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アウトサイド ヒーローズ:エピソード6-03

ガールズ、ライズ ユア ハンズ

 繁華街の朝は遅い。シャッターが降りている通りを歩きながら、アマネはチドリから受け取ったメモを取り出した。

 セツに言い寄る男は自らの事を語ろうとしないので、他の常連客に聴き取りをして回ることにした。話を聞いてくれそうな客をリストアップしてもらったのだった。

 紙片に連なった名前を見て、改めて“止まり木”の客層の厚さに驚く。住所も書かれていたので、一人ずつ当たっていくことにした。店を持つ人は、丁寧にも営業時間まで書かれていたので、話を聞けそうな時間の目処をつけやすいのがありがたかった。


 アマネはナゴヤ・セントラルの保安部勤めだった頃を思い出しながら、リストに挙げられた人々に聴き込みをしていった。

 タバコ・スタンドの店主、新聞屋の若い販売員、工業プラントの作業監督、カガミハラ総合病院の医師に看護師、商工会の会頭に、軍警察の軍政部長……。いずれもチドリが見知った常連客であり、アマネも見覚えがあった。彼ら彼女らは突然やって来た巡回判事に驚いていたが、事情を説明すると大いにセツの事を心配し、インタビューに答えてくれた。


 午前中一杯を使ってカガミハラの市街地を駆け回ったアマネは、“止まり木”に戻ってくると店の奥にあるV.I.P.ルームに通された。

「探偵さん、お疲れ様です。お昼を用意しているので、召し上がってくださいな」

 ランチタイム前のチドリが、手ずからサンドイッチの盛り合わせを並べていく。アマネは早くかじりつきたかったがぐっとこらえて、捜査メモをめくった。

「ありがとうございます。でも、チドリさん、すぐにランチタイムが始まりますよね? 先に報告させてもらってもいいですか?」

「あら、ありがとう。お言葉に甘えて、お願いできるかしら?」

「はい、それでは……」

 アマネは整理し直したメモを順にめくりながら、話を始めた。


 セツに言い寄っている男はノザキ・ソウ、21歳。カガミハラ市街地の再開発事業を行う土建業者、“ノザキ土木”の息子らしい。……というのも商工会頭他数人の証言からノザキの名前が挙がっただけで、肝心のノザキ土木本社からは全く回答を得られなかったからだ。


「そうなの……ノザキ土木という会社は、結構大きいところよ。社員の人はいらしたことがあるかもしれないけど、役員さんとはご縁はないわね」

「これから、どうします? ひとまず昼まで、ということで聴き込みを切り上げてきましたが……」

 アマネに尋ねられたチドリはあごに手を当てて、「うーん」と考えこんだ。

「このまま、調査を続けてほしいの。せっちゃんには悪いけど、あの子はほら、社長さんとか、そういう人達にことさら好かれるような娘じゃないでしょ? いきなりアプローチをかけられたというのだから、何か引っ掛かるのよね……」

 恋愛事に疎いアマネでも、チドリの言うことはよくわかる。セツは地味な娘だったし、少なくとも恋愛や華やかな世界に強い興味があるようには見えなかった。相手方の人柄がわからないとは言え、社長の息子があの娘を好きになる、というのもあまり考えられない。


ーーもっと他に、目に留まる人がいるんじゃなかろうか? 例えば、年上だけどチドリさんとか……


 受け取ったメモに目を落とす美貌の歌姫を見つめていると、顔を上げたチドリと目が合った。

「うん? どうかした?」

「あっ、ごめんなさい、チドリさんはその、社長さんとか、そういう人達に人気がありそうだな、って……」

 チドリは口に手を当てて笑う。

「やあねぇ、その“彼”からしたら随分年上よ私。……確かに色々な方から贔屓にしてもらってるけど、それも仕事の一つだから。ことさら、やりたいわけじゃないんだけどね」

「ごめんなさい、変なこと言っちゃって……」

 チドリは「いいの、いいの!」と言いながら、メモをアマネに返した。

「気にしないで、アマネちゃん! ……それじゃ、そろそろ行くわね。午後もよろしくお願いします」

「わかりました。引き続き、ノザキ土木の回りを探ったらいいですか?」

 メモを仕舞い込みながらアマネが尋ねると、チドリはニヤリといたずらっぽく笑った。

「午後からデートだから、アマネちゃんは二人を尾行してほしいの」

「えっ! 尾行ですか?」

 驚くアマネを見てクスクスと笑い、チドリは答えた。

「そう。探偵っぽくって、いいんじゃない?」


 昼食を済ませたアマネは黒服姿で、商業区の物陰に潜んでいた。表通りにはセツが固まって立っている。チドリが見繕った清楚なワンピースに身を包んだ外骨格の娘は、真っ赤な顔のままぴくりとも動かなかった。

「ごめん、遅くなった!」

 若い男の声が飛ぶ。


ーー来た!


