見出し画像

【hirihiriインタビュー】hyperpop、futurebass、dariacore……気鋭クリエイターが語るネット音楽の最前線と「音割れ」論

※この記事は2023年11月をもって閉鎖した音楽メディア・Soundmainからの再掲記事です。連載企画「エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて」では、2021年10月から2023年6月にわたり、DAWを主要機材として先鋭的な音楽制作に取り組む若手アーティスト全17名(番外編含め全18回)にインタビューを行いました。主に作り手に向けて、詳細なDTM Tipsを取り上げる企画ですが、音楽的な原体験や制作哲学なども含め、ほぼ毎回1時間強お話を伺っています。
今回は、PAS TASTA142clawzの一員で数々のプロデュースワークでも知られるトラックメイカー・DJのhirihiriさんの記事を再掲します。

(初出:2021.10.27)

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】が今回よりスタート。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

初回に登場してもらうのはhirihiri。パンデミック下に勃興した音楽シーン、hyperpop(ハイパーポップ)にいち早く反応し、過剰で暴走気味なポップネスを武器に活躍している。米ネットレーベルのDESKPOPやMaltine Recordsからのリリースを経て、自身の楽曲制作の他にもvalknee、Minchanbabyらのプロデュースを手掛けている。また、hirihiriの特徴的な「音割れベース」は2021年4月にメジャーデビューした4s4kiのデビューシングル『FAIRYTALE feat. Zheani』に採用されるなど、サウンドクリエイターからの注目を集めている。

今回はhirihiriが「音を割ってしまうまで」の経歴に焦点を当てつつ、hyperpopからdariacoreまで、濁流のようなインターネット・ミュージックの世界で起きていることを、一人の当事者の目線から語ってもらった。


レッチリから電子音楽にたどりつくまで

―どうして作曲を始めたのでしょうか?

高校の頃にベース・ギターを始めて、学校のジャズバンドに入って何曲か弾いていました。楽しいことは楽しかったんですけど、自分で曲を作ってみたい気持ちがあって。バンドのメンバーはそれぞれ趣味が違うし、一人でやれるように、いろんなDAWの体験版を試して……という経緯でした。

―hirihiriさんの初期のリリースは、チップチューンを使ったKawaii Future Bassという印象だったので、バンドがきっかけだったというのは意外です。当時はどんな音楽を聞いていましたか?

今も影響を受けていると思うのは、レッチリ(Red Hot Chili Peppers)です。音数の少なさとか、音作りとか、参考にしている部分は多いですね。

それから電子音に関心を持ったのは、Twitterのタイムラインによく流れてきたUjico*さんやTORIENAさん、YunomiさんなどのKawaii Future Bassでした。ゲーム音楽も好きだったので、futurebassやチップチューンを取り入れたバンド音楽を作ろうとしていて。

当時SoundCloudにアップしていた曲には“futurebass”のタグを付けていたんですけど、正直なところ、自分では「嘘だな」って思います(笑)。

―てっきり生え抜きのfuturebass出身者かと思っていました。

ちゃんと言うと、デジタル・フュージョンっていうジャンルがあって。電子音を使ってバンド・ミュージックを再現するような音楽性で、僕が2017年に作曲を始めてから2、3年はそのジャンルに近いことをやっていました。

よく聞いていたのはネットレーベルのDESKPOP周辺で、Maxo、Diveo、tv roomなどのアーティストを参考にしていました。

―hirihiriさんも2019年にDESKPOPからリリースしていますね。

あれは、「DESKPOPっぽい曲を作ったよ!」ってWIP(Work In Process:制作途中のもの)を動画にしてアップしたら、向こうのエゴサに引っかかったみたいで。リリースしませんか、と連絡をくれたんです。

当時は「作品」というより、DTMが趣味のフォロワーに向けて「作ったよ!」とアピールするくらいのノリだったので、拾ってもらえて嬉しかったですね。

とにかくデカい音に導かれ、hyperpopへ

―2020年には、Maltine Recordsからリリースされたhyperpopがテーマのコンピレーション・アルバム『???』に楽曲提供をしていますね。まず、どうしてhyperpopに関心を持ったのでしょうか?

