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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;7

ナゴヤ:バッドカンパニー

「“明けの明星”と名乗る反政府組織が声明を出して、既に一か月が経った」

 ナゴヤ・セントラル保安局の“中央管制室”。ブリーフィング参加者を見回した後、室長は重々しい声で話しはじめた。

「現在、ナゴヤ市域のおよそ0.5%が連中の勢力圏となっている。また、我々が把握していない遺跡も、彼らの潜伏拠点になっている可能性がある……という報告もある……」

 不満をにじませながら室長が話すのを聞きながら、ヤエは小さく口を動かしていた。携行非常食の固焼きビスケットが、口の中に入っているのだ。

「我々中央管制室は各地区の保安官と緊密に連携を取り、この危機に対してナゴヤを一団にまとめ上げる“要石”とならなければならない! 皆、一層気を引き締めて、任務についてほしい」

 室長がスピーチを終える。静まり返った室内に、「ボリ」と小さな、固い音が響いた。

「ん?」

 腕を組んでいた室長が片眉を持ち上げる。職員たちがざわつく中、慌ててビスケットの残りを呑み込んだヤエは目を白黒させた。

「もう、ヤエ……!」

 あきれ顔のキヨノがささやくような声をかけ、模造麦茶が入った小さなボトルを差し出す。ヤエはボトルを受け取るなり、ぐいと傾けて飲み干した。人心地ついて息を吐きだすヤエを見つけて、室長もため息をついた。

「……では、今日のブリーフィングはここまでとする。各自持ち場に戻るように」

 室長の宣言に、緊張の解けた職員たちは思い思いに立ち上がった。ヤエも両手を大きく持ち上げて「うーん!」と伸びあがった。

「終わったね! それじゃあ今から、食堂に行こう!」

「ヤエったら! さっきまでビスケット食べてたのに、また食べる気?」

 キヨノがあきれると、ヤエは「うひひ」と白い歯を見せて笑う。

「ちょっとだけ食べたら、もっと食べたくなっちゃって。それに、今日の日替わり定食はイール・テリヤキなんだよ! 絶対食べたいじゃない!」

「あなた、本当にイール・テリヤキが好きよね。……どうしよう、ソラ?」

 鼻息の荒いヤエに困ったキヨノは反対側の隣席についていたソラに声をかけたが、ソラは答えなかった。

「……ソラ?」

 三人娘のリーダー格であるショートカットの娘は二人の会話など上の空で、両手の拳をきつく握りしめていた。

「ねえ、ソラちゃん」

 ヤエも声をかけると、ソラはびくりと身じろぎして目を丸くした。

「えっ? ……ああ、なんだっけ?」

「ソラ、あなた……」

 キヨノが言いかけた時、三人のインカムがそれぞれ音をたて、メッセージの着信を告げた。

「『トライシグナル、出動要請です。至急5番ガレージに向かい、車輛を受け取ってください。次の指示はその場で伝えます。繰り返します……』

「行くよ、二人とも」

 ソラは短く伝えると、振り返らずに大股で歩き出す。キヨノとヤエも、慌てて後を追いかけた。


 反政府組織“明けの明星”の勢力範囲から大きく離れた工業プラント群を、黒尽くめの異形の集団が占拠していた。工場の谷間に作られた広場に立つのは、マントを羽織った女首領だ。

 従業員たちの姿はない。多くは既に逃げ出し、抵抗した者たちは一か所に押し込められ、監禁されているのだ。

「行け、“流動怪人”シルバースライム! 破壊の限りを尽くすのだ!」

「イエッサー! ……ヒャッハー!」

 “みかぼし”が号令をかけると、銀色の粘土塊が雄たけびをあげて飛び跳ねた。軟体ミュータントは工場建屋の外壁を這い回り、すき間にするりと潜り込む。すると建屋の壁が次々にはじけ飛んだ。内部に侵入したシルバースライムが膨張してうごめき、内側から建屋を破壊し始めたのだった。

「あはは! いいぞ、全て打ち壊せ!」

「みかぼし様!」

 女首領が高笑いをあげていると黒尽くめの装束に身を包んだ、三本腕の戦闘員が這う這うの体で広場に駆け込んできた。

「何があったミツデ?」

 戦闘員のミツデはみかぼしの前にうずくまるように倒れ、すぐに顔を上げて叫ぶ。

「保安局が来ました!」

「警ら隊か? 規模は? お前たちで抑えきれないような数なのか?」

「敵は3人ですが……抑えきれません! “トライシグナル”です!」

「ほう……」

 報告を聞く女首領の口の端が、嬉しそうに吊り上がった。

「ミュータント部隊を3人で押し切るとはな。……戦闘員たちは深追いするな。周囲を警戒して、撤退経路の確保をはじめろ! ……どうしてもトライシグナルに挑みたいという者がいるなら、それはそれで構わんがな!」

