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14人ミサキ

 太平洋側の寂れた漁港に住んでいた私は時折祖父の漁船に乗せてもらっていた。漁船とは言うもののそれは大人3人乗れば窮屈な、船と言うよりボートのようなものではあった。

そこに乗せてもらった私は祖父が網でとった小魚や紛れ込んだ小さなカニなんかをじっと観察するのが好きだった。

ある夏の終わりの日も私は祖父とともに海へと乗り出していた。
けれどその日は急に天気が変わり大嵐に私たちは見舞われ小さな漁船はまるで急流を流れる木の葉のようにクルクルと波に弄ばれあえなく沈没してしまった。

「船につかまっていろ!」

という祖父の声が雨だの波だのの轟音の狭間で聞こえた時にはもう既に海へと投げ出されてしまっていた。

どれくらいの時間が過ぎただろう、無意識のうちにしがみついていた恐らく祖父の船の一部であっただろう木の板に体を預け私は海の上を彷徨っていた。
見える限りに陸地もなく、通りかかる船の影も見えない海上を空腹や不安な気持ちを押し殺すように私はただ無心でいることを心掛けていた。


死んでいるか生きているかわからない心地の中、いつからか周りが深い霧に包まれていることに気が付いた。

ぼーっと霧を眺めていると何かが近づいてくるのが分かった。
はじめはうっすらとした影だったのが段々と濃くなってくる。

それは祖父が乗っていたような小さな船だった。沖には出ずに浅瀬で投網なんかをしそうなタイプの船だ。
そしてその上にはおおよそ船の大きさには見合わない人数が乗っているように見えた。
8人ほどが乗ればもういっぱいいっぱいであろう大きさの船に13、4人は乗っているようだった。
そして何より不思議なのはもう目の前まで迫ってきているというのに船も乗っている人々も黒い影のような姿をしていることだった。

「こいつを乗せよう」

男とも女ともつかない声で乗員の一人がそう言っていた。

「おい待て、向こうにも漂っている奴がいるぞ」

「え、また同時かよ、俺らが同時に死んだせいでこの船満杯じゃんか」

「満杯ってかだいぶはみ出してるよな」

「次抜けるのはお前ってこの前決めたけどもう一人はどうするよ?またじゃんけんするか?」


なんだかもめてるようだがこっちは空腹と疲労で死にかけている。
決めるなら早くしてほしい。

あーでもないこーでもない言い争っている影たちを夢見ごこちで眺めていると


「わしだけ連れてけ!」


どこからか祖父の声が聞こえた。それは酷く怒気を含んだもので有無を言わさない凄味があった。

「………」

しばらく沈黙が続いた後

「ま、まあ今回はそうするか」

「こいつはどうするよ」

「砂浜に向けて流してやろうぜ」

「てかもっとでかい船乗ろうよ」



そんな話が続く中、私は気を失っていた。

再び目を覚ました時には病院のベッドの上だった。
あたりには心配そうな祖母の顔と両親がいた。

どうやら2日間ほど寝込んでたらしい。
医者は波でもまれた際の脳震盪が原因ですぐに目を覚ますと言っていたそうだが祖母と両親は気が気ではないらしい。

外傷などは見当たらないものの一応もう一晩入院することになった。

看護婦さんに手足の動きなどに問題がないかのチェックを受けながら祖母から祖父がまだ見つかっていない、との話を聞いた。


祖父は恐らくあの船に乗っているのであろう。
そして気の強い祖父のことだからあの優柔不断な乗組員たちを従えて幽霊船の船長になっているかもしれない。

私はそんなことを思いながら眠りについた。
開け放たれた窓からは波の音が聞こえる。




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