いわゆるhyperpopのシーンのアーティストで最初に聞いたのは100 gecsです。もともと、曲なのか何なのかギリギリ分からないくらいの音楽が好きで、SoundCloudにいる無名のインディーズが作る、ノイジーな音楽をよく聞いていました。だから100 gecsを聞いた時には、「自分が好きなこの音楽って、ポップにしていいんだ!」という衝撃がありました。

音割れとか、人の叫び声みたいなデカい音って、心に響く強さがあるというか……。単純に気持ちいいというのはありますが、なんで関心を持ったかを言葉にするのは難しいですね。

―すごく身体的な部分で、惹かれるものがあったという感覚なんでしょうか。

hyperpopにハマる以前にも、futurebass周辺にいた、音がデカいというか、変な音楽を作る人たちが好きだったんですよね。XAVIとかJKuchとか、その辺りのネット系のアーティストって「ブワーーッ」みたいな変なサウンドを使うんです。その過剰さを面白いと思っていたし、今の自分と繋がっているところがあります。

それからhyperpopに近い曲を作ろうと思ったのは、FROMTHEHEARTの影響が大きいですね。

―futurebassとhyperpopの接続点に居合わせていたわけですね。ところで、hirihiriさんはhyperpopのアーティストと呼ばれることに否定的な発言もされていますが、それはどのような考えからなんでしょうか?

いやあ(笑)。雑にタグ付けするようにhyperpopと呼ばれたくない、という感じですかね……。自分の軸足がhyperpopにあるという感覚もないですし。

そもそも、いろんなジャンルとかムーブメントが合わさったシーンじゃないですか。100 gecsだって、ジャンルを断定できるようなものじゃないですよね。芯からhyperpopだといえる音楽ってないように思います。

―便宜的にhyperpopと呼ばれているアーティストでも、個々の参照元は全く散り散りですよね。

僕もバンドを始める前はカゲプロ(ボカロPのじんによる連作『カゲロウプロジェクト』)とかのボカロも聞いていたし、SkrillexとかAviciiとかのEDMも聞いていました。それからRed Hot Chili Peppersも、Kawaii Future Bassも、いろんな音楽が混ざり合っているのが、今の自分の音楽性だと思っています。

社会性のある“音割れ”のコツ

―具体的な制作について伺っていきます。hirihiriさんはAbleton Liveを使って作曲していますが、DAWはどのように選んだのでしょうか?

高校生でDTMを始めた時にはFL Studioを使っていました。DAWに関して何も分からなかったので、いろんなソフトの体験版を触っている中で、一番簡単に音が出せたという理由で選びました。

それから作曲配信を見たり、好きなアーティストが使っているDAWを調べていった中で、僕が好きな変な音を作りやすそうなもの、というのでAbleton Liveに転向しました。

ちなみにAbleton LiveだったらVirtual Riotの配信はおすすめです。EDM的な音だったり、ダブステップだったり、基本的なところの勉強になりました。

―hirihiriさん自身も作曲配信やpixiv FANBOXでのステムの配布など、DTM tipsを進んで公開していますね。

需要があるのかわからないけど、オリジナルにできているテクニックがあると思っているし、普通にDTMを始めた人はパッとたどりつけないような気がするので、隠すこともないし……という感じでやっています。

やっぱりアーティストから直接教えてもらうことが早いですよね。自分もYouTubeで配信を見て勉強したので、同じようにシェアできたらなと。

―ちなみに、上手な“音の割り方”のコツなどありますか?

基本はディストーションなどをかけて割って、ハイの帯域を増やすんですね。それだけだと耳が痛いようなキツい音になるので、空間系のプラグインを挿して、ディケイの短いリバーブやディレイをかけてあげると、痛い部分が削がれて音が和らぎます。もうこれだけで結構それっぽい音というか、いい感じの音割れができます。

―ただ単に尖らせるだけではダメなんですね。

インディーだったら全然いいと思うんですけど、あまりポップでなくなるんじゃないかなと(笑)。リバーブをかけることで社会性のあるミックスになります。

―あくまでポップを目指すなら、社会性を担保せよと(笑)。

もちろんプラグインによって変わるので、歪ませるのも、空間系をかけるのも、工夫次第で変わります。僕がよく使うのは、値段もお手頃で種類も豊富なAIR Reverbというプラグインです。

―ありがとうございます。hirihiriさんの制作工程はDAWに始まりDAWに終わるものだと思いますが、マスタリングなども自分で行っているんですか?

