイクの前方に突き刺さる。
「何か、投げた……?」
「何をする気だ……?」
「『……総員、バイクを確保しろ! 発砲しても構わん! 何かする前に、早く!』」
「は?」
「えっ?」
“明けの明星”の不審な行動に、真っ先に反応したのは隊長だった。隊員たちは戸惑ったがある者は銃を持ち、ある者は盾を持ち、バイクに向かって駆け出した。
「『そこのバイク、とまりなさい! とまれ!』」
パトロール・カーがバリケードを作り、強化ゴム弾が篭められた銃口が向けられても、バイクはスピードを落とす素振りもなく走り続ける。
「『構わん、撃て!』」
隊長がスピーカーで怒鳴る。隊員たちが固唾をのみ、引き金に指をかけた時、バイクとサイドカーの足元がむくむくとふくらみはじめた。
「『何だ? どうなってる!』」
「わかりません、急に、バイクが!」
床面を砕き、緩衝材と土とアスファルト片にまみれた銀色のものが、山のように盛り上がっていく。黒い大型バイクは山の斜面を駆けあがりながら、ぐんぐんと階層の天井にむかってのぼっていった。
「『いったい何を……くそ! 通風孔か!』」
隊長はバイクの行く先を見て叫び、隊員たちに怒鳴った。
「『何としてでもとめろ! あのバイクを落とすんだ!』」
銃口が天井を向き、強化ゴム弾が放たれるがバイクには届かない。一方で狙撃をあきらめて追いかけていた隊員たちは、盛り上がった小山のふもとで立ち往生していた。
「だめです! この山、ベトベトして登れません!」
「『なんだと!』」
水あめか、あるいは溶けたロウのように粘る小山は、隊員たちの手足を絡み取っている。捕まったものたちがもがいている間に、バイクは悠々と天井の通風孔に消えていく。
「うまくいったな……それじゃ、失礼するぞ」
もぞり、とうごいて小山が言ったかと思うと、水風船のように大量の水を吐き出した。送水管の水を吸い取ってためこみ、自らの体積を大幅に増やしていたのだった。
「わぷっ!」
「すまねえな。下水じゃねえから、ちょっとだけ我慢してくれや。……あと、配管の修理やっといてね。じゃあな!」
土砂や瓦礫を脱ぎ捨てたシルバースライムは警ら隊員たちに言い残すと、バイクの後ろにとりつき、引きずられるように天井に消えていく。後には水浸しになった隊員とパトロール・カーの列が残されていた。
「なんだったんだ、いったい……」
隊員たちはぽかんとして、通風孔の大穴を見上げている。隊長がスピーカー越しに怒鳴った。
「『くそ! 撤退だ! ……それと、やつらに壊された送水管を探せ! フロア中が水浸しになる前にな!』」
トライシグナルの三人はパワードスーツのまま、パトロール・カーに乗り込んでいた。車載無線から、工業プラントを封鎖していた警ら隊のやりとりが聞こえてくる。
「ソラの言う通り、封鎖は簡単に破られてしまったようね」
「でもさあ、あの人たち、上のフロアに行っちゃったんだよね? もう追いつけないんじゃない?」
後部座席にもたれたキヨノとヤエが前方に声をかける。運転席のソラはアクセルをベタ踏みにして、猛然と地下回廊を飛ばしていた。
「うん、追いつこうなんて思ってない。……だから……」
回転灯をつけたパトロール・カーはサイレンで他の車を散らしながらフロアを上下し、ネオンライトと立体広告が彩る地下通路を一目散に駆ける。目抜き通りに出て、再び奥へ。周囲に浮く立体広告が少なくなり、車通りも、人通りも減っていく。
「……ねえ、ソラちゃん、どこまで行くの……?」
ヘッドライトを頼りにうらさみしい道を突っ走ると、視界の先に光るものがあった。……それは、バイクのテールライトだった。
「あった!」
サイドカー付きのバイクは道端に停まっている。パトロール・カーはサイレンをうならせながら、大型バイクの後ろに停車した。
「動くな! “みかぼし”、あなたを逮捕する!」
車から飛び降りたシグナルレッドが、減圧レーザーガンを構えて叫ぶ。ブルー、イエローも周囲を警戒しながら、慌ててレッドに続いた。
「ふふふ、先読みされていたのね。たいした執念だこと」
道端にしゃがみこんでいた“みかぼし”は立ち上がると、三人に向かって悠然と笑った。レッドは悔しそうに歯ぎしりする。
「もう、逃がさない!」
「まだやるの? もう、疲れ切っているのではなくて?」
「うるさい! ……私は、あなたに勝たなきゃいけないんだ!」
“みかぼし”がレッドにつま先を向けた時、背後から顔を出したイエローとブルーも銃口を向ける。
「わたしたちもいますっ!」
「今度は……外しません!」
「あら、ヘタに動けないわね」
そう言って薄く笑う女首領のマントを引っ張る、小さな手があった。
「お姉ちゃん……」
立方体の頭を持ったミュータントの女の子が地面にうずくまり、必死に手を伸ばして“みかぼし”にすがっているのだった。
「大丈夫、気を確かにね」
「その子は……?」
銃口を突きつけたままだったが、少し険のとれた声でレッドが尋ねる。
「発作よ。臓器がそろってないミュータントには、よくあるタイプのね」
マントの裏から、二本角の少女が顔を出した。給仕服姿の彼女は女首領がやってくるまで、立方体頭の女の子をかばっていたのだった。
