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アウトサイド ヒーローズ:エピソード4-04

ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター

 アマネのスクーターは激しく跳ねながら森の中に突っ込み、断崖の道を駆け、古い橋を渡り、荒れ地を抜け、瓦礫のオールド・チュウオー・ラインを走った。昼下がりのナカツガワ・コロニーの正門前に到着するとゲンはすっかり疲れ果てて、よろめきながら後部座席から降りた。

「……巡回判事殿、ありがとうございました。すみませんが僕はちょっと休ませてもらいます……」

 青い顔をして、守衛のゲンが詰め所に入っていく。

「お疲れ様です! 私はまず、酒場に行ってみますね!」

 アマネは長距離を全速力で飛ばしたテンションから顔を紅色に高揚させて、ゲンの背中に声をかけた。


 ナカツガワのメインストリートはのどかそのものだった。暖かな陽射しを浴びながら子どもたちが走り回っている。主婦たちはおしゃべりを楽しみ、軒先で細工仕事をする職人は気持ちよさそうに舟をこいでいた。

 アマネはスクーターを押しながら、不揃いな建物が並ぶなかを歩く。道行く人々に声をかけていくが、珍しい生き物を見たという話は聞かなかった。

「ただいま!」

 “白峰酒造”の前に立つとガラス戸をがらり、と開けて声をかける。野菜の素朴な甘い香りがひろがった。

「うーん、いいにおい!」

 エプロンで大きな両手を拭きながら、厨房からアオがやって来る。

「アマネさん、お帰りなさい」

「ただいま! このにおいは、今日の日替わりメニューよね、ちょっともらえないかな? お腹ぺこぺこで……」

「いいですけど……他のみんなは?」

 用件を思い出したアマネは、恥ずかしそうに空きっ腹をさすった。

「急いできたから、置いてきちゃったんだった。マダラはどうしてる?」

「朝から地下室にこもってますよ」

 アオの返事を聞いて、アマネは地下室に向かって走りかけ、階段の手前で振り返った。

「ちょっと呼んでくるわ。アオも話を聞いてほしいから、ちょっと待っててね」


 アマネは地下室に消えると、すぐにマダラを連れて戻ってきた。ナカツガワ唯一の機械技師にして自称、世界一のメカマンは根を詰めて作業をしていたせいか目の下に“くま”を作っていたが、水晶珠のような両目はギラギラと輝いていた。脇に抱えた小型端末機をホールのテーブルに置いて、どかりと椅子に腰かける。

「メカヘッド先輩からの案件だよね! 早速見せてくれないか」

 アマネが渡したメモリチップを端末に挿し入れると、画面にレンジの目から見たオーガキ・サテライト・コロニーのゲートが映し出された。

 ところどころを早送りしながら映像を追っていく。いびつなヒトガタが視界を埋め、それらが“にせ雷電”に変化していく場面では、一緒に画面を覗いていたアオが「うわ……」と顔を曇らせた。

「こいつらが、その……モンスターですか?」

「そう。詳しい説明は映像の中でタチバナさんがしてくれてるんだけど……ひとまず、一番最後に行こう」

「はいよ」

 マダラが映像をスキップすると、レンジは早歩きで無人の街を抜け、町外れの大きな倉庫に足を踏み入れた。タチバナの手が伸び、庫内を松明で照らすと、たむろしていたケモノたちが一斉に毛を逆立てる。隅に埋もれていたコンテナが激しく揺れ、ねじれたかと思うと形が崩れ、擬態が解けて半透明の樹のようなものが現れた。マダラは再生速度を戻す。