 高級そうなスーツに身を包んだ男が、息を弾ませながら通りを駆けてくる。アマネはビルの陰から顔を出し、会頭からもらってきた顔写真と見比べた。

 線は細いが、整った顔立ちは写真と一致する。自信に満ちた表情を作っているが、眉間には神経質そうな陰があった。


ーー間違いない、彼が“ノザキ・ソウ”……


「『だ、大丈夫ですっ! 私も、ついさっき来たところですから……』」

 インカムから、二人の声が聞こえてくる。セツに持たせたタグに、盗聴機を仕掛けていたのだ。

「『それはよかった、でも待たせちゃったのは事実だし、できる限り埋め合わせさせてもらうよ。それじゃ、行こうか』」

「『ひゃ、ひゃい!』」

 男がセツの手を取り、二人は並んで歩き出す。アマネも物陰に隠れながら後を追った。


 ぎこちないカップルは目抜通りを歩きながら、ウィンドウ・ショッピングを楽しんでいた。

「『そのワンピース、よく似合ってるよ!』」

「『せっかくだから、何か似合う小物を探してみない?』」

「『お気に入りのカフェがあるんだ。きっと気に入ると思うよ』」

 ノザキ青年は楽しそうに話し続ける。一方のセツは『ええ』とか『はい』などと答えるばかりだった。


ーーせっちゃん、大丈夫かな……?


 アマネの心配をよそに、デート自体は順調に進んでいた。ノザキ青年の独壇場とはいえ、彼は相手の様子をよく見ながら進めていたし、セツもリードされることを楽しんでいるようだった。次第に緊張も解け、ノザキの言葉に楽しそうな笑い声をあげているのが、インカム越しに聞こえてきた。

 表通りのブティックを冷やかした後、ショッピング・モール“インパルス”のゲームセンターを楽しみ、昔ながらの商店街を歩いてから、表通りに戻ってカフェに入る。二人の姿が店の中に消えていくと、尾行中のアマネは息を吐き出した。


ーー今のところ、デートは問題なし。相手の男にも、怪しい素振りはない……


「ん?」

 別の物陰から、同じように店の様子をうかがう人影があった。赤みがかった金色の髪、派手なジャケットには牙を剥く“ホワイト・サーベルファング・タイガー”の刺繍……昨夜“止まり木”で見かけた家出娘だった。

「あの子は……?」

 娘は鋭い目付きで店の入り口を睨んだ後、周囲を見回し、店の裏手に回りこむ。裏口から忍び込もうとして、


「ちょっと待って!」


 アマネに呼び止められ、ぎくりとして固まった。

「何スか、これからバイトなんスけど……」

 派手な娘は睨みながらアマネに返す。

「ごめんね、私こういう者なの。ちょっと話を聞かせてもらいたくて……」

 巡回判事がIDカードを見せると、不良娘はたじろいだ。

「い、いいスけど……」

 険が取れた娘を見て、アマネは微笑みながらIDカードを戻した。耳のインカムからは、楽しそうなカップルのおしゃべり……話し続ける青年と、相槌を打つミュータント娘の声が聞こえてくる。


ーー今のところは、店の中は大丈夫。さて、この子はあの青年と、どんな関係が……?


「大丈夫、そんなに時間は取らないから。まず、名前と年齢を教えてもらえる?」

「……ユウキ、17歳です」

 娘はうつむいて、ぼそりと言った。

「ユウキさんね。実は私、昨日の夜あなたをバーで見かけたの。“止まり木”という店なんだけど……」

 アマネの言葉にユウキは目を丸くしてから、ばつが悪そうに目を伏せた。

「ごめんなさい……でもアタシ、酒やタバコはやってないです」

「大丈夫、店でそんなこと、してなかったのは見てたから。それより、あなた……もしかして家出中なの?」

 ユウキは慌てて顔を上げる。

「いや! 家出してるワケじゃないっス! ただ、その、親には内緒にしてもらいたくて……」

「探偵の真似をしていることを?」

 ずばりと切り込まれ、ユウキの目に鋭い光が戻った。

「……それは」

「ねぇ、あなたは何を追いかけてるの? “止まり木”の女給さんのこと? それとも……」

「『やめてください!』」

 インカムから響くセツの声に、アマネは固まった。


ーーしまった、カフェの中からの声が、耳に入ってこなかったんだ!


「『いいから、一緒に行こう』」

「『やっ、やあっ、放し……んぐっ!』」

 セツとノザキの言い争う声は、セツの口が塞がったことで途切れた。

「えっと、あの……どうしたんスか?」


ーー表側だ!


 アマネはすぐにきびすを返し、ユウキに振り返った。

「ごめん、行かなきゃ! また今度聞かせてね!」

「いや……ちょっと待ってください! せっちゃんに何かあったんスか?」


ーーそうか、きっとこの子は……!


 必死に尋ねる声に確信し、アマネはユウキに答えた。

「せっちゃんがさらわれたの!」

(続)

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