曲を作っている時点でできるだけ完成させるようにしているので、いわゆるマスタリングという工程に関しては、実はあんまりよく分かっていないんですよね。最後に音圧を調整するくらいはするのですが、人に依頼して客観性を得る、みたいなことはしたことがないです。

ある意味、マスタリングも社会性みたいなところがあると思うんですけど、ネットを中心に活動しているアーティストだとあまり意識していない人が多いかもしれませんね。

超ミーム的ムーブメント“dariacore”とは

―hyperpopにいち早く反応していたhirihiriさんですが、普段音楽はどのようにディグっていますか?

自分はあまり「こういう時に聞く音楽」みたいなものがあまりなくて。SoundCloudなどでとにかく新しい曲を探して、気に入ったら何回か聞いて、気になるシーンをまた掘って、の繰り返しですね。

そうすると聞く曲が偏るので、その時ハマっている曲しか作れなくなるんですよ。だから今はdariacoreしか作れないんですよね……(笑)。

―dariacore、実は今日ぜひ伺いたいと思っていたテーマの一つでした。hirihiriさんもdj twinturboという名義のサブアカウントで実践していますが、dariacoreとは一体何なのでしょうか?

僕も全容が分かるわけではないですが、すごくムーブメントとして面白いんですよね。

まず、dltzkというhyperpopの有名なアーティストがSoundCloudに作ったサブ垢があって。そのサブ垢が投稿する楽曲全てのジャケットに、dariaというアメリカのカートゥーン・アニメのキャラクターが写っていて、タグには「dariacore」って付けてあるんです。

アニメだったりゲームだったり、好きなキャラクターやテーマを選んで「◯◯core」と名付けることがミームになって、現在ムーブメント化しているという状況ですね。僕もツインターボというキャラでサブアカウントを作って「turbocore」をやっています。

―Sound Cloudを見ると、マイ・リトル・ポニーとかポケモンとか、いろんな「◯◯core」が乱立していますね。音楽としてはどんな特徴がありますか?

nightcoreやbootlegのようなサンプリング音楽が基本ではあるのですが、10代の人が多いからか、聞き慣れないめちゃくちゃなアレンジが入っていたり、その世代がナチュラルに聞いているhyperpopがサンプルになっていたりすることが多くて。なんというか、自分に合っている感じがするんですよね。

―こんなこと言うのも野暮ですけど、あらゆる方面にグレーなムーブメントですよね(笑)。

今後どうなっていくかは分からないですけど、dariacoreから派生してオリジナル曲を作っている人もいるみたいだし、とにかくミーム性が強いので、そう簡単には消えないだろうと思っていますけどね。ミームとしても、音楽としても好きなムーブメントなので、みんな作ってくれたらいいなと思います(笑)。

―今このシーンで注目しているアーティストはいますか?

breakchildというイスラエルのアーティストがいるんですけど、この人を知ったのも、yacaさんと作った「power」をサンプリングしてくれたからでした。めちゃくちゃ日本の曲が好きで“J daria”というものを作っているらしいです。僕がdj twinturboで作った曲に対して「J dariaじゃん」とコメントをくれたこともありました(笑)。

―インターネットの広大さを思い知ります……。最後になりますが、プロデュースにRemix、DJなど様々な活動をされる中、今後の展望などありますか?

編曲も好きだし、プロデュースも好きだし、bootlegを作るのも好きなんですが、なかなかオリジナル曲を作れていない状況なので、今はそこを頑張っていきたいなと思います。Dylan Bradyのようなバランス感覚でやっていくのが理想です。

―そうなると、dariacoreしか作れないモードから早く抜け出さないとですね……。

うーん、大丈夫かな……。

hirihiriプロフィール

1999年生、音を割ってしまう音楽プロデューサー。2019年よりパソコンを使った作曲を始める。valkneeへの楽曲提供でアメリカの音楽批評メディア『Pitchfork』から高い評価を受けるほか、yacaとの共作「power!」はSpotify公式プレイリスト「hyperpop」に選出された。lilbesh ramkoとのユニット・142clawzではヒップホップユースシーンで注目を集め、J-POPプロジェクト・PAS TASTAの一員としてもエッジの効いた音作りに取り組んでいる。

最近のプロデュース・ワーク

取材・文:namahoge
ツイッター(新:X)ブログ最近参考にしているウェブサイト

※2024.4.21注:「dariacore」の名はオリジネイターのleroy本人により否定され、現在では「hyperflip」と呼ばれる向きがある。「dariacore」のジャンル展開に関しては筆者がAVYSS Magazineに寄稿した「dariacoreは(きっと)蘇る|ネットミームとしてのサンプリング音楽考」(2022年6月7日)を参照されたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?