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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;10

ナゴヤ:バッドカンパニー

 オオス地下遺跡の壁面には、旧文明の遺構が残っている。ブッディズムが信仰を集めていた時代には本堂として用いられていた建物であり、今はミカの自室、そして“明けの明星”総帥の拠点となっていた。

 若い娘が一人、床面フロアに面したエンガワ・バルコニーに腰かけている。吹き抜けからそそぐ秋の陽射しを浴びて、艶やかな長い髪がきらめいている。オオス・テンプルの庭をぼんやりと眺めていた視線は、歩き寄ってくる保安官見習いの青年に向けられていた。

「キョウ君、いらっしゃい」

 涼やかな声で挨拶して、ミカは柔らかく微笑む。

「うん、ミカ、久しぶり」

「ホント! 最近全然遊びに来てくれないんだもの!」

 緊張の残る声でキョウが返すと、ミカは少しおどけた調子で返した。

「いや、俺がここに出入りするのは、さすがにまずいだろ……」

「えっ、どうして?」

 ミカはきょとんとして、目を丸くしている。一か月前に“トライシグナル”たちを圧倒し、配信された動画の中でナゴヤ・セントラルの住民全てに対して啖呵を切ってみせた面影はなかった。

「だって、俺は保安官見習いだし……」

 キョウが困ってモゴモゴと言うと、悪の組織の女首領は首をすくめた。

「保安官事務所で働いてる下っ端じゃない。保安局からマークされてるわけでもないし。問題ないでしょ。それに、“明けの明星”のメンバーを逮捕しようとか、そういうつもりもないんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ……ずけずけと言うよな」

「だって、事実じゃない。ほら、お茶を出すから、あがって、あがって」

 ミカは無邪気に笑い、不満そうに突っ立っていたキョウに手を伸ばした。しなやかな細い指が青年の手をとると、驚くほどの力でぐいと引っ張る。

「わかった、あがるよ、だからちょっと待って……」


 靴を脱いだキョウは防火タタミ・シートが敷き詰められたトラッド・スタイルの部屋にあがりこむと、促されるままにザブトン・クッションの上であぐらをかいた。目の前には丈の低いテーブル、奥の壁にはカケジク・タペストリ。アナログ表示の掛け時計が、カチカチと時を刻んでいる。ミカはてきぱきと動き回り、ピックを添えたウイロウ・キューブと温めた模造麦茶をキョウの前に並べた。

「ありがとう」

「ふふ、ごゆっくり」

 ミカはテーブルをはさんで向かい側に座ると、用意していた麦茶のタンブラーを傾けた。

「ふう、いい感じでできた! キョウも飲んでみてよ」

「……なあ、ミカ、今日は訊きたいことがあって来たんだ」

 背筋を伸ばし、まっすぐに向けられるキョウの視線を受けて、ミカも笑顔を引っ込める。

「何の話?」

“みかぼし”として名乗りをあげる時のような、光を宿した瞳が青年を射返した。

「“明けの明星”が南ブロックの工業地帯で暴れたと聞いた。この近くでも、警ら隊とトラブルがあった、ってことも」

「うん。……それで?」

 “みかぼし”は平然として、保安官見習いの言葉を聞いている。キョウは深く息を吐き出し、両手を握りしめた。

「何で、こんなことを……いや、ミカは何をするつもりなんだ? “明けの明星”は、何を……?」

「私たちが堂々と生きるためよ」

 あっさりとしたミカの答えに、青年はわずかに身を乗り出す。

「そのために、工場を壊したり、警ら隊と闘ってもいいのか……? もっと他に、何かやり方が……!」

「キョウ君、私たちミュータントが生きていることを、ナゴヤ政庁は望んでいない」

 “みかぼし”は平静を保ちながら返すが、凛と響く声の底には深く燃え続ける炎があった。

「この地区の扱いは、君も知っているでしょう。私たちが受けて来た扱いも。私はそれに納得していない。でも……でも、私は被害者ぶった、哀れな自分でいたくない。かわいそうなミュータントとして同情を集めたいわけではない」

「……だから、悪の組織を名乗るのか?」

 保安官見習いも、引くわけにはいかなかった。

「名乗るというか、私たちは“悪”なのよ。真人間中心の社会の中では邪魔な、いらない存在。だからそれなら悪として、自分たちの力をつかって生き延びる。もっとよく生きてみせる。それが私たち、“明けの明星”の目的よ」

 “みかぼし”の言葉にキョウは黙り込む。悪の組織の女首領は声明を発すると、年齢相応の明るい調子に戻った。

「そうやって、母さんも父さんもやってきた。私はカレッジに行って、一応色々見て来たけど……やっぱり、同じ道を選ぼうって思ったの。……キョウ君、この答えでどうかな、納得できる?」

「……うん。俺は協力するわけにはいかないけど……」

「あはは! 保安官見習いが、協力しちゃダメでしょ!」

 ミカはからからと笑った。

「キョウ君はキョウ君なんだし、そんなこと気にしないでこれまで通りに、遊びに来たらいいのよ。私たち、今日はどこにも出るつもりはないし。のんびりしていたら……」

 突き刺さるようなサイレンの音が、リビングルームに響き渡った。壁にスクリーンが投影されて、ガラス質の大きな両目が映し出される。

「ズノさん?」

「『やあミカ、オフのところ済まないネ。緊急通報だヨ』」

 ズノの言葉に、ミカの顔が引き締まった。

「わかりました、“みかぼし”として出ます。ニューロウェイブ、詳しい内容は歩きながら報告を」

「『了解しましたボス。それではナビゲーションの準備をするカラ、まずはアオオニと合流して頂きたイ』」

「よし。それじゃ、行きましょう」

 “みかぼし”はそう答えて立ち上がると、キョウに向かって両手を合わせた。

「ごめんキョウ君、お仕事が入っちゃった! ちょっと行ってくるね」

「あ、うん……」

 キョウがぽかんとして答えると、「キョウ君は、ゆっくりしていっていいからね!」と大きな声で言いながら、ミカはエンガワ・バルコニーから飛び出して、一目散に庭を走っていった。

