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アウトサイド ヒーローズ:エピソード8-03

スクランブル ストラグル スカイハイ

 数時間前、ナゴヤ・セントラル・サイトとカガミハラ・フォート・サイトをつなぐ街道には、間隔を保った武装戦闘車輌が、列をなして停まっていた。

 いずれに搭載されている兵器、ミサイルに砲口も、頭上に向けて構えられている。上空では丸みを帯びた白い小さな飛行機が浮かび、風に乗った綿毛のように、ゆっくりと北に向かっていた。


 飛行機内部には座席が並び、数人の軍人たちが腰かけている。その前には頭を剃りあげた背の低い将校が、両手を後ろにして、胸を張って立っていた。

「諸君、改めて今回の任務を説明する」

 将校が口を開くと、着席していた軍人は皆、姿勢を正して聞き入った。

「今回、我々はこの飛行実験機“T-15”を使い、ナゴヤ・セントラルからカガミハラ基地への試験飛行を行う。……文明崩壊以来、飛行タイプのモンスターにより、我々は常に脅かされてきた! 航空機の、空軍や空輸の復活を目指した我々の計画は、常にモンスター達によって阻まれてきた! しかし、二つの都市の総力を上げた今回こそは違う! 初の成功例となるように、総員、力を尽くしてほしい!」

「了解!」

 上官の敬礼に、話を聞いていた軍人たちも敬礼でこたえる。厳めしい表情だった将校は、軍人たちの顔を見てニヤリと笑った。

「……と、言ったものの、基本的にはモンスターの対処は地上部隊の仕事だ。我々の任務はカガミハラまで、とにかく無事に機体を送り届けること、そしてマナーのいい乗員でいることだ。皆、よろしく頼むぞ」

「ハイ!」

 将校の話が終わると、軍人たちは動きだし、思い思いに話を始めた。機体奥の倉庫では客室のざわめきを聞きながら、帽子を目深に被った作業員が大型コンテナの蓋を開けた。

「……いいぞ、今のうちだ」

「ぷはっ!」

 右手に包帯を巻き付けた、作業着姿のマキモトが顔を出す。

「ありがとう……」

「おう、だがここからが本番だぞ」

 蓋を開けた作業員……カジロは倉庫の外を警戒しながら言った。

「今は下っぱもお偉方も張り切ってるが、そのうちきっと、集中が切れて“ダレる”。そして地上の警戒も緩む……ナゴヤ本隊とカガミハラ部隊の縄張りの境目には、警戒網の穴がある……そこを突くんだ」

「わかった」

 マキモトが頷くと、カジロは再びコンテナの蓋を手にとっていた。

「よし、生存確認は済んだ。じきにここにも他の軍人たちも来るだろう。今度は端末で知らせるから、それまでもう少し隠れていてくれよ」

「了解……」

 不満そうな声で応えるマキモトに「仕方ないだろ、お前の右手は誤魔化しにくいからな」とカジロは言って、コンテナの蓋を閉じた。


 ナゴヤ・セントラルの基地を出た機体は遊覧船のようにゆったりした速度で、列をなす軍事車輌の上を飛んでいった。操縦席のモニターには、地上に向けられたカメラからの映像が映し出されている。