 “みかぼし”がインカムを通じて戦闘員たちに指示を飛ばし、ミツデにも撤退を促していると、シルバースライムが潜り込んでいるのとは反対側の壁が、土ぼこりをあげて吹き飛んだ。

「来たな!」

 砂埃の向こうからアラーム音が鳴り、人口音声が声を上げた。

「『指名手配犯、“みかぼし”容疑者の姿を確認しました。制圧モードに入ります』」

「くそ……首領、ご無事で!」

 戦闘員が引き下がるのが早いか、破られた壁の穴から三つの人影が飛び出した。

「“赤い閃光、シグナルレッド”!」

「“黄色い電光、シグナルイエロー”!」

「“緑の燐光、シグナルブルー”!」

 大振りのアクションで“キメポーズ”を取りながら、三色のパワーアシストスーツをまとった戦士たちが名乗りを上げる。

「私たちはナゴヤを守る、三つの光! “警ら戦隊、トライシグナル”!」

「……そのセリフと動きは、毎回やらなければならないものなの?」

 “みかぼし”はあきれたように尋ねながら、続けざまにナイフを投げた。“トライシグナル”たちは飛び跳ねて避けると、女首領に向かって駆けだす。電磁ブレードを起動しながらレッドが叫んだ。

「スーツのせいで、勝手に体が動いちゃうのよ!」

「それは、かわいそうなことね……おっと!」

 レッドと問答をしている隙を見計らって、イエローが大型ハンマーを振り下ろした。女首領がするりと打撃をかわすと、ハンマーは床面に突き刺さって舗装材を砕き、周囲に瓦礫を巻き上げる。

「以前よりも連携も取れてきたようね! ……けれども、たった三人だなんて! 保安局はあなた方を使い捨てようとしているのではなくて?」

 建屋の塀の上から、ブルーがレーザーライフルの銃口を向けている。挑発を続けていた“みかぼし”が気づき、射線から飛びのいた途端、放たれたレーザーが反対側の建屋を吹き飛ばした。

「我々には、随員は必要ありません……足手まといになるだけです!」

 駆けだした女首領に向かって、ブルーが叫びながら引き金を引く。連射されたレーザーを首領がかわすと、光線は壁に投射されて次々に建屋を吹き飛ばした。

「うおっ、おっかねえ!」

 崩れた壁からシルバースライムが慌てて飛び出し、不格好な人型に変形する。

「俺より、あいつらの方が壊してるんじゃないの……?」

「シルバースライム!」

 走り回って光線の乱射をよけながら、“みかぼし”が叫ぶ。

「破壊工作は十分だ、後は連中に任せればいい。お前も撤退の準備をせよ!」

「了解しました! ……ひゃあ!」

 シルバースライムは近づいてきたイエローに気づくと、振り下ろしたハンマーを慌てて避けた。

「むう、もう少しだったのに!」

「勘弁してくれ、ぺったんこは御免だよ! じゃあなお嬢さん方!」

 シルバースライムはそう言うなり、ひび割れた床面に染み込むように姿を消した。

「ああもう、スライムさん、逃がしちゃった!」

 悔しそうに言うイエローに、電磁ブレードを携えたレッドが声をかける。

「“的”が絞れたってことじゃない! 今度こそ、あいつを捕まえるよ!」

「うん!」

 “みかぼし”は相変わらず、レーザーの乱射から逃れながら走り回っている。レッドとイエローは武器を構え、女首領を追いかけて走り出した。

 ブルーはエネルギー・カートリッジを使い捨てながらレーザーライフルを撃ちまくる。“みかぼし”が光線から逃げると、照射された建屋が次々と吹き飛んだ。巨大な壁の前に追いこまれた女首領に、レッドとイエローが追いつき、立ちふさがった。

「ここまでよ!」

「あなたを、逮捕します!」

 目の前には電磁ブレードとハンマーを構えた二人、跳び上がるとレーザーに狙い撃たれる……追い詰められた状況のはずだが、“みかぼし”は嬉しそうに笑っていた。

「何がおかしい!」

 レッドが苛立って声をあげる。

「ずいぶん連携もとれて、強くなったと思ってね」

「えへへ……」

「照れるな!」

 “みかぼし”の言葉を聞いて嬉しそうにするイエローを、レッドが一括した。

「くそ! くそ! このっーー!」

「レッド!」

 電磁ブレードを振りかぶり、頭に血が上ったレッドが走り出す。ライフルを構えたまま、引き金を引けずにいるブルーがレッドに向かって叫ぶが、彼女は止まらなかった。

「今!」

「きゃあ!」

 “みかぼし”が笑みを崩さずに声をあげると、塀の上のブルーが悲鳴をあげる。声を聞いたイエローはハンマーを構えたまま固まった。レッドは勢いのまま突っ込んでいたが、振るう刃は同様でわずかにぶれていた。