 小さくなっていくミカの背中を見送る青年の横に、立体映像のモニターが現れる。

「『キョウ君も済まないネ、せっかくミカに会いに来てくれたのニ』」

「いえ、忙しそうですし、仕方ないですよ。それじゃ俺も、そろそろ……」

「『アア、ちょっと待ってくれないかネ』」

 立ち上がりかけたキョウの目の前に、大きな目玉が映ったモニターが飛び出す。

「わあ!」

 青年は驚いてクッションに尻もちをついた。モニターはするすると動いて、座り込んだキョウの顔の横に浮かんでいる。

「びっくりした……」

「『これは失敬。ところでキョウ君……ミカがどんな仕事をしているのカ、興味はないかネ?』」


 ナムラ・インダストリ……ナゴヤ・セントラル経済界の重鎮であり、企業組合の有力者であるハーヴェスト・インダストリの子会社の一つ。主な製品は精密部品であり、ナゴヤ域内に数か所の製造プラントを所持している。「コストパフォーマンスと信頼性」を謳い文句に、親会社に部品を安定的に供給する優良企業……とされていた。

 しかし、その生産体制には秘密がある。ミュータントをはじめ、他地域からの流民、前科者といった労働者たちを「もらえるだけマシ」と思える程度の給料で雇い、長時間の重労働を課していたのだった。労働者たちを屈辱的な契約で縛り付け、逃走や闘争を徹底的に抑え込んできた。ある日、ミュータント労働者の一人が隙を見て脱走し、ミュータントたちのネットワークを頼りに、オオス・テンプル・ルインズへとたどり着いたのだった。

 それが“明けの明星”による南ブロック・工業プラント襲撃事件のきっかけ。そして今、“トライシグナル”三人娘の携帯端末には労働者の証言を納めたボイスメモや、恐るべき契約書の文面、そして労働状況を事細かにまとめた手記のデータが、“ニューロウェイブ”のハッキングによって転送されているのだった。


「……こんなの見せられて、どうしろっていうのよ」

 トレーニングルームの片隅に座り込んで携帯端末の画面と向き合っていたソラは、“明けの明星”によってリークされた資料に目を通した後、何度目かの深いため息をついた。

 双角の武闘派魔女“ザナドゥ”に敗れた後、すっかり戦闘能力を喪失した三人娘は“自警団”たちに捕らえられた。……娘たちは“紳士的に”と厳命された男たちによってドラム缶のように担ぎ上げられた。胴上げの要領でえっほ、えっほと覆面の集団に運ばれていき、“明けの明星”の勢力範囲を抜け出すと、地下回廊の路上に放り出された。三人娘たちは重い体を引きずりながら、ナゴヤ保安局に帰還したのだった。

 それ以来、ソラは寮の自室とトレーニングルームを行き来して、食事の時にだけ食堂に顔を出す、という生活を数日間続けているのだった。……あまりに重い資料が入った携帯端末を、お守りのようにポケットに入れっぱなしにして。

 トレーニングルームの扉を叩く、ノックの音。ソラが返事をする前に、扉が開いた。眼鏡をかけた娘が顔を出す。

「やっぱり、ここにいたのね、ソラ」

「キヨノ。……何かあった?」

 キヨノは模造コーヒーの入った紙コップを二つ持って部屋に入ると、ソラの横に腰を下ろした。

「ううん、まだ何も……はい、ソラの分」

「ありがと」

 ソラは模造コーヒーを受け取ると、ストローでずず、とすする。ミルクがたっぷり入った、ソラ好みの味だった。キヨノはソラの顔を見た後、手に持っていた携帯端末に視線を落とす。

「また、見ていたの?」

「うん。だって……こんなの、どうすればいいの?」

 問い返されたキヨノは一口コーヒーを飲んだ後、「ふう」とため息をついた。

「室長に報告したよ、私は」

「何かあった?」

「『データの提供ありがとう。ただ、反政府組織からのデータなので、慎重に扱わなければならないな』だって。それ以来、特に何かあったとは聞いてないわ」

 普段の淡々とした口調の中にあきらめの混ざった声で、室長の口真似をして答える。話を聞いているソラは期待していなかった風だった。

「そうでしょうね」

「仕方ないよ。私たちの手に負えるものじゃないし。室長にだって、きっとそう」

 ソラはキヨノの言葉を聞きながら、両脚を投げ出して天井を見上げた。

「そうなんだけどさ……ヤエはどうしてる?」

「いつも通りよ。さっきも食堂で、カツレツの山にブラック・ミソ・ソースをかけてモリモリ食べてたわ。……データは一通り見てバックアップを取った後、端末からさっさと消したって。『捨てちゃダメだけど、私たちにはどうしようもないから』ってあっさり言ってた」

「そうしたほうがいいんだろうけどなあ……」

 ソラの言葉が途切れ、キヨノもストローに口を付けた。しばらく黙っていると、二人の携帯端末がけたたましい音を立てる。

「何?」

 びくっとしたソラとキヨノが慌てて端末を取り上げる。画面には“出動要請”の大きな文字と、「ソラちゃん、キヨノちゃん、どこにいるのー? 早く来てー!」という、ヤエからのショート・メッセージが表示されていた。

(続)

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