 頭を剃りあげた将校が映像を見ながら、操縦士に話しかけた。

「順調そうだな」

「はい、地上との通信も問題ありません。ただ……」

 前方に延びる街道では、武装車輌の列が途切れていた。道を挟んだ木々も枝を張りだし、黒雲のような影をつくっている。

「ナゴヤ隊とカガミハラ隊の境界、だな……」

「ええ、地上管制の穴を開けるわけにもいかず……このエリアは鬱蒼とした森になっていて、装甲車の配備もままならない状況ですから……」

 将校は眉間にシワを寄せる。

「何事もなく、この森を抜けられればよし。……我々は体のいい人柱よ。若い連中は知らんだろうがな。モンスターに怯えながら空を飛ぶとは、そういうものよ」

「空のモンスターの恐ろしさは指導教官からも、毎回言われましたよ。……今回は、大丈夫でしょうか?」

「どうだろうな、ここまでは気配もないが……」

 操縦士と将校が話していると、けたたましい警告音が鳴り響いた。

「どうした!」

「ナゴヤHQからです! はい、こちらT-15……は? 何だって!」

 ヘッドセットからの通信に、操縦士が声を上げた。

「どうした?」

「遥か上空から、無数の飛翔体が高速で近づいています!」

 将校は歯を食いしばり、拳を握りしめる。

「ついに来たか。このタイミングを狙っていたな……」

「どうします、緊急着陸しますか?」

「いや、ダメだ! 飛び続けろ!」

 狼狽える操縦士に、将校が檄を飛ばした。
「こんな森に引っ掛かってみろ、身動きもできないままに食い殺されるぞ!」


「どうなってる、これは……?」

 慌ただしく走り回るクルーたちを見て、カジロは小声でつぶやく。


ーーしかし、タイミングとしては今しかない!


 インカムに手を当て、小さく「やるぞ」とささやくと、コクピットに向けて駆け出した。


 操縦士と副操縦士が慌ただしく機材を操作しているコクピットに、大柄な作業姿の男が顔を出した。

「何だね貴様は! ここの手は足りてる、他所に回らんか!」

 額に青筋を立てた将校が怒鳴りつけるが、作業員は動じずに狭い室内に入ってくる。怒り心頭の将校に顔を近づけると、眼帯を外した。

「むう……!」

 眼帯に隠されていた“目の口”に将校がたじろぐ。作業員に偽装していたミワは、“目の口”に含んでいた液体を水鉄砲のように、ぴゅうと吹き付けた。

「うわ! ああああ!」

「死にゃしないスよ、涙と涎と鼻水は止まらなくなるけどね」

 後ろから追いついてきたカジロが、丸くなって悶える将校を見下ろして言い放った。

「何なんだ、君たちは!」

 副操縦士が立ち上がりかけるが、ミワが立ち塞がる。

「おっと、まだ催涙スプレーの原液は残ってるぜ? なあ、ミワ?」

「ウス」

 副操縦士は忌々しそうに、二人組に警戒しながら席に戻った。

「……ハイジャックか? 何が目的だ……?」

「なに、ちょっと目的地を変えてもらいたくてな」

「おい、来るぞ!」

 無線を聞いていた操縦士が、ハイジャック犯と話していた副操縦士に怒鳴った。副操縦士はカジロの顔をチラリと見ると、すぐに前方に視線を戻した。

「くそ! ……悪いが、あんたらの要求を聞いてる余裕はないんだ! 死にたくないなら、今は大人しくしてな!」

「おい、さっきから何だよ、何が起きてるんだ?」

 カジロが尋ねると、副操縦士は振り返らずに答える。

「モンスターだよ! 空の上から、ずっとこのフネを狙ってたんだ!」

 コクピットの窓を黒い影が覆う。その瞬間機体が大きく揺れ、暗くなった室内にガラスが割れる音と、口笛のような声が響いた。


 カジロからの連絡を受けたマキモトは、倉庫のコンテナから飛び出した。勢い込んで客室に出るがクルーたちは侵入者を気にする素振りもなく、大慌てで動き回っていた。

「何だよ……? 何が起きてるんだ……?」

 窓という窓に板やテープを貼り付け、搭乗口のハッチを厳重に塞いでいる。手の余った者たちは部屋の中央に固まり、外壁の向こうを睨んだり、うずくまって固まったりしていた。

「ええと、何があったんですか……?」

 思わず普段通りの調子で尋ねると、固まっていた軍人の一人がマキモトに気づいて顔を上げる。

「空からモンスターが襲ってきたんだ!」

「空から……?」

「何でも、とんでもない数らしい……わあっ!」

 飛行機を大きな衝撃が襲った。そして傾いたまま流されるように動いた後、再び姿勢を直すと、猛然と加速をつけて飛び始めた。

「おおっ! 何が起きてるんだ? 飛行機は大丈夫か?」

 機内放送のスピーカーが、ザリザリと音を立てる。

「『T-15の乗務員諸君』

「ええと……カジロ軍曹?」

 マキモトも、軍人たちも顔を上げ、スピーカーから話を続けるカジロの声に聴きいっていた。

「『つい先ほど、モンスターの襲撃によって操縦士殿が重傷を受けた。任務続行は困難と判断し、我々が副操縦士殿と共に操縦を引き継いでいる。……当機はこれより、モンスターの襲撃をかわしながら北東方面に向かう。目的地はカガミハラの東……ナカツガワ・コロニーだ!』」

(続)

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