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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;6
ナゴヤ:バッドカンパニー
照明灯の白い光に浮かび上がる保安官事務所、中央ブロック第14分署。秒針が規則正しいリズムを刻む中、そぞろ歩くようなキーボードの音がオフィスに響く。
「……よし、一丁上がり!」
調書を仕上げたアキヤマが、端末から顔を上げた。
「おつかれさん、もう帰っていいぞ」
保安官が呼び掛けると、書類を整理していた見習いの青年も顔を上げる。
「……父さん」
「仕事中は“保安官”と呼べと言ってるだろう、ええ?」
アキヤマ保安官はムスッとした表情で言うが、動じずに睨みつけてくる息子にため息をついた。
「……まあ、そうだな、もう勤務時間は終わりだ。何の用だ?」
「決まってるだろう、昼のことだ」
父親はおどけた様子で肩をすくめる。
「ふむ……昼?」
「しらばっくれるなよ、カミマエヅの事件。……わざと遅れて来ただろ」
黙っている保安官に、青年が言葉を重ねて食いついた。
「本当は、あんなになる前に間に合ったんじゃないのか? 何でわざと、全てが終わってから来たんだ?」
アキヤマは答えず、デスクトップの端末機を操作しはじめた。
「保安官が早く着いてたら、あんなことには……おやじ!」
苛立つ青年が声を上げると、父親は端末機の画面を動かして息子に見せた。黒地に白と赤で紋章が描かれた旗の下に、ピンク色の髪の少女が胸を張る画が表示されている。
「俺は『間に合ってはいけなかった』んだよ」
「え? 何を言って……」
「話はついてた、ってことだ。……これを見てみろ」
アキヤマ保安官は見習いの文句も聞かず、画面に表示された動画を再生した。
「『親愛なる市民の諸君、我々はナゴヤの町を侵略せんと目論む結社、“明けの明星”。そして私は、首領の“みかぼし”である!』」
相変わらずきわどい装束の女首領は、腕を大振りに動かしながら演説を始めた。
「『我々は20年の時を経て蘇った。何故か? ……我らが同胞たるミュータントたちが、我らが隣人たる非ミュータントの諸君が、かつてと変わらず困難な状況にあることを、看過できぬからである!』」
キョウは彼女がミカであると理解しているが、映像から、音声からは納得できない。認識阻害機能は相当に強いようだった。
「『我々は堂々と生きるために立ち上がった! ミュータントであるからと、恐れられ、侮られ、後ろ指をさされて生きねばならぬならば、我らはその定めに反逆する! そして、我らを苛むナゴヤ政庁、企業連合に反逆するものである!』」
“みかぼし”は両手を広げ、一層気迫をこめて演説を続けた。
「『我ら“明けの明星”は連合が提供するコマーシャルの支配から脱却する! 自ら発電プラントを動かし、自らの手で街区を管理する! それが”悪”と呼ばれようが構わない。我々は”悪の結社”なのだ! ……そして同様に苦しむ市民の諸君、我々は諸君とともにあろう。ミュータントであれ、非ミュータントであれ、反逆の意志を共にする覚悟があるのならば、我々はいかなる者も受け入れよう! 人びとよ、目を開け! 暁の空に輝く明星におののくがいい! 現時点をもって、“明けの明星”は侵略活動を開始するものである!』」
映像が止まると、アキヤマ保安官は再び端末機を操作しはじめた。
「これは……?」
「今日の、日付が変わるころに公開された動画だ。そして今日の昼に公開されたのが……これだ」
再び青年に向けられた画面には、都市通信回線で放送されるニュース番組が映されていた。再生をはじめると、神妙な表情のキャスターが現行を読み上げる。
「『カミマエヅ地域にお住まいの皆さまに、お知らせがあります』」
「……ニュース?」
「そうだ」
「『カミマエヅ区長からの発表です。本日、正午をもちまして、カミマエヅ地区は反政府組織“明けの明星”の支配下に入りました』」
「……はあ?」
キョウはあんぐりと口を開ける。キャスターは表情を動かさずに話を続けていた。
「『つきましては、当地区の行政、司法、軍事、そして立法に至るまで、すべての権限は“明けの明星”に移管いたしました。今後は“明けの明星”の監督と指導を受けながら、カミマエヅ区政庁がナゴヤ・セントラル・サイト政庁から独立して自治体運営を行います』」
「おやじ……」
青年は目を丸くしたまま画面から顔を上げて父親を見た。アキヤマ保安官は顔色を変えず、「ふむ」と鼻から息を漏らす。