「でもまだ、連携は脆いわね」

 斬撃をかわし、女首領はブレードを持つ右手につかみかかった。レッドは寸前で“みかぼし”の手を逃れ、背後に飛びのく。

「あら、進歩してるじゃない」

「くそ……!」

 レッドはブレードを構え直し、視線を“みかぼし”に向けたままブルーに呼びかけた。

「どうしたの? 大丈夫?」

「くっ……! だめ、捕まった……!」

 背後で重く鈍い音がして、レッドとイエローは思わず振り返った。工業プラントの床面に転がっていたのは、ブルーが使っていた大型レーザーライフルだった。

「ブルー!」

「レッド、イエロー!」

 二人が塀の上に視線を向けると、銀色の粘土塊に絡みつかれて身動きを封じられたブルーの姿があった。

「二人とも、私に構わないで、前!」

「……えっ?」

 二人がハッとして、視線を前に戻す。マントをなびかせた“みかぼし”が、目の前に立っていた。

「ふふ」

 女首領は微笑むと、容赦なく二人の手から武器をはたき落とした。「あ」と声を上げる間もなく、レッドとイエローはそれぞれ、左右の手に首を締め上げられていた。

「少しは楽しめたわよ、トライシグナルの皆さん」

 床面から持ち上げられ、苦しそうに手足をばたつかせるレッドとイエローを見上げ、“みかぼし”は嬉しそうに笑う。ピンク色の両目は、戦闘の高揚に一層妖しい光を放っていた。

「ふ……ざ、けるな……!」

 息も絶え絶えのイエローの隣で、レッドはかすれかけた怒りの声をあげながら女首領の手につかみかかるが、“みかぼし”の手が緩まることはなかった。

「ふざけていないわ、本気よ。言ったじゃない、あなたたちの闘い方も少しずつ、成長してるって」

「ぐ……ぐうっ!」

 “みかぼし”の隣に銀色の塊が着地する。ブルーは痛めつけられてこそいないものの、シルバースライムの中に閉じ込められ、完全に身動きを封じられていた。

「ボス、ちょっと落ち着いてください」

「……ごめん、ちょっと楽しくなりすぎちゃったわね」

 シルバースライムの諫言に、“みかぼし”の両目から戦闘狂の輝きが和らいだようだった。

「そうね、そろそろ退き時……行きましょうか」

 女首領がそう言うやいなや、アオオニの運転する大型バイクが目の前に走り込んできた。

「お待たせいたしました首領」

 穏やかな口調のアオオニに、”みかぼし”はため息をついた。

「待たせていたのは私よアオオニ、近くでタイミングを計っていたんでしょう?」

「すでに一般の保安局員や警ら隊どもに包囲されておりますからな」

 アオオニは平然と返す。“みかぼし”も動揺する素振りを見せずに話を聞いていた。

「ごめんなさい、ちょっと夢中になり過ぎちゃった。皆の撤退は終わってるわね?」

「問題ありません。後は我々だけです」

「じゃあ、行きましょうか。シルバースライム!」

「了解」

 粘土塊が小刻みに震えると、ブルーが内側から吐き出されて床面に転がった。器用なことに、シルバースライムは体内で手かせと足かせを相手に取り付けていたのだった。

「くっ……レッド! イエロー!」

 ブルーが顔を上げ、苦しむ仲間に呼びかける。“みかぼし”は小さく笑った。

「大丈夫よ、殺しはしないから……ほら」

 両手を離して二人を解放すると、女首領はバイクのサイドカーに乗り込んだ。銀色の粘土もにゅるりと動いてバイクにまとわりつく。

「それではごきげんよう、トライシグナルのみなさん」

「じゃあな、緑なのにブルーの嬢ちゃん。もうちょっとしっかり食べて、肉をつけたほうがいいぜ!」

「く……!」

 シルバースライムの言葉に、ブルーが悔しそうに歯ぎしりする。

「ちょっと! セクハラよ!」

 “みかぼし”はすぐに部下をたしなめた。

「ごめんなさいねブルーさん、失言でした。シルバースライムにはこちらから厳しく言っておきますので。……それでは、またお手合わせしましょう?」

 そう言い残し、サイドカーのついた大型バイクは猛然と走り去っていく。小さくなっていくバイクを睨みながらレッドは四肢の力を振り絞り、歯ぎしりして起き上がった。

「……追いかけるよ、二人とも!」

「ここは封鎖されているのよ、レッド」

 イエローに手足の縛めを解いてもらいながら、落ち着きを取り戻したブルーが返す。しかしレッドは振り向かず、パトロール・カーを自動運転で呼び出していた。

「あの人たちは、そんなの振り切って行くよ」

 根拠があるわけではなかったけれど、レッドは確信してそう言った。

「だから、私たちが追いかけないと……!」

(続)

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