「こいつが……」

「そう、”ミミックの女王“だって。このサテライトを食べ尽くして、周りに子どもを撒き散らした。ナカツガワにも紛れ込んでいる可能性があるの」

 アオはカウンターの横に置かれているマイクとアンプの準備を始めていた。

「村内放送で、みんなに知らせます!」

「お願い!」

 うなずいたアオが「ナカツガワ・コロニーにお住まいの皆様、ナカツガワ保安官事務所からのお知らせです……」とアナウンスを始めると、マダラも端末機を閉じて脇に抱えた。

「それじゃ、オレはもうちょっと映像を見せてもらうことにするよ。何かわかったら知らせる」

「ありがとう!」

 マダラが地下室に消えていくと、入れ替わりにアオが戻ってくる。

「アマネさん、アナウンスしてきました」

「アオちゃんも、ありがとう! 私も見回りに……行く前に、お昼もらえる?」

 アオはくすりと微笑んだ。

「わかりました。ちょっと待っててくださいね……あれ?」

 カウンターから厨房に向かったアオが声をあげた。

「どうかした?」

 すぐにアオが顔を出す。

「作っておいたポトフが、半分くらいになってるんです!」

「それって、今日の夜に出すやつだよね?」

「ええ。……どうしよう、大鍋いっぱいに作っておいたのに……」

 アマネは椅子から立ち上がってカウンターに歩き寄った。落ち込み、動揺しているアオに話しかける。

「一緒に考えよう! まず、床にこぼれてるわけじゃないんでしょう?」

 尋ねられたアオも顔を上げた。

「はい」

「泥棒……ってわけでもないよね」

「多分、違うと思います」

「となるとマダラか、アキちゃんとリンちゃん?」

 アオは困り顔のまま、首をすくめる。

「いくらなんでも、三人がかりでも食べられる量じゃないですよ」

「それもそうなんだろうけど……そういえば、おちび二人は?」

「昼頃に戻ってきてから、ずっと部屋にこもってるみたいで……」

 従業員寮に続く階段の方向を見やりながらアオが言う。アマネも一緒に視線を向けた。

「元気の塊みたいな、あの二人がねぇ……?」

 ハッとしてアオに向き直る。

「あの二人、お昼ごはんはどうしたの?」

「上で食べる、って言って、自分たちで取りに来てたみたいです」

 答えた後、アオも表情が固まった。

「……もしかして」

 鋭い目つきになったアマネが頷く。

「行ってみよう!」

「はい!」

 二人は従業員寮の階段を駆け上がった。


 従業員寮の屋根裏部屋は、アキとリンが簡単な家具やおもちゃ類を持ち込んで“子ども部屋”にしている。大人たちは片付けを手伝うことこそあれ、勝手に入ったり、部屋にある物を持ち出したりしない約束になっていた。

「リン? アキ!」

 アオが扉をノックすると、アキの声が答える。

「はーい! どうしたのアオ姉?」

「リンもいる? ポトフがごっそり減ってるんだけど、二人とも知らない?」

「……知らない」

 少し間を置いて、リンの声が返ってきた。

「マダラ兄ちゃんじゃないの?」

 アキも一緒になって答える。

「二人や三人で食べられる量じゃないの。あなたたち、何か隠してない? 例えば……変わった生き物を拾ってきて、餌をあげてる、とか」

 ドアから返事はなかった。ボソボソと話す声が、しばらくすき間から漏れる。

「知らない! 本当に、知らないの!」

 叫ぶようなリンの声が、ドアの向こうから返ってきた。

「リン、開けるよ?」

 アオがドアノブを回す前に、内側からカチリと鍵がかけられる。

「リン?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、アオ姉!」

 鍵をかけたアキが扉のすぐ裏から、慌てて声をあげた。

「アキ、扉を開けて!」

「きゃーっ、着替え中よ!」

「ふざけないで! リンもいるんでしょう? ……もしかしたら、大変なことになるかも知れないの。悪いけど、“開ける”よ」

 アオはドアノブをぐい、と回すと、ノブの中の鍵を捻切った。

 大きく扉を開け放つ。目の前には口を一文字に閉じたアキが目を見開いて、両手を横に広げて立っていた。

「アキ……」

 部屋の隅にはリンが固まって立ちつくしている。鱗肌の少女の後ろには、二人の腰のたかさほどもあろうかという白いケモノが体を丸め、怯えた様子で戸口を見ている。ケモノの額には、宝石のように輝く珠が埋まっていた。

(続)

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