「そういうこった。つまりあそこは、”別の国”になった、ってこと」
「それって……いいのかよ、これで?」
調子を取り戻したキョウが、アキヤマに詰め寄った。
「これって?」
保安官は動じる様子もなく返しながら、端末機を操作して動画アプリを閉じる。
「だって……“悪の組織”がカミマエヅを支配して、ナゴヤから独立したんだろ……いいのか、それ……?」
「いいも何も、区長がそう決めたんだろう。区議会も認めたんなら、そうなるな」
なおも食い下がる青年に、保安官は肩をすくめて返した。
「いや、ええ……? だって、住人はどうなるんだ? それにナゴヤ政庁は……?」
「“明けの明星”は、“区域の外に出る市民を追わない、捕まえない、責めない”ということだ。ナゴヤ政庁は……どうするかな。まあ、当然認めんだろうが……」
「どうなるんだよ、それ? 戦争とか……」
青年は事態に理解が追いつかず、不安に駆られて青ざめている。ベテラン保安官は目を細め、考えを整理しながら説明を続けた。
「まず、軍隊は出さんだろう。違う“国”だと認めることになるからな。……天下のセントラル・サイトでそんなマネになったら、他のセントラルからどんな介入されるかわかったもんじゃない。そうなったらカガミハラとか、勢力下の中核サイトも黙ってないだろうしな。それにナゴヤの地下都市は、全てが貴重な旧文明の遺跡だ。ヘタなドンパチして遺跡を壊すわけにはいかん……だが、そうだな……」
「何だよ」
キョウがかみつくように尋ねる。
「保安局の動きは大きくなるだろう。俺たちも、忙しくなるってこった」
アキヤマは普段通りの調子で答えた。
「父さんは……どうするんだ、これから」
真剣なまなざしで尋ねる息子の肩を、父親はポンと叩いた。
「どうなってくか、俺にもわからんさ。……ま、俺は自分が一番大事だからな。無茶をしてくたばることはないから、安心しろ」
「安心、って……」
冗談とも本気ともわからない答えに呆れるキョウの顔を見て、アキヤマは「ふ」と小さく笑う。
「俺はそうやってやってきたんだ。それが長続きする“コツ”だぞ。お前も覚えておくんだな」
コンクリートがむき出しになった壁面に、エクササイズ・シューズが床を擦る音が響いた。
「ふっ……ふっ……!」
「ふう……ふう……」
ナゴヤ・セントラル・サイト保安局のトレーニングルームに、激しく息をつく音が二つ。一方は気力に溢れて荒々しく、もう一方は疲れ果てて今にも寝を上げそう、という響きだった。
「……やあっ!」
叫び声とともに拳を突き出したのは、運動着姿のソラだった。グローヴをまとった右手は組手の相手……ヤエの顔面に迫り、寸前でぴたりと止まる。
「はああ……参った、降参!」
同じく運動着のヤエが両手をあげてへたりこむのを、ソラはムスッとして見下ろした。
「ちょっとヤエ! 最後、手を抜いてたでしょ?」
「だって……ソラちゃんには悪いけど、もう限界だよお……ソラちゃんも、そろそろ休憩しよう?」
「もう、根性ないんだから!」
ソラが不満そうに言うと、ヤエも負けじと口を尖らせた。
「もう一時間くらい、ずっとやってるんだよ? そろそろ休憩しないと、体が持たないよ」
「それは……」
言い返され、悔しそうな顔でソラは黙り込む。しかしその怒りは、目の前のヤエに向けられているわけではなさそうだった。
「……ソラちゃん、“みかぼし”って人に勝てなかったのが、悔しかったんだね?」
「ヤエは、悔しくなかったの?」
図星を突かれ、噛みつくように尋ね返すソラの質問に、ヤエはため息をついた。
「私は、別に……だって、仕方ないじゃない。三人がかりでも勝てなかったんだし。それよりさ、次に頑張ればいいじゃん」
朗らかに話すヤエにソラは再び声を荒げる。
「そのために、今、組手してるんでしょう!」
しかし、ヤエは悪びれずにニコニコしていた。
「だからって、根を詰めてもいいことないよ。随分頑張ったし、ちょっと休憩しよう? お腹もすいてきたし……」
腹の音が「グウ」となる。ソラもすっかり気が抜けて、深くため息をついた。
「まったくもう……」
入口の扉が開き、キヨノが顔を出す。
「二人とも、まだやっていたの?」
「キヨノちゃん!」
「ちょうど今、終わったところ」
「ねえ、3人でご飯いこうよ」
ヤエが明るく言うが、キヨノは顔色を変えずに携帯端末の画面を開いて二人に見せた。
「ブリーフィングの時間。あと5分だよ」
(続)
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