「“うち”に連れていけば、すぐに治せるんです! だから……!」
「ペケ子、みっともなく『見逃してください』とでも頭を下げるつもり?」
「それは……申し訳ありません、首領」
うずくまる女の子を抱きかかえて“みかぼし”がたしなめると、ペケ子は顔を赤くしてうつむいた。
「ぐうっ……」
レッドはうなる。ブルーとイエローは射線を外さなかったものの、判断に困ってレッドを見た。
「あなたを逮捕して、その子は保安局の病院に連れていきます」
“みかぼし”はレッドの提案にため息をつくと、鋭く光る両目を向けた。
「あなたたちに、ミュータントの体のことがわかるとは思えないわね。それに、手続きやら何やらでどれだけ時間をかけるつもりかしら。そんなことをしているうちに、この子は死ぬわ」
「ううう……」
レッドは銃を握ったまま、小刻みに震えている。首領は幼い少女を抱えたままふわりと跳び上がり、軽やかにバイクのサイドカーに収まった。
「それでは急ぐので、ごきげんよう」
「待ちなさい!」
トライシグナルが“みかぼし”を追いかけようとした時、給仕服姿のペケ子がバイクをかばって立ちふさがった。レッドは無防備な少女に銃を向けることにためらい、ペケ子の前で立ち止まる。
「ちょっと、あなた……!」
「ごめんなさい、ここは、通せません!」
「ペケ子、後を頼みます。……“ザナドゥ”を起こしなさい」
「わかりました。……“ザナドゥ”、いつでも交代できます」
ペケ子の答えに「ならよし」と言うと、“みかぼし”をのせたバイクは猛然と走り去っていった。
「ああもう! 追うよ!」
レッドが叫び、トライシグナルがパトロール・カーに乗り込もうと走る。
「無駄」
一瞥も向けずに、ペケ子が冷たい声を放つ。
「何?」
「レッド、タイヤがパンクしている!」
「こっちも……ええっ? どうしよう、全部パンクしてるよ!」
レッドがペケ子をにらみつけている間に、パトロール・カーを検めていたブルーとイエローが叫んだ。
「……クク! ククク! ヒヒヒヒヒ!」
「お前か! くそ、もう容赦しないよ!」
愉しそうに笑う二本角の少女に、レッドは減圧レーザー銃を向けた。
「ハッ!」
給仕服の少女は鼻で笑う。渦を巻いていた二本角がぬるりとほどけて、鋭くまっすぐに伸びた。気弱そうだった表情の面影もすっかり消え去り、残忍で大胆な笑顔を浮かべている。
「動くな! さもないと……」
「遅い」
少女の尻から伸びた、艶やかな長い尾がムチのようにしなる。威嚇しようと銃を向けたレッドの手を打つと、握っていた銃を弾き飛ばした。
「ぐっ!」
「容赦のいらない相手に、お上品に構えすぎだ」
「レッド!」
ブルーがレーザーを放つ。給仕服の少女はするりと身をかわし、すり抜けるように光線をよけていた。
「まあ、撃っても当たらないのだがな。……ハアッ!」
少女は自らの給仕服に両手をかけると、左右に引きちぎった。服の中から放たれる閃光が、トライシグナルたちの目をくらませる。
「くそっ、逃げられた……!」
「貴様らごときに、逃げるわけがなかろう」
「レッド、あそこ……屋根の上!」
イエローが叫ぶ。指さした先にある、空き家の屋根に立つ人影。“みかぼし”以上にきわどい、艶やかなボディスーツをまとった女性が腕を組み、トライシグナルを見下ろしていた。
「やはり“フリフリ”は動きにくくていかんな。さて、トライシグナルとやら、準備体操は終わりだ。“二面怪人ザナドゥ”……参る!」
ブルーとイエローがレーザーを放つが、ザナドゥはそれより先に屋根を飛び降りていた。走りながらするり、するりと左右に動き、二人が放つレーザーをかわしながら、ザナドゥは猛然とトライシグナルに迫る。
「くそっ!」
電磁警棒を起動していたレッドは、怪人に向かって駆けだした。二本のレーザーに区切られた細い道が、ザナドゥとレッドの間に渡されている。逃げ場のない、一対一の戦場だった。向かってくるザナドゥを迎え撃とうと、レッドは雷電をまとった警棒を前方に向けて突き出した。
「これなら……食らえっ!」
「甘い」
艶やかな尾がバネのようにしなり、ザナドゥの体を持ち上げる。レッドの頭上を軽々と飛び越えた二本角のミュータントは、そのまま尻尾を振り回してブルーとイエローの手からレーザー銃を叩き落とした。
「なっ!」
「ああっ!」
「ああっ! 二人とも、早く動いて!」
目を丸くして固まった二人に檄を飛ばし、引き返したレッドは電磁警棒で打ちかかる。しかしザナドゥはすぐに振り返り、尻尾を旋回させてレッドをけん制した。
「させない。……どうした、私はまだ、一撃ももらっていないのだが?」
「くそ……くそ!」
「レッド、イエロー、警棒の出力をあげましょう!」
「うん……私だって……!」
トライシグナルは円を描いてザナドゥを取り囲み、電磁警棒を構えた。警棒が帯びた電光はますます激しく弾け飛ぶ。ザナドゥは三人の気迫にニヤリと笑った。
「そうだ、殺す気で来い! お前たちの相手は、“みかぼし”様だけではないことを見せてやろう……!」
(続)
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